いらっしゃいませ

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2012年5月23日 (水)

キリッ!

 それは私がポゴレリッチのコンサートのため名古屋へ旅立つ前日、土曜日の朝のことでございました。


 朝、出かける支度をしていたワタクシは、突然、嵐のように、眉のお手入れをしてみようと考えたのでありました。
おぼろげな記憶によると、前回手入れは2年前の5月4日、これもポゴコン前日の事でした。
ピアニスト来襲と眉毛、何の関係があるのかも深く考えないままに慣れぬ手つきで眉を整えようとしたところ、つい手が滑り、あっと叫ぶのも遅く左眉が真ん中から真っ二つのセパレートに。

 皆様ご存じでしょうか。右が一本で左が二本眉のお顔がどれだけ笑いをとれるものか。
 

 しかし、その時の私は笑っている余裕などありませんでした。とにかく切れた眉を補修すべく、滅多に使わないのでよく判っていないアイシャドウの中から、アイブロウに使ってもいい(らしい)色を震える手で自分の眉に塗ってみました。しかし手が滑った部分はあまりに大きく、うっすら乗せただけでは隠しおおせないのです。
ひたすら、ひたすら塗り続けること数分間。なんとか誤魔化せた時には、私は未曾有の濃い眉さんとなっていたのでありました。

 そして、その姿で、私は大変お世話になった方のお葬式と、翌日のコンサートに出かけたのでありました。


   半分を言祝ぐ歌

  眉毛が一本 チーズが一切れ あったらあったら ジョリーと私で半分こ♪ 

   ちがーうっ!(号泣)

2012年5月17日 (木)

5月13日しらかわホール ポゴレリッチコンサート

『音楽はどこ?』

 休業から長い迷走の後、今から丁度2年前、09年のコンサートで、ポゴレリッチは奏でる一音一音で作曲者の意図を明確に説明した。その為作曲家の意図に対して彼がどのように対応したのかもはっきり理解できた気がした。曲の体をなさないという批判も長らくあったが、音一つ一つへのこだわりによりそこに生身の作曲家が立ち現れたようにさえ思えた。これほど作者を感じる演奏は83年のホロヴィッツ以来だった。
演奏会場で拍手をし、ブログで褒めちぎりながら、それでも私には一つだけ物足りない想いがあった。
曲をこのように弾いたのは賛同できる。しかしここまでこだわり整えられた曲、このように生々しく作者を甦らせた曲なら、甦らせた作曲家をなぜ動かさないのか。彫り上げられ浮かび上がってきた彫像に何も奏でさせなくてよいのか。そのためにこのように曲を作ってきたのではないのかと。

 我ながら妙な考えだとは思った。それが可能だったとして、そこに現れた音楽がどのようなものなのかさえ想像出来ない。もし、それが出来たら神業だとも思った。にもかかわらず、心の中で私はこの問いを発する事を止める事が出来なかった。
「音楽はどこ?」「ここまできたのに、音楽はどこ?」と。

 『音楽はここ』

 5月13日のしらかわホールで、というより多分今回の来日公演全てで現れたもの、それは音をどのように再現するかを目的とするものではもはやなかった。
作曲家が音の連なりとしての曲を使って現そうとしたもの、音・曲を道具にして私たちにみせようとしたものとでも言えばよいのか。
綿密に、彫刻のように彫り上げられた曲という器を通して、何か、全く別のものが現れた。その演奏を聞いていない人にそれを伝えようとするならば、文学者は長い小説を書き、音楽家は彼の演奏を表現する曲を書く、そういう類のもの。
そして古来から「音楽の神が降臨していた」と表現されてきたもの。
曲で壮麗な神殿を築き、そこに神を招き入れたと言えるかもしれない。
神殿が完全だったとは言わない。しかし音楽の神としか呼べないものがそこに招き入れられたのは事実だ。しかも彼はその神を途切れることなく舞台にずっと鎮座させ、それが存在する事を聴衆に示し続けていた。

 最後のリストのソナタが終わった時、聴衆は誰も進んで手をたたこうとはしなかった。拍手は「この世」の音だ。たたけばその音で神の世界を仕舞いにしてしまう。まだその世界を離したくない。
しかし仕事が終わったピアニストは聴衆にそれを促す。
まばらな拍手が起こり、そしてそれは怒濤に変わった。9日のサントリーホールでも同じ事が起こっていたと聞いた。金沢でも、六ヶ所村でも多分そうだったのだろう。


 曲を曲として美しく素晴らしく奏でる演奏家は多い。彼らはその奏でられた曲の中に、私たちが音楽と呼び習わしただの音と厳然と区別しているもの、音楽の根源・真髄を所々に、あるいは随所に燦めかせている。しかし曲を彫り上げ実像化し、曲そのものをあたかも一つの楽器のように鳴り響かせ依り代(よりしろ)にし、『音楽』『音楽の神』あるいは『音楽の神髄』を、目に見えるのではないかと思えるほどに顕わし続けた演奏家は稀だ。

全てが終わった後、ポゴレリッチの師であり伴侶であった今は亡きアリス夫人の言葉を私は思い出した。

 ラフマニノフ、ホロヴィッツ、そしてポゴレリッチ。

彼女は正しかったのかもしれない。


 プログラム書くの忘れた。

【プログラムB】(5月9日サントリーホール 11日 六カ所スワニー 13日名古屋しらかわ)
ショパン: ピアノ・ソナタ第2番 変ロ短調 op.35 「葬送」
リスト: メフィスト・ワルツ第1番 S.514
 * * *
ショパン: ノクターン ハ短調 op.48-1
リスト: ピアノ・ソナタ ロ短調 S.178

参考までに
【プログラムA】(5月7日サントリーホール)
ショパン: ピアノ協奏曲第1番 ホ短調 op.11
ショパン: ピアノ協奏曲第2番 ヘ短調 op.21
             (両曲とも弦楽合奏版)

【プログラムC】(5月4日 ラ・フォルジュルネ金沢)
ショパン: ノクターン ハ短調 op.48-1(当日追加)
ラフマニノフ: ピアノ・ソナタ第2番 op.36
バラキレフ: イスラメイ


2年前のイタイ感想文(リンク

2012年5月12日 (土)

行きますっ!(ハゲシク追記あり)

 これから大変お世話になった方の告別式に参列するために長野へ行きます。どれだけお世話になったかわからないくらい、親より親身に心配してくださった方で、訃報を聞いたときはショックで茫然自失でした。しかも密葬に出られなかったし。
そんな次第で、この式には何が何でも、明日のポゴレリッチに行かれなくても出席するつもりでした。

でも、ポゴには這ってでも行きたいと思います。(結局行くんだわ)

本日の現地予想最高気温9度、明日の名古屋の予想最高気温25度。

 ポゴのコンサートには毎回なにか起こるこの私ですが今日行く場所はわかっているので迷子で帰れなくなる心配はありません。よかった~。
しかし明日の名古屋しらかわホールの場所がまだよく理解できておりません。

とにかく、頑張って行ってきます。掃除も片付けも何も出来てないので生きたまま帰ってこないと大変です。

では、タイツにホカロンに真冬用下着で行ってきまーーす!


追記

 今日みた花は、八重桜、藤の花、ライラック。これらが新緑の中に一度に見られるなんて、今年の春はお得だったのか異常だったのか。そして目的地近くでは、普通の桜と水芭蕉が咲いていました。普通の桜って一体・・・・。

 そして、車を降りたら、かの地では雪が舞っておりました。

>>タイツにホカロンに真冬用下着で行ってきまーーす!
  ↑
  信じられない位かしこい判断でした。ひぇぇぇぇぇぇぇ!


 そして、今日出がけに起こった衝撃の出来事はコンサート後に綴ろうと、心に決めたワタクシであった。

つづく・・・

2012年4月 2日 (月)

韓流ドラマの害悪を語る

 本日ワタクシは、ここ数年間における韓流ドラマが我が家に及ぼした甚大な被害について、つらつら語ってみたいと思います。

 まず我が家の母が韓流ドラマにはまったのは06年のこと。当時家にはDVDプレーヤーはなく、ビデオ録画した『私の名前はキムサムスン』を母は朝から晩までくり返しくり返し楽しんでいたのでした。楽しみが出来て良かったと最初のうちこそ私は思っていたのですが、母がビデオを巻き戻す時に必ず【再生逆戻し】で戻している事を知ってからは、底知れぬ不安にさいなまれるようになりました。
なんといえば、観ている時は何時だって頭の中は「キムサムスン」の母は、私が「ビデオは再生を止めてから元に巻き戻してね」と何度言おうと上の空。毎回時間を掛けて再生逆戻しをし続けたのです。その結果、たった三ヶ月弱でビデオヘッドに録画の汚泥とヘドロがこびりつき、どんなにクリーニングを繰り返しても、ヘッドが元に戻る事はもはやありませんでした。
そして、いつかDVDに移し替えようと私が大事にとっておいた数々のお宝ビデオは再生機器を失うこととなりました(泣)

 その後、我が家はとある事情のためいきなりブルーレイを買うことになりました。
そして再び【録画してもみたい】韓流ドラマが放送されてしまったのです。『ソル薬局の息子達』
録画しました、BDプレーヤーに。このドラマは本当におかしくて、私も余裕が出来たらゆっくり見てみたいと、それを楽しみに生きていたのです。なのに母はしでかした。何をと言って、想像を絶する所行をです。

見終わった後、いつも静止の状態で電源を切っていたのです!どう教えても再生停止ボタンの場所は覚えてくれず、一時停止ボタンで代用していたのです!

私は母に懇願しました。「お願いだから電源は切らないで。そのままにしておいて」と
しかしその当時、母は「ソル薬局」以外にも山ほど放送される韓ドラを殆ど観ていて、つまりいつもドラマを観ている時で、つまり何を言っても上の空で。
それでも母は努力はした様です。黒いビデオ画面になったまま電源が入りっぱなしのテレビによく遭遇しましたから。

結局ブランニュウなBDプレーヤーはHDDを動かしたまま電源を落とされる虐待に数知れぬ程遭い、ある夜数度のエラーを出した後、静かにお亡くなりになったのでした。私が楽しみに録画しておいた数々のコンテンツと、保証期間内でも実費となるHDD交換三万八千円を道連れに・・・・。

 この様な過去の出来事を、私がなぜ今蒸し返すのかと申しますと、今日から「ソル薬局」がBSで放送されたからです。それでこれを録画してゆっくり観たいのだけど、録画してまたHDD壊されたら私は泣く・・・・。

 韓流ドラマのばかーーーーーっ!(号泣)


 でもWOWOWの再放送プリーズ!(殴)

2012年3月10日 (土)

アニエスb.奇譚


 その昔、ベルメゾンでお買い物をするとアニエスb.の口紅試供品がよくついてくる時期がありました。
お届け箱から出された試供品はそのままタンスに仕舞われ、かなり経った後に再発見されてから使われるパターンが殆どで、使った時に「あら、これいいじゃない」と思ったとしても、その時には申込用紙は既に無く、試供品の色も商品名もわからなくなり、結局注文スルヲ能ハズという状況がなんどもあったのでした。

 しかし去年の暮れにまた試供品が送られてきた時、私は心に誓いました。再発見した試供品一つと合わせて使ってみて、これが気に入ったら今度こそ買ってみようと。

 試供品は使ってみるものですね。私は塗るとひりひり痛くなって使えない口紅が殆どなのですが、そのうちの一つは使い心地がとてもよく(少しも痛くないのです)、色もぴったりな願ってもない一品であることがわかりました。私は即直販サイトに行き、長い間日の目を見なかったその口紅を手に入れることにしたのです。
しかしそこで判った事は、「アニエスb. シャイニー シトラス」は既に製造中止になったということ。

 そんなに長期間埋めていたの、私って?^_^;

 軽いショックにめまいを起こしつつも気を取り直し、残った2品のなかから、痛くない方を選び、色も試供品ではない色(過去の経験から「なんとかシトラス」と名付けられた色が割と違和感がなかったので)を選び、注文したのでありました。

たまたまセール中で、さらにオマケも一杯付いて。ヤッタネ(^^)


 そして発送のお知らせも届いた今になり、私は衝撃の事実に気がつきました。
買った口紅は、手持ちの試供品のどれでもないかもしれない・・・・


 なぜ?どうして?(号泣)

2012年2月 7日 (火)

コンポスト日記

 父が亡くなった後、様々な理由で庭がかなり片付き(枯れたとかor枯れたとか枯れたとか)、今冬から物置前のコンポストに生ゴミを入れることが出来る様になりました。

 野菜くずなどを入れ、スーパーで買ったボカシ(袋入り籾殻・微生物が付いているらしい)を振り掛けて混ぜ混ぜ。ゴミ減量と堆肥作りの一石二鳥です。

 しかし先月末から列島を襲ったこの大寒波、さすがのボカシも活動を休止し、コンポスト内は冷え切ってしまったに違いないと諦めていた日曜日、覗いてみると思いもかけず中がほんわり暖かいではないですか。
この寒さの中、緑色したコンポスト容器の中で、誰にも知られずこっそり働いている小さな生き物たちがいるなんて。まるで『借り暮らしのアリエッティ』みたい。

 きゃー!

 なんか感動!

ということで、けなげに働いてもらってるお礼に、シャベルで丁寧に丁寧に、いつもの三十倍ほど中をかき混ぜたのでありました。結構な重労働でした。でもちっちゃい彼ら彼女らの喜ぶ顔を思い浮かべるとそんなものは吹き飛んでしまいました。久々にいい汗をかきました。 
 

 翌日、いつもの様に野菜くずを持ってコンポストを訪れた私が見たものは、氷のような、ただただ凍てついた野菜くずばかり。小さきものらの気配もありません。

 むやみにかき混ぜちゃいけなかった気もする。特に寒い時期には・・・


 よかれと思ってボカシッティ村殲滅(T_T)

 コンポスト日記を続ける事は出来るのか・・・

2012年1月27日 (金)

昔々の首輪ネタ

 最近FBで『わたしの怪我のあゆみ』を綴っていて、時は05年8月、頸椎ヘルニアで起き伏しもままならなかった時のこの出来事をふと思い出しました。元はクローズドだった某掲示板にアップしたものです。なのでこれを当時に読んだ方は何卒ご容赦を。しかしこのログを残しておいた自分に驚愕(笑)
(少しだけ直してあります)


 
 首とはいえ、これだけ痛むと食事の用意もままならず、運転なんてもってのほか。
材料は生協の宅配はあれど田舎なので車がないとコンビニにも行けず、気楽にお弁当の調達も出来ず。ゆえに食事の用意はついに母がする事になりました。

「何十年ぶりかしら?」
とか言ってたけどそれは大げさです!(笑)

 作るのだから自分の好きなもの作らせて、
だって随分食べてないんだもの、

と言うことで作ってくれた晩ご飯。

私は食欲もなく寝ていたのだけど、せっかく作ってくれたので、ありがたく頂きました。美味しく?頂きました。(痛くて味がわかんなかったのよ^_^;)

 そして真夜中。
耳の後ろからうなじの辺り激烈なかゆみで目が覚めたのです。
手足も痒くなかったら湿布でかぶれたと考えたかも。
そしてその時思い出したのだ!
晩ご飯のおかず、私のアレルゲン食材だった。

 随分食べてないってそりゃ道理、作らなかったんだから。
どうしてそれを忘れたのか。キッパリすっぱり忘れてました(笑)

 やむなく起きて首輪をはめてアレルギー薬の探索開始。暫く使ってなかったので何処に置いたか記憶はおぼろ。さらに上も下も向けないので手探りで探すより方法はなく、それさえあまりのかゆさに少し探しては輪をはずし、液体ムヒをぬりぬりしては首をぽりぽり。少しかゆみが治まると再び首輪を装着して探索。
ひたすらその繰り返しで時間だけが過ぎていく・・・。。

 おまけに痛い首と痒い首、その距離わずか数センチ。ぽりぽりするのも神経使うのだ。(笑)

 ようやく一番強いステロイド剤を探り当てて、一件落着(^^)
(強力なので間違って使わないように仕舞ったのが仇でした)

 それにしてもムヒはほんとにかゆみに効く。
持続性はなくても塗った瞬間かゆみが止まる・・・
さすがは「無比」というだけある。


 偉いぞムヒ!ありがとう池田模範堂!

 と空に手を挙げ心から叫んだ(心の中で、です)深夜二時半でありました。

 ちなみにこの湿疹が治るのに一週間かかりました。
人生何時喜劇に見舞われるかわかったものではありません(^◇^;)

 そしてこの出来事の一ヶ月後、私はこのブログをはじめたのです。人間痛い思いをすると突拍子もないことを考えつくのでございますね(^◇^;)

2012年1月 2日 (月)

新春ミステリー

 明けましておめでとうございます。旧年中に引き続き、本年もよろしくお願いいたします。

 さて元日の朝、わたくしが新聞を取りに玄関先に出てみると、門扉の下に落ちている小さいものが。昨夜確認したときは何も落ちていなかったのにといぶかしく思って近づくと、なんとそれは鳥の落とし物。

うちの門扉の上には松の枝が張り出ておりまして、そこに鳥が止まって、確かにたまには落下物もあるのです。
せっかく綺麗にしておいたのにと残念に思いながらも、ままある事よと納得し掛かったその瞬間、ふと去年の元旦の、同じ場所、同じコンクリートに白々光る鳥のフンという景色を鮮明に思い出したのでございます。そしてもっと思い出すと一昨年の元旦にも。考えてみると元日の朝に、うちの門口に、種類は違えど鳥のブツが無かったことの方が少なくて、その度に衝撃に立ちすくむか、レレレのおばさんになっていた過去の我が家。

 毎朝落ちているならそれも理解できます。しかしいつも落ちてることの方がすくなく、特にここ一ヶ月以上は一度もなかったのです。しかも良く見るとこれはヒヨドリのフン。ヒヨドリはいつも庭側にしかおらず、最近玄関付近でなどみたこともなかったのに・・・。これはひょっとしてわざと?

 いえいえ、それは考えすぎ。私はきっと疲れているのです。
野生生物を擬人化して考えるのは人間の勝手なファンタジー。鳥にカレンダーなどあるはずはなく、偶然以外のなにものでもないはず。
たとえその昔、枝に止まろうとしてすべって転がったスズメを嗤ったその日のうちに、上にカーポートがあるにも関わらず、車の上に器用にフンが投下されていた事があったとしても(キミは爆撃機か)、それが雀の復讐だったなどと二十一世紀の人間は考えてはならないのです。

 自分にそう言い聞かせながら茶の間でお茶を飲んでいると、窓の外、庭木の枝に、嫌でも目に付くようにくつろいで居るヒヨドリが二羽。何故今そこにいる~~~!

鳥にカレンダーはないかもしれない。しかし人間がバタバタお掃除をし始め、夜の夜中に神社やお寺に人が集まった翌朝に、あそこですっきりすると面白い光景が見られるという伝承がないとは何故言い切れる?

一年に365回もある朝のうちで、元旦だけ突出して被害に遭う率が高い、ああ、このミステリーが解ける日が来るのでしょうか(涙)

2011年12月31日 (土)

よいお年を

 誰にとっても、多分一生忘れられないであろう2011年も今日で終わります。

本当に様々なことがありました。そんな中でも私個人としては、良い出会いや新しい発見が出来た年でした。

ここ数年、その年最後の記事には音楽を貼り付けていました。それらの曲は今まで選曲に悩むことなく大晦日になるとすっと決まりました。でも今年は決められるとはとても思いませんでした。一曲で振り返るには今年起こった事はあまりにも大き過ぎたから。そこまで考えて気がつきました。私は今まで「振り返って」といいつつ、今年から次の年へ、今から明日へと進むときに聞きたい曲を選んでいたのでした。だから振り返ってまとめる曲ではなく一緒に進むための曲。
そして今日、やっぱりすっと曲が決まりました。

今年から来年には、この曲で進みたいと思います。今年を忘れるためではありません。心に刻み、そして進むための曲です。


    


アヴェ・マリア・ステラ

歌詞はこちらです(リンク


  皆様には今年一年、本当にお世話になりました。ありがとうございます。来年もどうかよろしくおねがいします。良いお年をお迎え下さいませ。

忘れません

 12月に入って、「キリエ」を探していたらこの曲を見つけました。アップされたのは2011年3月11日。
アップしたのは「テゼ共同体」だと、FBでお友達の牧師様に教えて頂きました。(ウィキペディア『テゼ共同体』



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