いらっしゃいませ

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2018年4月18日 (水)

春の菜摘みの・・・

 ある時、鳥が運んできたのか、庭にヨモギが生えました。最初は小さすぎて摘むことも憚られましたが、少しずつ大きくなり、今年の春、ついに立派なヨモギの草むらが出来ました。これなら好きなだけ摘めそう。苦節三年。我ながらよく頑張りました!

 ということで、ヨモギの葉っぱを一生懸命摘んだわけです。そして丁寧に水洗いし、重曹を入れた大鍋の湯でしっかり茹でて、水に晒してあく取りをしました。

後は水気を切ってラップに包んで冷凍すれば好きな時に草餅が作れます。今年は飽きる程草餅が食べられる~

 出来上がった茹でヨモギは、しかし何の匂いもしないのです。確かに茹ですぎた感はありますが(1~2分のところを5~6分茹でてしまった)、あまりにも風味がない。母にも一口食べてもらったのですが、やっぱり香りがしないとのこと。

 そう言えば摘んでいる時にもあまり匂いがしなかったなあと、庭に出て生のヨモギの葉で匂いを確認してみました。やはり殆ど匂わない。はて面妖な。

 ということでネットで調べてみたらとヨモギとよく似ていて間違えやすい植物に出ていたのが、あろうことかトリカブトだったのです。

 アガサ・クリスティーの小説にもよく出てくるあの猛毒のトリカブト。家族に「水仙には毒があるからニラと間違えないように」と口を酸っぱくして注意していたこの私が、トリカブトを大事に育て上げ、食べてしまったとは!母にまで食べさせてしまったとは!しかも下手すれば致死量!

 30分も経たずに痺れなどの症状がでるのだそうですが、その時既に食べてから30分以上経っていて、母に告げても「まだ死んでないから違う」との事だったので違ったのだと思います。何より花の色が全く違いました。庭の草はヨモギそっくりの花が咲きます。

 もう一度庭に出て草を確認しました。ヨモギなら裏に細かい毛があるはずなのに見えない。葉の裏は白いのに毛がない。一体これは何なんだ。

 ネットで調べた次の候補は「ブタクサ」

 ブタクサアレルギーのある私が後生大事に庭でブタクサ育てていたとは(涙) 

しかし、これも葉の形が違いすぎます。

 私は三度庭に出て溜息をつきました。葉の形も花も、葉裏の色もヨモギにそっくりなのに、裏に毛のないお前は何者なの。

と、明るいところでよく見たら葉の裏に毛が・・・。葉っぱをゴシゴシ擦ってみれば微かにヨモギの香りが・・・ 

その後わかった事は、ヨモギには個体差があり、香りの少ない株もあるので摘むときは香りを確認してから摘むようにとのことでした。知らずに育ててしまったワタシ(T_T)

 朝、意気揚々と納戸から大鍋や大ザルを出してきた私は、その日の午後、無言のまま洗って乾かした鍋とざるを仕舞ったのでありました。

 我が家の庭はどうしてこうなってしまうのでしょう。三年掛けて育て上げたのに・・・(しくしく)

2018年4月 1日 (日)

善光寺の話

 昨日K貫主が31日付けで解任されたという誠に喜ばしい報に接したので、今日は善光寺にちょっと関係のあるお話をしたいと思います。

 四月一日にわざわざ嘘の様な本当の話を書くシリーズ第三弾です(本当に本当の話です)。

 もう二十年以上前のこと、長野市に用事があって出かけていた私は、長野自動車道で家路に着いたのですが、その途中、自分が左足を大怪我するという馬鹿馬鹿しいのに生々しい予感に取り憑かれてしまいました。その予感が生々しかったのには理由があるのですがここでは詳しくは書きません。
愚かなこととは思いつつ、高速道路を運転中の私は本当に事故を起こすのではと怯えきってしまいました。

 生きた心地もなく、慎重に運転を続け、豊科インターを下り、なんとか無事に家に帰り着き、玄関の鍵を開けようと鍵を探したその瞬間、お守りとして買った干支マスコットの、その左足部分がすぱっと切れて無くなっている事に気がつきました。これは干支の動物の形をした黄楊で出来た小さなもので、素材自体も固いですし、マスコット風にアレンジされたデザインなので足部分は短く小さく、折れる可能性も少なそうなものでした。それが証拠に先代マスコットは十数年使って本体は何事もありませんでしたが、紐部分が駄目になったので同じものに買い換えた次第だったのです。なによりそのかけ方です。鋭い刃物ですぱっと切り取ったような、切り口がつるつるすべすべで、折れたとは俄に信じがたいものでした。

 もちろん使っているうちには欠ける事もあるでしょう。しかしこのお守りは、その日の帰り道に善光寺の本堂で買ってその場で財布に付けたものでした。たまたま時間が出来たのでお参り序で新しいマスコットに買い換え、そのまま松代インター前で「峠の釜飯」だけ買って(いかに真っ直ぐ帰ったか、判る人ならお判り頂けると思います)帰って来たのです。付けてから2時間経ってないのに欠けるって何・・・

 バッグの中で揺れて欠けた可能性が一番高いので、家に入ってすぐさまバッグの中身を全部出してみましたが、足の破片を見つける事はできませんでした。てことは峠の釜飯でお金払った時かしら・・・ 

 後日、訳も判らぬまま(何がどうしてこうなった)、善光寺に再びお参りに行き、壊れたお守りを納めたのでありました。 

 その善光寺ですが、それから一年ほど経った頃でしょうか、お参りに行ったら本堂内があまりにも落ち着かない雰囲気だったので、以来お参りしていません。子供の頃からお参りしていたお寺なんですが、あのざわついた感じが耐え難かったんです。多分私の体調のせいだとは思うのですが。ごめんなさいです・・・^_^;

 
 今日四月一日ということで、嘘みたいで有り得ない、でも本当に話を書いてみました。

 しかしこの話で何が一番信じがたかったかというと、お守りとは思っていなかったものがかけた事です。「あなたお守りじゃないでしょ、マスコットでしょ!」「マスコットがどうして欠けるのよ!」って思わず叫んじゃいましたよ。だってあの時点までアレはアクセサリーとしか思っていなかったんですから、私・・・。


 やっぱり単なる偶然だったのでしょうね;^_^A アセアセ

 今までの「四月一日嘘みたいな本当の話」シリーズ

その1「しみじみ語るにゃんこのおもいで 映画鑑賞のお話し」(リンク
その2「王の歩み 忍びの早業」(リンク

2018年3月31日 (土)

死ぬかと思った話(注 死にませんでした)

 この記事は4月18日に書きました。

 なんとかギリギリ月イチ更新をしていたブログでしたが、3月は記事を書くことが出来ませんでした。2012年7月以来の出来事です。なにゆえ私はブログ更新が出来なかったのかをつらつら書き連ねてみたいと思います。

 3月17日土曜日、明朝7時からの隣組河川清掃に備えて私は九時過ぎに寝床に入りました。それからどの位時間が経ったのかは判らないのですが、寝返りを打った途端背中に激痛が走りました。寝違えたと思ったのですが、今度はみぞおちの辺りが強烈に痛み始めました。それも息をする度に締め付けられるような痛みです。
呼吸の度にぎりぎり痛み冷や汗が出てくる、これは、これはもしかして心臓?私狭心症?
心筋梗塞は背中だの肩だのが痛くなる事が多く、ダイレクトに心臓の辺りが痛む場合は大体心臓ではないのですが、痛むのは肋骨中央のちょっと左寄りと背中という、心臓マッサージをする当にその場所です。
コレステロール値が低く血圧も低い私が、まさか循環器系疾患になるとは思いもしなかったので暫し茫然としてしまいました。寝耳に水とはまさにこのこと。
これが狭心症ならば死なないけれど心筋梗塞だったら下手すると今夜中に死んでしまう。救急車を呼ぶべきか。しかし心筋梗塞を起こした親戚も一晩肩凝りで寝られないまま(当人はそう思っていた)無事朝を迎えたではないか。とはいえ急死する人も多い。ここはおっとり構えている場合ではないのではないか。救急車を呼んだ方が・・・


 その時思わぬ考えが頭に浮かびました。

『部屋が汚すぎる』

 死にかけているときにこれを考えるかと自分でも呆れたのですが、二月三月と体調が悪くお掃除がおざなりになっていたところへ、遂に掃除も片づけもする気力も消え失せて一週間経ったのがこの夜だったんです。家中ひどかったんですが、一番酷い場所が何を隠そう今寝ているこの部屋。ここへ救急の人が来るわけだ、穴があったら入りたい。恥ずかしくて死ぬ。

 と思ったんですが、このままここで死んでも他人が部屋に入る訳で、死体になる前に出た方が安穏であろうと、救急車を呼ぶことにしました。しかし携帯電話のあるところまで動けそうにありません。というか、動けない。
皆さん、電話は枕元に置いておきましょう。私がどれだけ後悔したことか。


 どうしたものかと煩悶しているうちに、痛みのストレスと不安からでしょうか、めまいの発作まで起きてしまったのです。
心筋梗塞疑惑とめまいのコラボ、地獄の責め苦ってこんなものですかね。
こうなると話はより複雑になります。目を回しながらアレコレ受け答えをしつつ救急車で搬送され、病院で検査を受けて、医者から「心臓じゃありません、命に別状ないですから帰って良いですよ」と言われたら普通は「よかったばんざい」でしょうが、めまい中に負荷を掛けられた私は、その場で倒れて一ヶ月寝込みかねません。そうなると介護認定の低い母の行き場がなくて別のお葬式が出かねません。生きてさえいれば、明日タクシーで病院に行っても心筋梗塞ならカテーテル検査で3~4日の入院で済む。

 救急車呼ぶのリスク高すぎる・・・(^_^;)

 ここからの数分間、私の脳みそはありとあらゆる事を考えました。母の事から、救急車を呼んで玄関の鍵を誰が開けるかから、明日の河川掃除欠席をどうやって組長さんに知らせるかまで、何をどうするのが一番良いのかを。

 そして痛みで疲れ果て、もうどうでもよくなりました。最後に8日後の26日朝に放送されるNHKクラシック倶楽部「イーヴォ・ポゴレリッチ」の事が頭に浮かびました。時間指定で録画予約をしているのですが、私が死んでしまえば、家族に観る余裕があるとも思えず、結果誰も録画を観ることはないでしょう。結局私は観られないんだ。汚れた部屋もそうですが、予め計ったりできないのが死というものだ、「癌は死を準備する時間を与えられる稀な病気」という言葉は本当なんだなどと思いながら、私の意識は薄れました。

 翌日ワタクシ生きて目が覚めました。昨夜あれだけ下手の考えを開陳できたということが、危機的ではなかった証拠とも申せます。救急車呼ばなくてよかった(^_^;)

 とはいえ、体調はひどいもので歩くのもやっとでしたが(最初痛くて歩けませんでした)、組長さんに欠席のメールをし、母の朝ご飯と昼ご飯の用意をし(どうやって動けたか思い出せません)、即入院になった時の用心に着替えにタオル洗面道具などをバッグに詰め込み、日曜当番医に行きました。診てもらいました。

 で、狭心症といわれると思っていたら、胃けいれんでした。
言われてみれば、確かに心臓と言うより胃がある場所でしたけど、胃けいれんなんて考えもしませんでした。死ぬかと思う程痛いとは聞いていたけど、ほんと死ぬかと勘違いしましたわ(^_^;) 

 てことで、狐につままれた様に死を免れた私は、お薬を処方していただいて、帰りにスーパーで母用にお総菜を買えるだけ買って帰り、まだまだ痛かったのでそれから数日寝込む事になりました。また胃の痛みも取れなかったので、暫くお薬を飲み続け、なんとなくうだうだしているうちに最終週となり、26日朝4時起きしてポゴを聴いて廃人となり(というか痛みがぶり返したのです)、気がつけば4月となっていたのでした。

 これがワタクシの5年8ヶ月ぶりに月イチブログ更新が出来なかった顛末です。死ぬかと思ったんだから、ブログ更新出来なくてもいいですよね(^_^;)

2018年2月27日 (火)

ぽんず、化粧品の奥深さにツタンカーメンとなる

 みなさま、ごきげんいかがでらっしゃいますか?

拙記事「ぽんず、化粧品の奥深さを垣間見る」(もう一年も前のお話しですのね)にもあるとおり、化粧品を選び間違えて顔が凹んで見えたりしてしまったワタクシですが、去年の夏、やっと長く使える化粧品鉱脈を掘り当てるられそうな気配となりました。

 金鉱化粧品の名はルクレールフェイスパウダー 。 1881年パリの薬局生まれのこのパウダーをどうして思い出さなかったかな、私。しかもネットで買えば結構お安い(正規のお値段に比べて、ですけど)。
そして、このパウダー、ファンデの上につけるのでなければ、石鹸洗顔でも落ちるのだそうで。
つまり、お化粧する気力のないときに日焼け止めの上からこのお粉をパタパタしておけば、花粉などのアレルゲンに直接触れる危険がなくなり、尚かつクレンジング剤を使わなくて済む。これ以上においしい話がこの世にあるでしょうか。
もしこの商品が私の肌に合えば、こんな夢の様な品を一生モデルチェンジも生産終了も心配せずに同じものを買い続けられるわけです。一生ですよ、一生!ワタクシ、金鉱を掘り当てた開拓者の気分です!!

 
 早速買おうとしたところ、色が何色もある~。どれにしたら良いのか判らない~。
でも買ってみなければわかりません。悩みに悩んだ末、疲れ果てて、ええい!ままよ!と「シェールオークル」を注文してみました。お肉色なら間違いないでしょ!

濃かった(涙)

どの位濃いかと申しますと、ほお紅の役目を果たせるくらい濃かったです(^_^;)
 
さすがにこれを顔全体にまぶすのは無理があったので(とかいいつつ夏中これを使ってましたけど。塗り残すとそこだけ異次元に色が違ってしまうのでお化粧するときになかなか緊張しましたが)、秋になって「カメリア」なる色を注文しました。これで間違えたら私泣きます。12色もあるんですよ。一缶2年以上使えそうだから、生きている内に合った色にたどり着く自信がありませんわ(T_T)

 
合った(笑) 

一番合う色かは知るよしもありませんが、少なくともフェイスパウダーに使って違和感が出るものではありませんでした。

 それからは天国の日々です。日焼け止めの後にカメリアをパタパタ。それからシェールオークルをほっぺにつければこれだけで結構お化粧したように見えるんですよ。濃いの買ったの、 怪我の功名だったかもしれない(笑)

 ところが秋も深まり冬となって、ちょっと心配な事が起きました。
「経皮感作」ってありますよね。ピーナッツアレルギーのお子さんに知らずにピーナッツオイル入りローションを使い続けてしまい大変な事になってしまったとかいろいろ。
米粉でしょ?ワタクシ、アトピーなので、冬から春にかけて洗顔のお湯がしみて痛い位肌が荒れるのです。
精製されてタンパク質は残ってなさそうですが、果たして米デンプンをファンデ無しで直接素肌に塗り続けて良いものかと・・・。

 
 結局冬の間は少なくとも化粧下地を使うか、諦めてファンデとセットで使った方が安全だろうということになりました。
せっかくの極楽お化粧生活が遠のいてしまいましたがやむを得ません(涙)
でも、化粧下地やファンデをつけずに外に出歩けた、あの気楽さは忘れられません(泣)


という次第で、この冬、お化粧に戻れない体となったワタクシは、花粉などのアレルゲンが皮膚に付くのを防ぐ為、帽子を被りマスクをし、マフラーで顔をぐるぐる巻きにして過ごしたのでありました。

 お化粧品からミイラが出来上がるとは夢にも思っておりませんでした。お化粧品の世界は本当に奥が深いんですね(泣)

 ルクレールのサイト(リンク

経皮感作について(リンク

 今までのお化粧品記事

 その1(リンク

 その2(リンク

2018年1月31日 (水)

近況報告

 みなさま、ご無沙汰しております。そして大変遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。

今月は正月明けから家族Aが熱出しての入院騒ぎがあったり、南岸低気圧による、涙の雪かき修行とか、果てはお祭りの屋台修理の賛同金捻出(期限は明日にゃーん)などなど、あれやこれやが山程あって、ワタクシも遂に朝からめまいで起きられない状態となりました。午後になってめまいは良くなって来たのに、夕方から喉の痛みと悪寒を感じ始めたので、先程麻黄附子細辛湯を飲んでこれから寝たいと思います。

 なんですって?今夜はブルーでスーパーで赤いお月さんが皆既に欠けて見えるんですって?

 それって風邪に効くの?

 そんな訳もないので、今夜は月蝕を観ないで早寝をします。

 く~~、 風邪が治ったら月餅とかおせんべとか、ゴーフルとか、丸いモノを片っ端からかじってやる~(▼▼)

 こんなワタクシですが、本年もよろしくおねがいします。おやすみなさい(T_T)

 

2017年12月31日 (日)

よいお年を

 2017年も今日で最後となりました。皆様、大晦日の夜をいかがお過ごしですか?

今年はある曲が私にとって今まで以上に忘れられないものとなりました。

 それは

  「ラーシードラー シドレミーラファーラミー ラドミミー#レー 」はアルペジオーネ・ソナタだとずっと思っていた。

 ある時ようつべで聴こうとしたら違う曲が流れてきた。

 「えええーーーっ!じゃ、この曲は何?」→やっぱりアルペジオーネだった。

 「えええーーーっ!じゃ、私がアルペジオーネだと思って聴いた曲は何?」←イマココ

 という、どうしてこうなったか見当もつかない事案が発生したために、2017年はアルペジオーネな年ということになってしまいました。

 よく考えると今年は似た事が沢山ありました。

 カーラジオから曲が流れてくる。
ぽ「この曲、マメールロワじゃなくて、マメールロワじゃなくて、えーと何だっけ。クープランの墓ではあるはずないし」
ラ「クープランの墓でした」
ぽ「先週CDで聴いたのに!!!」 とか。

 ラ「♪♪♪」
ぽ「この曲なんだっけ。ストラヴィンスキーじゃなくて、ストラヴィンスキーじゃなくて・・・」
ラ「ファリャ『恋は魔術師』から「火祭りの踊り」でした」

ぽ「レコードもってるんだわ・・・(T_T)」

 ・・・・

 言っても詮ない繰り言ですけど、昔は一度聴いたメロディは忘れない人間だったんですよ、私。それがどうしてこうなっちゃったのかはわかりませんが、とにかく現在の私はメロディは流れ去る脳みその持ち主であり、願わくば、こんな自分を好もしいと思える度量の広さを持ちたいと思うのでありました(なんか違う)

 そんなこんなを色々思った大晦日。本当にお世話になりました。今年の曲はペレーニとシフの奏でる「アルペジオーネ・ソナタ」です。
どちら様も、よいお年をお迎え下さいませ。


2017年12月26日 (火)

悲しくて、悲しくて

 先日フォーク・クルセイダーズの「悲しくてやりきれない」を坂本冬美で聴いていたんですが(いい曲ですわ、これ)、聴いていたら昔のある事を思い出してどうしても書かずにはいられなくなってしまいました。ちょっとdisが入っているんですが、お許し下さいね^_^;

 いつの事か正確には思い出せなくて、多分90年代の後半ではないかと思うのですが、古い仏像を修理か何かして解体したところ、中から「悲」の一字が書かれた紙(布?)が見つかったのだけど、誰が何故いれたのかは判らないというニュースが新聞に出ていました。 
そしてその日だったのか翌日だったのか、その出来事を受けて「天声人語」には「何が悲しかったんだろうか」と昔の人の不満に思いを馳せる文章が載ったのでした。

 お判り頂けますか、私の衝撃。仏像と「悲」なら、それ「大悲」でしょう。慈悲の「悲」であって、嬉しい悲しい、良い事あった辛かったの「悲」ではないのです。この私の中では常識中の常識が、朝日新聞の論説委員には共有されてなかったショック。そして「何故入っていたのか判らない」という発表者側の説明を、高僧が入魂の為に書いていれさせたか、自身か家族かの病気平癒か何かを願って「悲」と書いた紙を納めた仏像を造らせ奉納したか、来歴を示すものが失われてしまったから入った理由が判らないのだという事実には思い至らず、造った誰かがこっそり自分の感情を仕込んだと解釈してしまった、(仏教徒にとっての)法外さ。

 この時私が最初に感じたのは、仏教は本当にマイナーになったんだなという事でした。お寺に行くと「大悲閣」なる建物が結構あります。また「大悲」と書かれた額もよく見かけますが、書いた人はそこに思考を結びつけられなかった。しかもこの痛い一文が指摘されることもなく紙面に載ってしまった。皆どれだけ寺社仏閣に縁遠いのか察せられようというものです。時代の流れ、趨勢というものを肌で感じた瞬間でした。

 そしてその後、「ああ、マイノリティって多分いつもこんな感じなんだ」と思いました。固有の文化なり習慣の中に(この場合仏教)、独自の文脈が存在しているとは夢にも思わず、どんな事もその人(仏教と縁のない人)の馴染んだ文脈でのみ判断するのが当たり前になっていて、調べようと考えてさえもらえない(「悲」は辞書引けば書いてある)こと。
また仏像という、崇拝対象、ある種の聖域の中に、個人の喜怒哀楽を混ぜ込む事によって、マイノリティにとっては特殊な領域が日常と同列に扱われてしまうこと。個人的にはこちらの方が堪えました。

 仏教がずっとメジャーだった日本なので、「お前達が長年拝んでいたあの仏像は、中に造った人間の愚痴が入ってたんだぜって、造った仏師にも信者にも、十分喧嘩売ってるだろ」とか、「大悲を知らないとか常識なさ過ぎ」と私が訴えても賛同者を得られそうですが、遠くの国の、馴染みのない宗教で「個人的な鬱憤を像にいれて皆で拝む」とか言われたら、真に受けて「気味の悪い宗教だ」と考える人いそうですよね。
 更に、この文章をもって宗教に無縁な人の中には「だから宗教やってる人は愚かなんだ」と決めつけそうな人は確実にいそうです。私数人思い浮かびますわ。決めつける攻撃的な人ではなくても、なんとなく愚かで度し難い(これ、仏教用語だわ)と思う人は多そうです。

 この話は二昔も前なので、さすがに今はもう少しチェックしているでしょうけど、マイナーなことって、こんな風に手から水が漏れるように話が明後日の方角に流れていってしまうんだなと、そんな事を坂本冬美を聴きながら思い出した年末なのでした。
このにえーたぎる苦しさを♪にゃーん♪^_^;


2017年11月26日 (日)

オンデマンドみるみる記2 真田丸の秘密

 前記事で「真田丸は言葉で説明している」と書いてしまったため、その根拠を書きたいと思います。とはいえ、オンデマでは半分観たところでタイムアウトになってしまいましたが(^_^;)

 言葉で説明する役割の立役者は長澤まさみ演じる架空の人物「きり」でしょう。最初の頃ネットで「うるさい」と不評だったきりですが、この人物こそ、脚本家の冴えを見せる造型だと今なら思います。
脚本はきりのおしゃべりを借りて巧みに状況説明をするのです。
源治郎が誰を好きなのかとか、祝言の時に人を殺すなんて残酷だとか、一応誰でもそう思う事ではありますが(だからネットではうるさがられた)、ここだけは視聴者に押さえて欲しい部分を言葉で述べさせるので、一杯機嫌の視聴者であっても迷わず受け取る事が出来る仕掛けになっていました。しかも無用な失敗を犯して、人質を救出に来た主役・真田信繁に傷一つつけることなく、ちゃんと捕らえられる事に成功させます。これを不測の事態で救出作戦を失敗させたら「信繁って駄目なやつ」と思う人が必ず出ます。

 おしゃべりなきりではありますが、豊臣秀次が登場すると彼女は途端に口数が少なくなり聞き役に回ります。源治郎の話だってまともに聞いた試しのない彼女が突然寡黙になるのは、相手が太閤の甥だからではなく(多分成長したわけでもなく)、秀次の言葉を引き出す役割になったからです。聴き手が出来たことで普通ならもっと遠回しで表現しなければならない秀次の胸の内を、視聴者に間違いようのない手段で伝える事ができます。ネットでは秀次うざいなどと言われてましたが、簡単に確実に視聴者に伝えるには本人の口から話させるのが一番かと思います。去年だったら私も拒否反応を起こしたと思いますが、今年入り組んだ筋立ての直虎を観た後なので、わかりやすさのありがたみも理解出来ます。

 今回オンデマで続けて視聴したので判ったのですが、「真田丸」というのは滅びの美学をテーマにしているのだなと思いました。武田の滅亡シーンから物語が始まり、真田昌幸に謀られて磔にされる高坂昌元、沼田城の攻防でさえあまり顔を出さなかった北条氏政に至っては、豊臣の小田原城包囲で突然露出が多くなり、ほぼ出ずっぱりの2回分放送の後切腹になりました。真田家の人間が直接関わるエピソード以外は、滅んでいく者達に焦点が当てられていると言って良いと思います。
大阪城ではわざわざきりを聞き役にして秀次の胸の内を語らせ続けているので、27回以降は秀次の滅びが壮麗に描かれると思います。ちょっと楽しみなのでお正月にオンデマ契約して観てみたいと思います。

 滅びの美学、その描き方は美しく哀しく重いのですが、あまり後に引きずらせない工夫もちゃんとしてあるんですね。北条氏政は戦のない平和な時代など嫌だと言って切腹するわけですが、敵の実力を(多分その出自から)見誤っての滅亡ではなく、やんちゃをいって満足の切腹にしてしまいました。不意打ちの恐怖から風呂にも入れず眠れもしない描写を上手く緩和して、重いんだけど引きずらずに済む書き方だったと思います。
滅び方ではありませんが、去年私が観たときに拒絶反応を起こしたシーンに、高畑淳子演じる薫が夫真田昌幸に向かって、人質だった木曽義昌の子らが磔にされた事を仰々しく述べるくだりがありました。当時私はあの戦国時代に人質処刑で騒ぐのはおかしいだろうと思ったのですが、今年の「直虎」で、屋敷に訪ねてきた兄である南溪和尚に、今川の人質となった佐名が「ようもようも顔を出せましたな」と吐き捨てるシーンを見せられ、殆ど書かれていないにも関わらず人質の哀しみがぐさっと胸に刺さって(その後の展開で佐名は夫婦で自刃させられますし)重苦しさに息の根を止められそうになった身としては、薫の軽さに救われる思いをしたのではありました。


 映画や自分で選ぶネットテレビだと、一話の中にどれだけ話を詰め込んでも、観る方は喜んで咀嚼できますが、定時で流れるテレビ番組はあまり詰め込まれると困る場合もあるのかなと「直虎」と「真田丸」を見比べて思いました。今年「直虎」を観たからこそ判る「真田丸」の面白さだと思います。

 みなさまも、時間があったら「真田丸」をもう一度観てくださいませ。

2017年11月20日 (月)

オンデマンドみるみる記1 政次の謎

 前記事で書いた経緯で、オンデマンド見放題パックで晴れて「おんな城主直虎」を第1回から観ることが出来ました。
先の展開が判っているので、「ああ、この子がああなって」とか「このおっさんの早まった行動が」とか、感慨が深すぎて観る度に号泣してしまいました。もう暇さえあれば観てしまう状態で、観た回さえ見直してしまいました。いや~、面白かったですわ。

 実は今回初回から観るにあたり、どうしても確認しておきたいことがありました。それは、高橋一生演ずる小野但馬守政次が、最初の方で悪役だったか否かです。
何故とはいうに、たまたま観た5月12日放送の「鶴甁の家族に乾杯 静岡編」で、ゲストの高橋一生に向かって「あ、悪役だ!」と叫んだ初老男性がいたのです。その頃は既に政次が悪役だと思う人は少なかろうという展開でしたが、ロケ日と思われる4月上旬の放送回をサイトで確認しても、その当時さえ政次を悪役と思う人はいなさそうな状況に私には思えたのです。というか、ネットでは「そんな事したら味方だってばれるぞ」みたいな書き込みが多く、皆悪人の振りをしている小野政次の心中を察しては楽しんでいたからです。
なので私が見損ねた回で政次は悪い事をしでかしたのかなと思ったのでした。奥山朝利のおじさん殺しちゃうから、それかなと。
しかし、今回殺した回を見ても全く悪役とは思えず、なにゆえあの御仁は生・高橋一生に向かって「悪役」などと言ったのか、ちょっと判りませんでした。 

 その後「直虎」浸りの日々を送る中でふと思い当たったことがありました。
そもそもこのドラマは伏線がとても巧妙なのです。見始めた頃時間が取れなくて、6時からの早虎を半分位みて8時から本虎を中座しながら観ることが良くあったのですが、同じシーンを2度観ると最初に観たときに気がつかなかった事に改めて気がつくということが沢山あったんですね。そんな事があって私は観念してしっかり観るか録画するかにしたのですが、日曜夜8時って、お風呂上がりに一杯やりながらテレビを楽しむ時間帯ではないですか。家族とおしゃべりしたりして。そんなのんびりなくつろぎの時間に、ある回で敷かれた伏線が十数回後に顕わになる様な筋書きや、ちょっとした所作で台詞と正反対の内面を表す演技を、見抜けという方が無理かもしれないと思いました。
思い返せばあの衝撃の33回が終わった時、「それで政次は悪者だったの?良い者だったの?」と一緒に観ていた父親から訊かれたというツイートが、高橋一生の演技力を示すものとしてRTされていましたが(その時は私もそう思いました)、今考えると日曜8時のくつろぎ時間にお父さんがドラマの為に割り当てていた脳内処理キャパを、ドラマの内容が越えていたことがそもそもの原因だったのかも知れません。

 私は元々筋の入り組んだ手の込んだものが好みなので、日曜日には体調を整えて必死で観ました。視聴に力を入れすぎて大体月曜日はぐったりしてしまい、ここまでして観る自分は馬鹿ではないのかと思った事も何度もありました。それでもこの面白さは手放せません。でも忙しかったり、その時間帯はゆっくりくつろぎたいと思う人たちが視聴を離脱する事は十分あり得るし、その結果視聴率が奮わないのかもとも思いました。去年観ていなかったので今回オンデマで観た「真田丸」は巧妙に言葉で背景説明をしていました。その分ドラマ内の情報量(伏線など)は減ると思いますが、団らん時に楽しんで観るにはとても親切な作りだったのだと思います。勿論少ない伏線(直虎と比べれば)を上手く際立たせてがっつり観たい派も満足させた手腕は見事です。
でも観疲れて翌日ぐったりしてしまうドラマも私は好きなんです。
一瞬も気が抜けない展開で、観ながら過去回を思い出し、仕込まれた伏線を探り続けなければならないドラマは、受け身で観るというよりは、選んで視聴するネットテレビ向きなのかも知れません。でも地上波それをやったらいけない理由もないと思うんです。今は録画もオンデマンドも、数年後の再放送さえあるのですから。更にどの曜日、どの時間帯であっても、ドラマ視聴に掛けられるキャパも好みも人それぞれなのですから、視聴率の縛りから業界はもう解き放たれた方が良いのではないかと、番組は作りの善し悪しを評価基準にするべきかと思うのです。今更ですけど。

2017年10月31日 (火)

ぽんず家の苦難 テレビdeネット有り得ない展開編

 前記事に書いた、我が家のテレビを中継機を通してケーブルでネットに繋ごうプロジェクトの続きです。
その後中継機能付きルーターではなく、結構お高い中継機そのものを買い、中継機からのケーブルで我が家のテレビは無事ネットに繋がる事が出来ました(祝)

そして歓び勇んでYouTubeを観ようとしたところ、何故か表示されない。テレビの説明書によればYouTubeアプリなるものがあり、それを使って閲覧するとこが出来るはずなのですが、YouTubeアプリがないのです。なのでテレビ画面からメーカーのサイトに行ってみると「このサービスは終了しました」と表示。嫌な予感しかしません(^_^;)
テレビ経由では埒があかないのでネットで検索してみたところ、なんと、テレビでのYouTube閲覧は数年前に終了していたそうなのです。更に追い打ちをかけるように、テレビ画面に「PC」なるアイコンを発見し、説明書をひっくり返して良く読めば、HDMIアダプタを使えば直接パソコンと繋がるのだそうで、そう言えば昔そんな話を読んだ気もします(忘れてたのね)
つまり、HDMIケーブル一本あれば、こんな手間暇掛けずにテレビでYouTubeを楽しめたわけです。余分なHDMIケーブル、うちにあったのに・・・。

しかし私はYouTubeの為だけに大枚をはたいた訳ではないのです。NHKオンデマンドで「直虎」を第一話から観るという目論見もちゃんと持っていたのです(勝利の高笑ひ)

 ところがですね、動画配信の為の登録が判りにくいんです。テレビからなら簡単なんですが、途中で宙を飛ぶ回線にクレジットカード情報の入力なんて出来ますか?なので線で繋がるPCからの登録(私の場合アクトビラ)を試みたのですが、専用アプリをダウンして初めて登録画面に行けるとわかるまで、随分手こずりました。今時サイトから出来ないなんて。そしてテレビに表示された仮パスをPCで入力して登録して完了なんですが、PCとテレビの間を何往復もかけずり回りましたわ。まさかここでPCをWifiには出来ませんし。

 そんなこんなとありましたが、なんとか「見放題パック」を購入し、オンデマンドを楽しむ事が出来るようになったと言うべきなのか・・・

 オンデマンド配信番組は字幕がないんです。うちの母字幕がないと話の筋が見えないんですわ(T_T)
更に追い打ちをかけるように、ゴールデンタイムである夜の九時前から電波が込むのか通信状態が悪くなり、画像はともかく音声が途切れてしまうのです。線で繋がないと動画配信は厳しいみたい。ということで、電波が空いてる状態を選んで、私は一人で「直虎」他、アレコレ番組を観ています。面白いんだけど、掛かった労力とお金を考えるとなんだかなあ・・・(T_T)

こんな事なら中継機に使ったお金でケーブル買ってきて自分で屋根裏に通せばよかった。天井踏み抜いて大騒ぎになったとしても・・・・(しくしく)

«ぽんず家の苦難 テレビdeネット編

フォト

ぽんずの風景

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