いらっしゃいませ

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2018年10月22日 (月)

お手々が痛くなった話

 不詳ワタクシめ、夏前から中指や薬指を曲げると元に戻らなくなることが度々ありまして、とはいえ忙しかったのと、痛みが余りなかったため、指を掴んでぐっと伸ばしてそれでヨシとしていました。

 しかし、先週急に寒くなってきてから、指がしくしく痛み始め、医者が休診になる土曜日昼過ぎからはずきずき痛み出したのです。もうね、じっとり冷や汗が出るくらい痛かったです。
かねてより、ばね指(曲げた指が戻らなくなるやつですね)についてネットで調べていた私は、これはいよいよ腱鞘炎が本格的なってきたと思い、腰痛で処方された湿布を貼ったのですが、少しも効かず、痛みは増すばかり。

本日、泣きながら整形外科に駆け込んだところ、やはり指の腱鞘炎との診断。そうだろうそうだろうと思いつつお医者さんの説明を聞く私。
 お医者さん曰く

まずは湿布を貼って安静にしてみて(うむうむ、ネットで調べたぞ)

それでも駄目なら注射をして(これも承知だ!)

最終的には手術という手もある(そこまでちゃんと調べたぞ、私!)

と、無意味に勝ち誇っていた私に、ドクターは

「じゃ、手のひらに湿布ね」

 えっ?そっち?


 下調べしました。炎症の図解もちゃんと見ました。なのに湿布を手の甲に貼りました。
手の血行不良とともに、お脳の血の巡りにも多大な疑問が湧き上がる神無月。
ワタクシぽんずは、指の安静のため、暫くネットを休ませて頂きます。

 ではでは(;_;)/~~~

 誰か私に自棄団子持ってきて~(T_T)

 今よくみたら、手のひら、指の付け根が赤く腫れ上がってましたわ(涙)

2018年9月30日 (日)

奇跡のかぼちゃ

 猛暑の予想だった今夏、忙しくてグリーンカーテンを準備し損ねたぽんず家は恐怖におののいていました。
「遮るものがなかったら、暑さに焼き殺されてしまう~。特にお勝手!」
と泣いていたところ、なんとお勝手窓の下にある菜園と名付けている場所から、かぼちゃの苗が生えてきたではないですか。
もちろん苗を植えたわけではありません。去年地面に埋めた野菜くずの中にあったかぼちゃの種が芽を出したに違いありません。

 私はそっと苗をお台所の窓方面に誘導しました。苗はどんどんと伸び、窓一面を見事に覆い尽くしたその上に、かわいい坊ちゃん南瓜を実らせたのでした。実が生って知る南瓜の種類。そうか、これだったか。

 と喜んでいたところ、

 「ねえさん、まあ、みごとに南瓜を這わせたわいね」と散歩中と思われるおばあさんが声を掛けて下さったのです。
 で、二言三言言葉を交わした後、せっかくなので庭の椅子に腰掛けて頂いて(暑い日でおばあさんちょっとお疲れ気味に見えたので)、二人で暫しおしゃべりをしました。

 あねさま被りの手ぬぐいに、花柄の割烹着、もんぺズボンという今時珍しい正統派農作業スタイルの、おばあさんの話はこんなでした。

おばあさん 「随分昔の話だけんども、ここらあたりに、ぽず子さん(仮名)つう女しょうの家があったいねが、ねえさん、ぽず子さんの話、知らねかいね?」

ぽんず「さあ、聞いたことないです・・・」

 いきなり自分と同じ名前が出てきたのにもびっくりだったんですが、おばあさんの話し方にもびっくり。こんなに方言使う人珍しいです。「ねえさん(女性が中年以上の女性に呼びかける言葉。対話者同士の年齢差は関係なく、80歳が70歳に呼びかけることもある。ただし男性から女性への呼びかけに使われたのを私は聞いたことがない。あるのかな)」なんて、リアルで聞くの何年ぶり?

お「ほうかいね、知らねかね。まあ、有名な話だけんども、知らねえかね」

ぽ「どんな話なんですか?(興味津々)」

お「昔さね、ここいらに、もうちょっとあっちの方だったけんども、ぽず子さんちってあっただいね。」

ぽ「ふんふん」

お「ある、暑い夏のことだわいね、どこん家も暑くて暑くて灼けこんじまったつうに、ぽず子さん家だけ涼しかっただいね」

ぽ「え?なんで?」

お「それがさいね、かぼちゃの蔓が軒の朝顔の支えだったとこに這ってさね、家中をおおっちまってせ、それで涼しかったんだってせ」

ぽ「今で言うグリーンカーテンだ!」

お「それがせぇ、そのかぼちゃは勝手に生えてきただってせえ。ぽず子ねえさんはそりゃあ喜んで、道を通る人みんなに自慢してまわっただってね。勝手に生えてきた、ええこんだって。そりゃあそうだだよ。どこの家も暑くてやりきれねえって、病人まででる家もあったっつうに、ぽず子さんちだけ涼しかったんだからね。ありがてえもんじゃないかいね」

ぽ「確かに・・・」

お「そうずろ。ところがさねえ、ほず子ねえさん、大喜びだったんだけども、今頃だったかいねえ、ある日、ぽず子さん家がなくなっちまってせえ」

ぽ「えっ」

お「わしも聞いた話だけんども、蔓におおわれてせぇ、草むらになってたって話だいね」

ぽ「・・・」

お「まあ、当たり前だわいね。あんなに日陰になってもらって、助けてもらったつうに、ぽず子さん、南瓜とって食っちまったってせ。まあ恩知らずにも程があるわいね」

「ところでねえさん、手に持ってるその南瓜せ、どうするだいね。まさか食べやせんずらね」

と、おばあさんに詰め寄られたところで目が覚めたのですが、こんな夢を観てしまった私は、収穫した6個の坊ちゃん南瓜を美味しく食べて良いものでしょうか。
それとも感謝祭まで待つべきでしょうか。

 皆様のアドバイスをお待ちしております。

窓を覆うかぼちゃの蔓

Up_2

収穫なった坊ちゃん南瓜。グラタンにしようかな~
2up

やっぱ食べたい・・・


謹んで追記

じつは、一昨年も捨てた種から南瓜の苗が生えて、お勝手の窓枠で育てておりました。
その時の実った南瓜の写真をアップしておきます。
私、前世で南瓜によっぽど良い事をしたのね(*^_^*)←おいっ!
Up

2018年8月31日 (金)

達者でナ

 我が家にいくつかある懸案の中で、夏になると思い出さざるを得ないものがあります。それは冷蔵庫の買い換え。

 今使っている冷蔵庫は二十世紀に買ったもので、数年前から氷が作れなくなり、そのもっと前から野菜室の底が凍り付くため、命旦夕感半端無いヤツでした。それをだましだまし使っていたのですが、生協の宅配で肉や魚などの冷凍品を常備するようになってから、危機感はいや増しました。

 そもそもこの冷蔵庫は先代冷蔵庫が真夏に突然死したため、一番早く配達してもらえるものという理由だけで選んだものでした。それでも配達までに一週間ほど掛かった、あの地獄だけは繰り返したくありません。1998年7月の、あの暑い夏を。

  とはいえ冷蔵庫の買い替えは面倒なもので、なかなか重い腰が上がりません。今年の冬、清水の舞台から飛び降りるつもりで大枚はたいて『冷凍丸ごとサムゲタン』を買った時も、冷蔵庫が壊れる恐怖に日々苛まれていたにも関わらず、サムゲタンを美味しく食べたらその恐怖を半分位忘れてしまいました。

 しかし、今夏の猛暑で、私の腹は決まりました。お台所が冷蔵庫の熱で暑くて堪らないのです。二十年も経てばさすがにパッキンも劣化しているでしょう。もう買い換え時だと思いました。

 ネットで色々物色した後、電気店に買いに行ったのが8月上旬。お盆前に新しいのを使えるかと思っていたら、エアコンの注文が相次いで作業する人が払底しているため、8月末でないと配達できないとのこと。他の店を探すのも面倒だったので、それまで待つことにして、お金を払ってきました。それまでうちの冷蔵庫が保つことを祈りながら。

その夜、夕食後、冷蔵庫を開けたら野菜室が水浸しになっていました。随分長いこと野菜室の底が凍り付いてはいたのですが、それが溶けて水になったらしいのです。遂に壊れたか、しかも買った日に。と思いつつ、野菜室の中を掃除していると、製氷皿が動いて氷が落ちる音がします。買い換えるに当たって、それでも本当に壊れているか確かめるために昨日たまたまタンクに水を入れたのです。丸一日何事も起こらなかったのに、突如氷が出来、着きっぱなしだった給水ランプが消えたのです。

 冷蔵庫が突然元気になってしまった。

 私にはそれが冷蔵庫の「捨てないで」という叫びのように思えました。
しかし買ってしまったものは如何ともしがたい。
これから八月一杯、復活した冷蔵庫を大事に使って蜜月を過ごしてからお別れしよう、私はそう考えて、それからの日々、毎日冷蔵庫を磨きました。
百均で冷蔵庫用整理カゴを今頃買ってきて、庫内の整理もしました。
手入れをすればする程、お掃除しやすく、使いやすい冷蔵庫だったことがわかりました。
もっと早く気がついていれば、もっと長く大事に楽しく使う事が出来たのに、大した手入れもせずに使ってきた自分が悔やまれました。
 
 そして運命の新冷蔵庫到着の日。中味を出した序でに冷凍室をそのまま引き出して本体をお掃除しようとした、私の目に、劣化で壊れたプラ壁と、むき出しの断熱材が目に入ったのでした。こりゃ熱いわけだ、やっぱり買い換えて正解でした。

 冷蔵庫入れ替えは、お店の人の、多分最悪のケースを想定した説明より遥に短い、15分足らずで終わりました。

 新しい冷蔵庫とのご挨拶もそこそこに、私は玄関に立ち、古冷蔵庫の載ったトラックを見送りました。好きでもらわれてきた訳でもないのに、手入れもしてもらえなかったのに二十年働いて、息を吹き返したように元気になって、最後の日に自分の致命傷を見せて私を諦めさせた、我が家には出来すぎたこの冷蔵庫を・・・
私は心の中で呼びかけました。「達者でナ」

 
達者ではいられないだろうに、「ドナドナ」ではなく「達者でナ」。そして健気な冷蔵庫とは違うメーカーを選んでいた私は、やはり鬼と申せましょう。 

 三橋三智也 「達者でナ」

2018年7月22日 (日)

脱脂ぽんずはじまりました

 この記事(リンク)にでてくるコンシーラー、その後あまり出番もなかく、このまま使わずに捨ててしまうのももったいないなあと悩んでいた、
そんなある日、ふと、閃いちゃったんです、ワタシ(*^_^*)

 捨てるくらいなら、ファンデ代わりに顔に塗り広げてみたらどう?
色は濃いめだけれど、あのファンデとの超絶乱調二重唱みたいなことにはならないはず。

 と、コンシーラーを手に取り、顔全体にぬりぬりしてみました。ツヤ有りでのびも良く、なかなかの使い心地。私いいこと考えちゃった(うふん♪)

 などと自画自賛していたその数時間後。顔がつっぱりはじめてしまいました。崩れにくい化粧品のサガですね。皮脂吸着成分が私の皮脂を吸い取っているにちがいないのです。
つっぱり感の割りにはひりひりせず(保湿成分が入っていると思われ)、どうにかこうにかその日1日を乗り切り、夜、洗面所で鏡を覗いてみたところ・・・

 なにが起こっていたと思います?

 顔に沢山の縦皺!!!とくにほっぺと口周りがすごい!乾燥で出来るしわとはちょっと違う、あまり見たことのないシワシワシワ!

人間って脱脂されるとしわが寄るんですね、ミイラ作る時も乾燥だけでなく皮脂も抜くのかしら。

 コンシーラーを使ってたった1日でこんなにアブラが抜けるなんて、化粧品のチカラ、恐るべしです。

と、暫し現代の科学技術に感嘆したあと、そもそもの問題がまだ何も解決されてないことを思い出したワタクシ。これではコンシーラ全然減らせない。
その時、私はまたもやある考えが閃いてしまいました。

これ、お腹に塗ったらどうなるかしら?

 理屈で考えればなんの変化もないはずですが、ちょっと興味が湧くじゃないですか。皮下脂肪も皮脂もどっちもアブラなんですから、ひょっとしたらなんか変化するかもじゃないですか。それよりお腹って普通にシワになるのかしら。でもアブラ取りなら鼻の周りに塗りたくるのが一番いいような・・・

 などなど、疑問が次々とわき起こり、結局なにかを試さないわけにはいかなくなっている私でした。
夏の自由研究はこれしかない(なんか限りなく違う方向にいってる~(^_^;)

2018年7月19日 (木)

六月は終わらない

 三月にハライタを起こして以来、私は自分が倒れた時の心配を今まで以上にするようになりました。単なる胃痛でもうっかり入院した日には、家族の葬式になりかねない我が家。この脆弱性を塞がねば!

 てなわけで、五月に胃カメラ呑んで診断がついてから(慢性胃炎でした)、喫緊の課題、「家族Aの介護度を変えてもらう」に着手。認定変更願いを出し、再認定調査日が六月の初めとなりました。

 その前にケアマネさんとの打ち合わせがあり、病院に定期診察があり、家族Aのプチ発熱があったのですが、調査当日家族A大発熱。朦朧とした中での調査となり、これなら要介護1をゲット出来るとほくそ笑んだその瞬間、
「元気な時を想定して評価させていただきます」
という調査員さんのお言葉。
いや、ちょっと。元気な時も今とあまり変わらない状態になったから再調査をお願いしたのに!その元気な時の状態って、もう消え去ってしまったのに!
ワタクシ、人生でこの瞬間ほど、『捕らぬ狸の皮算用』という言葉をかみしめたことはありませんでした。

 熱があるのに質問されたりしたせいか、家族Aはその後もりもり発熱し、一回通院するも、月曜日には入院と相成りました。

 入院直後のドタバタがやっと終息してきた水曜日、リンリン鳴った電話に出ると「市の耐震診断の順番が来ました。来週水曜日にお願いします」とのこと。去年の3月に耐震診断の申し込みをしていたのです。それが今か!今くるか!と思いつつも、これを断ったらいつになるのかわからないので泣く泣く承諾。

 その翌日、私は自分の甲状腺が腫れている事に気がつき、昔通った専門医に連絡。これも家族A入院中でよかったと考えるべきか。

金曜日に結構遠い専門医に行き、血液検査の結果は来週だけど、多分ほとんど心配ないと言われ、いらぬ真似をしてしまった感から疲れが倍増。

 土曜日朝、ふとみると庭のラズベリーがたわわに実り中。そういえば今年の三月、大量生産を夢見て支柱を買って手入れをしたんだっけ。

 そういえばラズベリーって、今みのるんだ・・・(涙)

 熟してしまえば猶予はない。収穫したら日持ちはしない。

 私は土曜日朝、泣きながらラズベリーの収穫に勤しみました。そして2時間近くかけて摘んだ実を、即効でジャムに、するつもりが瓶がない!涙を拭いてホームセンターで瓶を買ってきましたよ。

 少しゆっくり出来ると思った土曜日はこのようにジャム造りで忙殺され、翌日曜日、月曜日も引き続きたわわに実り続けるラズベリー対策に忙殺されたのでありました(さすがにご近所に配りましたよ。家の中に食べる人いないんだもの)

同時進行で、耐震診断の準備です。天井裏に入るための戸袋と押し入れから、中身を撤去しなければなりません。これが大変で。というか、ここ数年二階は物置状態になっていたのでまずはそれを片づけるために、カラーボックス買ってきて組み立てましたよ(しくしく)

 床下に入る入り口はあるんですが、それ、洗面所の洗濯機の下にあるんです。はい、洗面所も片づけませんとね(えんえーん)

 迎えた水曜日、土砂降りだったんですが、診断していただきました。すべての部屋を点検していただき、全てのドア引き戸がきちんと開くかも点検していただき、三時間近い診断は終わったとき、私はその場でくずおれそうになりました。
おわかりいただけるでしょうか。
部屋にあったものを、とりあえずとひたすら放り込んだ押し入れや物入れ、納戸の戸を、確認のために自ら開け閉めしなければならなかった、この精神的苦痛が・・・

しかし私の仕事は終わらない。戸袋と押し入れから出したものを元に戻さなければなりません。なんとか片づいたその瞬間、病院から電話。いわく家族Aが退院したいと言い出したそうな(愕然)

 Aは熱も下がり血液検査の数値も良くなっていたのですが、ケアマネさんと訪問看護の人と病院とで金曜日に打ち合わせをする手はずになっており、それが済むまで入院していてね(はぁと)と頼んでいたのですが、数値が良くなりゃ居る義理はないとAは断固退院を主張。この世の中で、誰が家族Aに立ち向かえるでしょうか?結局翌木曜日に怒濤の退院となりました。 

 翌々日の金曜日は例の打ち合わせを我が家で開催。一応片付けとお掃除をしませんと(涙)
 
 それから訪問介護サービスとの契約とか、電動ベッドの搬入とか、あれやこれやこれやあれやが続きました。ながい。6月長い。あまりに長くて一年くらい6月やってる感じで、ある時私はおののきました。もしかしたら6月は永遠に終わらないんじゃないだろうか。世の中が7月になっても、私だけ6月のこの世界に留め置かれてしまうんじゃないだろうかと。
 
 不安を募らせながらも、6月30日の翌朝、目を覚ましてみれば、世界と私は7月に突入していました。我ながらなんという馬鹿なことを考えたものか、と苦笑いしながらその朝、起きたのですが・・・・

 今、家族Aは再び入院中で(肺炎が癖になったらしいです)、耐震診断の結果説明がもうじき来るそうで、七夕の夕方届いた知らせでは、介護認定は血も涙もない要支援2で、
結局私はまだ一人6月に取り残されているような気がします。

 なぜだ~(T_T)

 追伸

 ちなみに猛暑はちゃんとやってきました(号泣)

2018年6月30日 (土)

にゃーーん(涙)

皆様、ご無沙汰しております。

今月はあまりにも色々ありまして、ブログの更新が滞っております。

が、

近日中には必ず更新いたします。

みなさま、よろしくおねがいします。


にやーん、にゃーん、にゃーん(T_T)

2018年5月18日 (金)

花のある丁寧な暮らし

 みなさま、こんばんは、ぽんずです。

 我が家の庭はごくごく素朴なものですが、それでも四季折々小さな花が咲いています。それを少しだけ摘んでそっと飾ることにしています。


 これはクレマチスとオダマキをさりげなく生けてみたもの。

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お部屋に花があるとなんとなくほっとします。ほっとするんですが花びらが落ちるんです、オダマキが。パラパラパラパラと止めどなく。これを飾っている時は毎日ゴミ拾いが日課になります。

  これは牡丹
毎年華やかに玄関を飾ってくれます。このピンク色の花をみると春の終わりを感じますね。

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でもこの花、見た目と違って豪快に散るんですよ。それも突然。少し花をつついてみてもしっかりしているから安心して立ち去ろうと思った瞬間、背後で「バサッ」と音がする。振り返ると花びらとおしべと花粉が大崩落しているわけです。「だるまさんがころんだか!」と毒づきながら三和土にまで散り拡がった花びらを泣きながらホウキとちりとりでお掃除するのが我が家の恒例となっております。


 クレマチスも玄関に飾ればしとやかな雰囲気が出ます。

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この花はね、唯一おしべが落ちる程度の静かな枯れ方なんですが、ある瞬間をもって突然しぼんでいるんですよ。
「ピンポーン」「はーい」で玄関に出てみるとさっきまで咲いていた花がしぼんでる。毎年突然死しています、はい。

 五月の半ば過ぎはアイリスです。青くて綺麗な花。香りもいいんですよ。

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しかしコイツは枯れるときに濃い青のおつゆを垂らすので、油断がなりません。コイツに何度敷物を汚されたか。

 
 お花やさんの花たちは、売り物だけあって、散っても周りが汚れませんし、花粉も落ちないし、咲くときは一斉に咲いて、下は枯れてて上は蕾なんてことはない花ばかりです。やっぱり花はお金出してお花屋さんで買うのが一番よねって、毎年思います。
丁寧な暮らしなどというものは、踏んづけるに限りましてよ、ねえ、あなた。

2018年4月18日 (水)

春の菜摘みの・・・

 ある時、鳥が運んできたのか、庭にヨモギが生えました。最初は小さすぎて摘むことも憚られましたが、少しずつ大きくなり、今年の春、ついに立派なヨモギの草むらが出来ました。これなら好きなだけ摘めそう。苦節三年。我ながらよく頑張りました!

 ということで、ヨモギの葉っぱを一生懸命摘んだわけです。そして丁寧に水洗いし、重曹を入れた大鍋の湯でしっかり茹でて、水に晒してあく取りをしました。

後は水気を切ってラップに包んで冷凍すれば好きな時に草餅が作れます。今年は飽きる程草餅が食べられる~

 出来上がった茹でヨモギは、しかし何の匂いもしないのです。確かに茹ですぎた感はありますが(1~2分のところを5~6分茹でてしまった)、あまりにも風味がない。母にも一口食べてもらったのですが、やっぱり香りがしないとのこと。

 そう言えば摘んでいる時にもあまり匂いがしなかったなあと、庭に出て生のヨモギの葉で匂いを確認してみました。やはり殆ど匂わない。はて面妖な。

 ということでネットで調べてみたらとヨモギとよく似ていて間違えやすい植物に出ていたのが、あろうことかトリカブトだったのです。

 アガサ・クリスティーの小説にもよく出てくるあの猛毒のトリカブト。家族に「水仙には毒があるからニラと間違えないように」と口を酸っぱくして注意していたこの私が、トリカブトを大事に育て上げ、食べてしまったとは!母にまで食べさせてしまったとは!しかも下手すれば致死量!

 30分も経たずに痺れなどの症状がでるのだそうですが、その時既に食べてから30分以上経っていて、母に告げても「まだ死んでないから違う」との事だったので違ったのだと思います。何より花の色が全く違いました。庭の草はヨモギそっくりの花が咲きます。

 もう一度庭に出て草を確認しました。ヨモギなら裏に細かい毛があるはずなのに見えない。葉の裏は白いのに毛がない。一体これは何なんだ。

 ネットで調べた次の候補は「ブタクサ」

 ブタクサアレルギーのある私が後生大事に庭でブタクサ育てていたとは(涙) 

しかし、これも葉の形が違いすぎます。

 私は三度庭に出て溜息をつきました。葉の形も花も、葉裏の色もヨモギにそっくりなのに、裏に毛のないお前は何者なの。

と、明るいところでよく見たら葉の裏に毛が・・・。葉っぱをゴシゴシ擦ってみれば微かにヨモギの香りが・・・ 

その後わかった事は、ヨモギには個体差があり、香りの少ない株もあるので摘むときは香りを確認してから摘むようにとのことでした。知らずに育ててしまったワタシ(T_T)

 朝、意気揚々と納戸から大鍋や大ザルを出してきた私は、その日の午後、無言のまま洗って乾かした鍋とざるを仕舞ったのでありました。

 我が家の庭はどうしてこうなってしまうのでしょう。三年掛けて育て上げたのに・・・(しくしく)

2018年4月 1日 (日)

善光寺の話

 昨日K貫主が31日付けで解任されたという誠に喜ばしい報に接したので、今日は善光寺にちょっと関係のあるお話をしたいと思います。

 四月一日にわざわざ嘘の様な本当の話を書くシリーズ第三弾です(本当に本当の話です)。

 もう二十年以上前のこと、長野市に用事があって出かけていた私は、長野自動車道で家路に着いたのですが、その途中、自分が左足を大怪我するという馬鹿馬鹿しいのに生々しい予感に取り憑かれてしまいました。その予感が生々しかったのには理由があるのですがここでは詳しくは書きません。
愚かなこととは思いつつ、高速道路を運転中の私は本当に事故を起こすのではと怯えきってしまいました。

 生きた心地もなく、慎重に運転を続け、豊科インターを下り、なんとか無事に家に帰り着き、玄関の鍵を開けようと鍵を探したその瞬間、お守りとして買った干支マスコットの、その左足部分がすぱっと切れて無くなっている事に気がつきました。これは干支の動物の形をした黄楊で出来た小さなもので、素材自体も固いですし、マスコット風にアレンジされたデザインなので足部分は短く小さく、折れる可能性も少なそうなものでした。それが証拠に先代マスコットは十数年使って本体は何事もありませんでしたが、紐部分が駄目になったので同じものに買い換えた次第だったのです。なによりそのかけ方です。鋭い刃物ですぱっと切り取ったような、切り口がつるつるすべすべで、折れたとは俄に信じがたいものでした。

 もちろん使っているうちには欠ける事もあるでしょう。しかしこのお守りは、その日の帰り道に善光寺の本堂で買ってその場で財布に付けたものでした。たまたま時間が出来たのでお参り序で新しいマスコットに買い換え、そのまま松代インター前で「峠の釜飯」だけ買って(いかに真っ直ぐ帰ったか、判る人ならお判り頂けると思います)帰って来たのです。付けてから2時間経ってないのに欠けるって何・・・

 バッグの中で揺れて欠けた可能性が一番高いので、家に入ってすぐさまバッグの中身を全部出してみましたが、足の破片を見つける事はできませんでした。てことは峠の釜飯でお金払った時かしら・・・ 

 後日、訳も判らぬまま(何がどうしてこうなった)、善光寺に再びお参りに行き、壊れたお守りを納めたのでありました。 

 その善光寺ですが、それから一年ほど経った頃でしょうか、お参りに行ったら本堂内があまりにも落ち着かない雰囲気だったので、以来お参りしていません。子供の頃からお参りしていたお寺なんですが、あのざわついた感じが耐え難かったんです。多分私の体調のせいだとは思うのですが。ごめんなさいです・・・^_^;

 
 今日四月一日ということで、嘘みたいで有り得ない、でも本当に話を書いてみました。

 しかしこの話で何が一番信じがたかったかというと、お守りとは思っていなかったものがかけた事です。「あなたお守りじゃないでしょ、マスコットでしょ!」「マスコットがどうして欠けるのよ!」って思わず叫んじゃいましたよ。だってあの時点までアレはアクセサリーとしか思っていなかったんですから、私・・・。


 やっぱり単なる偶然だったのでしょうね;^_^A アセアセ

 今までの「四月一日嘘みたいな本当の話」シリーズ

その1「しみじみ語るにゃんこのおもいで 映画鑑賞のお話し」(リンク
その2「王の歩み 忍びの早業」(リンク

2018年3月31日 (土)

死ぬかと思った話(注 死にませんでした)

 この記事は4月18日に書きました。

 なんとかギリギリ月イチ更新をしていたブログでしたが、3月は記事を書くことが出来ませんでした。2012年7月以来の出来事です。なにゆえ私はブログ更新が出来なかったのかをつらつら書き連ねてみたいと思います。

 3月17日土曜日、明朝7時からの隣組河川清掃に備えて私は九時過ぎに寝床に入りました。それからどの位時間が経ったのかは判らないのですが、寝返りを打った途端背中に激痛が走りました。寝違えたと思ったのですが、今度はみぞおちの辺りが強烈に痛み始めました。それも息をする度に締め付けられるような痛みです。
呼吸の度にぎりぎり痛み冷や汗が出てくる、これは、これはもしかして心臓?私狭心症?
心筋梗塞は背中だの肩だのが痛くなる事が多く、ダイレクトに心臓の辺りが痛む場合は大体心臓ではないのですが、痛むのは肋骨中央のちょっと左寄りと背中という、心臓マッサージをする当にその場所です。
コレステロール値が低く血圧も低い私が、まさか循環器系疾患になるとは思いもしなかったので暫し茫然としてしまいました。寝耳に水とはまさにこのこと。
これが狭心症ならば死なないけれど心筋梗塞だったら下手すると今夜中に死んでしまう。救急車を呼ぶべきか。しかし心筋梗塞を起こした親戚も一晩肩凝りで寝られないまま(当人はそう思っていた)無事朝を迎えたではないか。とはいえ急死する人も多い。ここはおっとり構えている場合ではないのではないか。救急車を呼んだ方が・・・


 その時思わぬ考えが頭に浮かびました。

『部屋が汚すぎる』

 死にかけているときにこれを考えるかと自分でも呆れたのですが、二月三月と体調が悪くお掃除がおざなりになっていたところへ、遂に掃除も片づけもする気力も消え失せて一週間経ったのがこの夜だったんです。家中ひどかったんですが、一番酷い場所が何を隠そう今寝ているこの部屋。ここへ救急の人が来るわけだ、穴があったら入りたい。恥ずかしくて死ぬ。

 と思ったんですが、このままここで死んでも他人が部屋に入る訳で、死体になる前に出た方が安穏であろうと、救急車を呼ぶことにしました。しかし携帯電話のあるところまで動けそうにありません。というか、動けない。
皆さん、電話は枕元に置いておきましょう。私がどれだけ後悔したことか。


 どうしたものかと煩悶しているうちに、痛みのストレスと不安からでしょうか、めまいの発作まで起きてしまったのです。
心筋梗塞疑惑とめまいのコラボ、地獄の責め苦ってこんなものですかね。
こうなると話はより複雑になります。目を回しながらアレコレ受け答えをしつつ救急車で搬送され、病院で検査を受けて、医者から「心臓じゃありません、命に別状ないですから帰って良いですよ」と言われたら普通は「よかったばんざい」でしょうが、めまい中に負荷を掛けられた私は、その場で倒れて一ヶ月寝込みかねません。そうなると介護認定の低い母の行き場がなくて別のお葬式が出かねません。生きてさえいれば、明日タクシーで病院に行っても心筋梗塞ならカテーテル検査で3~4日の入院で済む。

 救急車呼ぶのリスク高すぎる・・・(^_^;)

 ここからの数分間、私の脳みそはありとあらゆる事を考えました。母の事から、救急車を呼んで玄関の鍵を誰が開けるかから、明日の河川掃除欠席をどうやって組長さんに知らせるかまで、何をどうするのが一番良いのかを。

 そして痛みで疲れ果て、もうどうでもよくなりました。最後に8日後の26日朝に放送されるNHKクラシック倶楽部「イーヴォ・ポゴレリッチ」の事が頭に浮かびました。時間指定で録画予約をしているのですが、私が死んでしまえば、家族に観る余裕があるとも思えず、結果誰も録画を観ることはないでしょう。結局私は観られないんだ。汚れた部屋もそうですが、予め計ったりできないのが死というものだ、「癌は死を準備する時間を与えられる稀な病気」という言葉は本当なんだなどと思いながら、私の意識は薄れました。

 翌日ワタクシ生きて目が覚めました。昨夜あれだけ下手の考えを開陳できたということが、危機的ではなかった証拠とも申せます。救急車呼ばなくてよかった(^_^;)

 とはいえ、体調はひどいもので歩くのもやっとでしたが(最初痛くて歩けませんでした)、組長さんに欠席のメールをし、母の朝ご飯と昼ご飯の用意をし(どうやって動けたか思い出せません)、即入院になった時の用心に着替えにタオル洗面道具などをバッグに詰め込み、日曜当番医に行きました。診てもらいました。

 で、狭心症といわれると思っていたら、胃けいれんでした。
言われてみれば、確かに心臓と言うより胃がある場所でしたけど、胃けいれんなんて考えもしませんでした。死ぬかと思う程痛いとは聞いていたけど、ほんと死ぬかと勘違いしましたわ(^_^;) 

 てことで、狐につままれた様に死を免れた私は、お薬を処方していただいて、帰りにスーパーで母用にお総菜を買えるだけ買って帰り、まだまだ痛かったのでそれから数日寝込む事になりました。また胃の痛みも取れなかったので、暫くお薬を飲み続け、なんとなくうだうだしているうちに最終週となり、26日朝4時起きしてポゴを聴いて廃人となり(というか痛みがぶり返したのです)、気がつけば4月となっていたのでした。

 これがワタクシの5年8ヶ月ぶりに月イチブログ更新が出来なかった顛末です。死ぬかと思ったんだから、ブログ更新出来なくてもいいですよね(^_^;)

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