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2012年1月27日 (金)

昔々の首輪ネタ

 最近FBで『わたしの怪我のあゆみ』を綴っていて、時は05年8月、頸椎ヘルニアで起き伏しもままならなかった時のこの出来事をふと思い出しました。元はクローズドだった某掲示板にアップしたものです。なのでこれを当時に読んだ方は何卒ご容赦を。しかしこのログを残しておいた自分に驚愕(笑)
(少しだけ直してあります)


 
 首とはいえ、これだけ痛むと食事の用意もままならず、運転なんてもってのほか。
材料は生協の宅配はあれど田舎なので車がないとコンビニにも行けず、気楽にお弁当の調達も出来ず。ゆえに食事の用意はついに母がする事になりました。

「何十年ぶりかしら?」
とか言ってたけどそれは大げさです!(笑)

 作るのだから自分の好きなもの作らせて、
だって随分食べてないんだもの、

と言うことで作ってくれた晩ご飯。

私は食欲もなく寝ていたのだけど、せっかく作ってくれたので、ありがたく頂きました。美味しく?頂きました。(痛くて味がわかんなかったのよ^_^;)

 そして真夜中。
耳の後ろからうなじの辺り激烈なかゆみで目が覚めたのです。
手足も痒くなかったら湿布でかぶれたと考えたかも。
そしてその時思い出したのだ!
晩ご飯のおかず、私のアレルゲン食材だった。

 随分食べてないってそりゃ道理、作らなかったんだから。
どうしてそれを忘れたのか。キッパリすっぱり忘れてました(笑)

 やむなく起きて首輪をはめてアレルギー薬の探索開始。暫く使ってなかったので何処に置いたか記憶はおぼろ。さらに上も下も向けないので手探りで探すより方法はなく、それさえあまりのかゆさに少し探しては輪をはずし、液体ムヒをぬりぬりしては首をぽりぽり。少しかゆみが治まると再び首輪を装着して探索。
ひたすらその繰り返しで時間だけが過ぎていく・・・。。

 おまけに痛い首と痒い首、その距離わずか数センチ。ぽりぽりするのも神経使うのだ。(笑)

 ようやく一番強いステロイド剤を探り当てて、一件落着(^^)
(強力なので間違って使わないように仕舞ったのが仇でした)

 それにしてもムヒはほんとにかゆみに効く。
持続性はなくても塗った瞬間かゆみが止まる・・・
さすがは「無比」というだけある。


 偉いぞムヒ!ありがとう池田模範堂!

 と空に手を挙げ心から叫んだ(心の中で、です)深夜二時半でありました。

 ちなみにこの湿疹が治るのに一週間かかりました。
人生何時喜劇に見舞われるかわかったものではありません(^◇^;)

 そしてこの出来事の一ヶ月後、私はこのブログをはじめたのです。人間痛い思いをすると突拍子もないことを考えつくのでございますね(^◇^;)

2012年1月 2日 (月)

新春ミステリー

 明けましておめでとうございます。旧年中に引き続き、本年もよろしくお願いいたします。

 さて元日の朝、わたくしが新聞を取りに玄関先に出てみると、門扉の下に落ちている小さいものが。昨夜確認したときは何も落ちていなかったのにといぶかしく思って近づくと、なんとそれは鳥の落とし物。

うちの門扉の上には松の枝が張り出ておりまして、そこに鳥が止まって、確かにたまには落下物もあるのです。
せっかく綺麗にしておいたのにと残念に思いながらも、ままある事よと納得し掛かったその瞬間、ふと去年の元旦の、同じ場所、同じコンクリートに白々光る鳥のフンという景色を鮮明に思い出したのでございます。そしてもっと思い出すと一昨年の元旦にも。考えてみると元日の朝に、うちの門口に、種類は違えど鳥のブツが無かったことの方が少なくて、その度に衝撃に立ちすくむか、レレレのおばさんになっていた過去の我が家。

 毎朝落ちているならそれも理解できます。しかしいつも落ちてることの方がすくなく、特にここ一ヶ月以上は一度もなかったのです。しかも良く見るとこれはヒヨドリのフン。ヒヨドリはいつも庭側にしかおらず、最近玄関付近でなどみたこともなかったのに・・・。これはひょっとしてわざと?

 いえいえ、それは考えすぎ。私はきっと疲れているのです。
野生生物を擬人化して考えるのは人間の勝手なファンタジー。鳥にカレンダーなどあるはずはなく、偶然以外のなにものでもないはず。
たとえその昔、枝に止まろうとしてすべって転がったスズメを嗤ったその日のうちに、上にカーポートがあるにも関わらず、車の上に器用にフンが投下されていた事があったとしても(キミは爆撃機か)、それが雀の復讐だったなどと二十一世紀の人間は考えてはならないのです。

 自分にそう言い聞かせながら茶の間でお茶を飲んでいると、窓の外、庭木の枝に、嫌でも目に付くようにくつろいで居るヒヨドリが二羽。何故今そこにいる~~~!

鳥にカレンダーはないかもしれない。しかし人間がバタバタお掃除をし始め、夜の夜中に神社やお寺に人が集まった翌朝に、あそこですっきりすると面白い光景が見られるという伝承がないとは何故言い切れる?

一年に365回もある朝のうちで、元旦だけ突出して被害に遭う率が高い、ああ、このミステリーが解ける日が来るのでしょうか(涙)

2011年12月31日 (土)

よいお年を

 誰にとっても、多分一生忘れられないであろう2011年も今日で終わります。

本当に様々なことがありました。そんな中でも私個人としては、良い出会いや新しい発見が出来た年でした。

ここ数年、その年最後の記事には音楽を貼り付けていました。それらの曲は今まで選曲に悩むことなく大晦日になるとすっと決まりました。でも今年は決められるとはとても思いませんでした。一曲で振り返るには今年起こった事はあまりにも大き過ぎたから。そこまで考えて気がつきました。私は今まで「振り返って」といいつつ、今年から次の年へ、今から明日へと進むときに聞きたい曲を選んでいたのでした。だから振り返ってまとめる曲ではなく一緒に進むための曲。
そして今日、やっぱりすっと曲が決まりました。

今年から来年には、この曲で進みたいと思います。今年を忘れるためではありません。心に刻み、そして進むための曲です。


    


アヴェ・マリア・ステラ

歌詞はこちらです(リンク


  皆様には今年一年、本当にお世話になりました。ありがとうございます。来年もどうかよろしくおねがいします。良いお年をお迎え下さいませ。

忘れません

 12月に入って、「キリエ」を探していたらこの曲を見つけました。アップされたのは2011年3月11日。
アップしたのは「テゼ共同体」だと、FBでお友達の牧師様に教えて頂きました。(ウィキペディア『テゼ共同体』



2011年12月30日 (金)

年末どたばた

 慌ただしい年の瀬、皆様いかがお過ごしでしょうか。

さて、年末と言えば『大掃除』

私、今年は十月末から着手いたしました。この時期から少しずつお掃除&片付けをして、ティーカップ片手に余裕の年の瀬を迎える、実に深く、実に念入りな計画を立てたのです。
そして即実行に移しました。去年大活躍だった(リンク)スチームクリーナーを引っ張り出してシュっと一吹き・・・・するはずが電源が入らない。完全に故障した模様。なんなの、狙ったようなこの絶悪のタイミング(涙)

とはいえこれなくしては我が家のお掃除は語れない。と翌日早速電気店にお電話。その後忙しい合間を縫ってブツを持参。一年以内の故障なので無料で直してくれるはず、くふっ、とほくそえみながら、戻って来る日を待っていたのです。
しかし、来ない。待てど暮らせど戻ってこない。とはいえ、どんなに時間が掛かったとしても今年中には直るでしょうと、余裕で待っておりました。二週間近くかかりましたが元気になって無事戻って参りました。
この時既に十一月の半ば。待ってる間に状況が激変してしまったのです。急に寒くなったり、急に忙しくなったり。戻って来たのにお掃除どころでは無い状況。なんなの、狙ったようなこの絶悪のタイミング2(涙)

 その後忙中閑が訪れたかの如き十二月初旬のとある日のこと。このタイプのスチームクリーナーは一年ごとにフィルターを交換しなくてはならなかった事を思い出し、またまた買ったお店に電話してフィルターお取り寄せを依頼。古フィルターのまま使ってここで壊れても困るので、またまたお掃除我慢の日々。

 待ってる間に体調悪化の一途、気温は低下の一途、用事はこれだけ増加の一途。
クリーナー以外の理由で大掃除を断念せざるを得ませんでした。 


それでも年末、気になるところだけシューシューしておこうかと思ったら、故障から帰ってきた後、フィルターに水を含ませずに使ってしまったためだと思うんですけど、蒸気の出が異様に悪くて、遂にでなくなってしまって・・・。
説明書では付属のスポイトと針がねでお掃除をとあって、だけどそれを何処に仕舞ったか思い出せなくて。とか言ってるうちに新しいフィルターも仕舞った場所を忘れてて。故障だったらどうしようと思うと気が気ではなくて・・・。

 という事で師走も押し詰まった30日、私は朝から、針がねとスポイトの探索→針がねとスポイトで本体掃除→故障でないことを確認、フィルタ探索→発見後交換→蒸気です再度フィルタタンクに水投下→少し蒸気発生→今ここ。

と、軽いお掃除の筈が忙しくかけずり回った挙げ句、何一つ掃除も片付けも出来ていないという衝撃の12月30日、午後1時35分!
なんなの、狙ったようなこの絶悪のタイミング年忘れ特大版(涙)

こんな年の瀬は、もう絶対いや。来年こそ、毎月毎月きちんとお掃除をして、大掃除など無しで済ませたい!

 去年もそう言った気がする・・・・(泣)

2011年12月26日 (月)

十二月の接心

 キリスト教で降誕祭なら仏教は灌仏会というお話しもあるのですが、仏教にはもう一つ、これも十二月なのですが臘八接心(ろうはつせっしん)というものがあります。
今では禅寺でしか行われない様ですが、十二月一日からお釈迦さんが悟りを開いたと言われる八日の未明まで、宗派・寺院によってかなり違うのですが、ひたすら、ひたすら、坐禅をして過ごします。
私が通っていた禅寺では一般信者山も入行することができたので、私もやりました。といっても八日間通しは一回、後は出来る日だけ数日間入行というのが何回かあるのみ。全く誇れるもののない、ちょっと情けない信者です(汗)

 ある年のこの行が終わった後の事。ふと自分の入行になにか意味があるのかしらんと考えたのです。「これを得た!」というような立派な行はまるでしていないので、私のしている事に意味はあるのかと不安になったわけです。
それでどうしてそう考えたか今では謎なのですが、お寺で行じて、とことこ下山してくることが当座の私の意義ではないかと考えたのです。何か取り立てて語れる成果は一つもないのですが、お寺に行って時を過ごし、また戻って生活する。その生活の中で、例えどんなに小さく、意識できず言葉でも表せないものでも、行で得たものを日々過ごしている日常のなかに誰の邪魔にもならないようにそっと置かせてもらうことができたら、そして置かせてもらったものがその世で根付いていったなら、その時私は初めて行果を得たと言えるのではないかと思ったのです。
お釈迦さんが悟りを開いた後、人々の住む村に戻ってこられたこと、経典には出家者は村からひどく離れたところで修行してはならないとかかれているのはそんな理由もあるのかなと、そんな事を八日の朝、お寺からの帰り、ロイホで朝ご飯を食べながら考えたのでありました。

 今年の十二月は、フェイスブックでクリスマスについてのとても有意義な話を読む事が出来ました。それを読む中で結構昔のこの話を思い出していたのです。

 何?この彼我の差(^_^;

2011年12月23日 (金)

師走哀話

 朝、洗濯物用角ハンガーの、チェーン部分が絡まってしまうのはよくある事です。
ハンガーに洗濯物を吊り下げた後でその事実に気がつくのも、ままある事です。
そして、洗濯物をそのままに無理矢理元に戻そうとして、ふとした弾みでチェーンとチェーンが知恵の輪状態になってしまい、腕力のみならず知恵と勇気と運まで必用になってしまう事態も、残念ながらたまにはあります。

 しかし、ベランダから戻ると、時計の針が信じられない角度を差しており、悲鳴を上げながら支度をし、部屋を走ってすべりながら開けてない雨戸を開け、火と戸締まりを確認し、車のフロントガラスについた霜を泣きながら落とし、母を急かして渋滞を乗り越え松本市内の大学病院に駆け込んだ挙げ句が、

 検査予約時間を30分早く勘違いしていたという失態は、無意識に急いでしまう師走ならではと申せましょう。


 まだ人気のないCT前の廊下に茫然と佇んだ、師走半ばは14日の事でございました。嗚呼!

補足
ちなみに早い到着が幸いして検査はほぼトップでしてもらえました。これだけはラッキー!(笑)
でもあまりに急かしたので母が電気毛布をつけっぱなしにしてしまったかもと検査後言い出して、診察までの間家にとんぼ返りしたのは、良かったのか良くなかったのか・・・(汗)

2011年12月 4日 (日)

優しいアイツ

 あれだけはやめておけと、皆が言った。

あれに近寄ったら絶対に痛い目に遭うと。アイツはとても危険なんだと。


 でも私は信じなかった。 

いつでもとても優しくて、一緒にいると私は素になれる。
こんな関係が悪い結果を生むはずがない。
こんなに優しくて、一緒だとこんなに楽なんだからと。


 私は愚かでした。

 ウエストゴムのスカートをきつく感じ始めた時には、手持ちのスカートはほぼ入らなくなっているこの現実!
しかもわずかな期間で、あまりにもさりげなく。

 ついてしまったお腹周りのこのお肉を、一体どうすればいいというの。

 コイツは悪魔だ(号泣)

2011年11月30日 (水)

暗闇に光を

 それは丁度一週間前、勤労感謝の休日が明けた、その未明のこと。

 私は突然の物音で目を覚ましたのでありました。その音とは多分風の音。昨夜から降り始めた雨に風が加わったのか、ごうごうともの凄い音がしていたのです。
私はその日、車を点検に出すことになっていて、ついでにタイヤ交換ということで、車にタイヤを積み込まなければならないのです。なのにこの雨と風。昨日のうちにタイヤを積んでおくべきだったとほぞを噛みつつ、再び眠りに落ちんとしたその瞬間、天井に一条の光が輝き渡っている事に気がついたのです。

 「もう朝?」と驚き目を見開くと、辺りは漆黒の暗闇。さっきの光は夢だったのだろうかと、いぶかりながらまた目を閉じようとしたその時一陣の風。その直後、カーテンレールの隙間から天井に目も眩むような光の帯出現!

 これは一体何の光?と悩んだのはほんの一瞬のこと。即座に先日設置したガーデンソーラーライトの光だと思い至ったのでありました。
このライト、普段は小さく灯るだけですが、人が通るとパッと強力に照らしてくれるのです。

 という事は、庭で人が動いてる!

思わず悲鳴をあげそうになったのですが、この光、風が吹く度に見えるのです。ということは、庭木が風で揺れて(位置から考えるとブルーベリーだ)、それに反応して光っているに違いないのです。

ほっと安心して寝ようとしたその瞬間、とんでもない事を思い出したのです。このライト、先代はどうした理由かあっというまに故障して、やっと取り替えて貰った2代目なのです。一晩嵐で灯り続けたらまたまた壊れてしまうかも。

 私の不安に何処吹く風は一層猛り狂い、カーテンの向こうがひっきりなしにまばゆく光る。

 眠いのに音と光と、ライトが壊れるかもという恐怖で眠れない。
どうしても元を止めなければと茶の間の窓を開けてみれば、嵐の中にご近所猫シロちゃん(仮名) を発見。植物ではなく原因はこの子であったかと、安堵して寝返りをうつと布団の上に猫の重み。
シロちゃんを泥足のまま入れてしまったのかと飛び起きれば、部屋は暗く猫もいない。元を絶ったと思ったのは夢の出来事で、外ではまだまだライトが閃光中。


 ゴォォーーー! ピカッ! ひぃぃぃぃぃ(悲鳴)

 ビューーーー! ギラッ! いやぁぁぁぁぁぁ(もっと悲鳴)


 そして夜の嵐が嘘の様に治まった朝の住宅街で、消耗しきった目にクマおばさんが一匹、そこだけ闇夜オーラを放ちながら、ずるずると車にタイヤを積み込んでおりました。庭のライトは昨日の騒ぎなど無かった様に、静かに消灯しておりました。明るいところでは消えるのよね、君・・・。

 あ、あんまりだ(T_T)

謹んで追記
センサー作動の原因は、ブルーベリーの隣に置いておいた、菊の鉢植えであったと思われます。
ひょろっと伸びたのに支柱をする手間を惜しんだら、嵐で大揺れしたみたい(涙)

2011年11月 5日 (土)

お芋のおもひで

 それは今から十年以上前、高知県窪川町での出来事でした。

 お昼の時刻もかなり過ぎたある秋の日、私の前にはさつまいもの天ぷら半分が鎮座していたのでした。

それは2㎝程のどっしりとした厚みがあり、切られた断面はしっかりとした濃い黄色。しっとり甘やかな水分を保証するかのように、身は微かな透明感を持っていたのでした。
もう見るからに美味しそうで美味しそうで。私こんなにそそるお芋の天ぷらをみたのは初めて。しかもこれは私のお膳。私のお昼。ああ、なんて幸せな・・・。

 と、思った瞬間現実に引き戻されたワタクシ。
場所は四国37番札所の岩本寺。
私はなんとお遍路さん。
そしてここ37番と38番金剛福時は四国の中で一番距離があるお寺。その距離なんと90キロ以上(当時です)。
当時私は体調不良なのに無理したためか道中ずっと酷い乗り物酔いに悩まされ、更に慣れない秋の蒸し暑さのせいか高知県に入ってから二晩ともろくに眠れなかったのです。そんな身でこれから2時間余り、バスにゆられて39番経由で足摺岬の突端にある38番まで、天ぷら一皿食してたどり着けるというのでしょうか。
 
 何故に一皿か?
お寺さんで出された天ぷらをお芋だけ食べて、あと全部残してお遍路的に許されるのかどうか、頭が朦朧としていてもう判らなくなっていたのです。
今思えば、箸をつけずとも残飯になっていたとは思うのですが、あの時はそれに思い至らず、お芋を食べるなら天ぷら全部、食べないなら一口も食べないという究極の選択となってしまったのです。
泣く泣く私はお芋を諦めました。この距離で天ぷらは無理。

 その判断は多分正しかったと思います。
その日の夕方、海に向かってそびえ立つ、38番金剛福寺の門前に立った私は、背後の海でもくずとなって漂っているのと選ぶところのない精気のない状態でした。ふらふらと境内に足を踏み入れて数歩、薄くなった影が漸く人並みの色に戻った気がしてほっとしたのでした。人間の命とは、なんと細い糸のように頼りないものだろう。生きているということは、なんと稀なことだろう。

その後、生きていれば、またお遍路さんになれて、あんなお芋の天ぷらを頂ける日も来るだろうと私は自分に言い聞かせました。夢もかなって、私はその後も更に2回、お四国を回ることが出来ました。

 でもあれ以来、どれだけ期待しても、どれだけ念じても、私は高知県内はおろか、四国でさつまいもの天ぷらに、ただの一度も遭遇することは出来なかったのです。

 今苦労を重ねたお遍路で、思い出すのはあの時の天ぷら。天ぷら天ぷら、もう天ぷらの煩悩だけ!土佐のあの道は、私の煩悩が漂っているに違いない・・・・

 どうしてこうなった(号泣)

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