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2006年8月の9件の記事

2006年8月28日 (月)

「これって編集者の力量不足ってことではないでしょうか。」閑居堂さんへのコメント

 拙記事「これって編集者の力量不足ってことではないでしょうか。」につけて頂いた閑居堂さんのコメントへの返コメントです。
 長くなってしまったのでやむなく記事にさせて頂きました。


閑居堂様

 閑居堂さんは「子猫殺し」での坂東さんの主張を、飼育する「人間の責任として糾弾を浴びようとも『子猫殺し』を選んだ」とお読みになられたのですね。

 私はこの文章で坂東さんが綴っているのは糾弾を受ける覚悟ではなく、避妊手術をしている飼い主への糾弾の様に感じてしまいました。

枚挙に暇が無いのですが長くなるので一箇所例を挙げますと、

獣の雌にとっての「生」とは、盛りのついた時にセックスして、子供を産むことではないか。 その本質的な生を、人間の都合で奪いとっていいものだろうか。

 この部分、子供を産む事を「生」とする定義は、人それぞれの考えなので良いのですが、何故「奪い取る」の主語が「私(坂東さん自身)」ではなくて「人間(普通に一般的な定義ですね)」なのか、という主張以前の素朴な疑問を持ちます。
 これでは避妊を選んだ飼い主一般に「対する」阪東さんの告発になってしまい、猫を愛玩動物として飼っている坂東さん自身の葛藤にはなっていません。
 主語を変えてみましょう。

 私は獣の雌にとっての「生」とは、盛りのついた時にセックスして、子供を産むことではないか、と考えた。 その本質的な生を、私の都合で奪いとっていいものだろうか。
 何故こう書かないのでしょう。

 このコラムを読んだとき、閑居堂さんがコメントに書かれた問題提起としてのコラムなのか、坂東眞砂子という人間の内に潜む毒を表現しようとしたコラムなのか、全く判断がつきませんでした。記事に書いた『天の邪鬼タマ』についても同じように思いました。

 話はそれますが、私は毒を書いた作品であっても否定するものではありません。ストリンドベリの「痴人の告白」は全編作者の思いこみのオンパレードですが、この作品の中で作者は自分自身を唯の一度も分別のある中庸を好む人間として「描かなかった事」で、作中での主人公(作者自身ですが)の偏執が際だち、文学としての価値を持つことが出来たと思います。

 坂東さんの二つのコラムは理論が飛躍しすぎるのもそうですが、文章の軸足がはっきりしていないのが一番の問題だと思います。
 問題提起として書くつもりならばそのように、毒を書くつもりならばそういう風に書いた方が良かったと思います。
何故ならばこの二つのコラムはどっちつかずに書いてしまったため、安易な行動をする主語がいつも作者ではなくて我々読者という、独りよがりの自己肯定と読めてしまうからです。
今世間で坂東さんに対する反発が起こっている理由も、彼女のした「猫殺し」からではなく上の理由からの方が多いのではないでしょうか。
私が記事の題にあるように編集者の責任を持ちだした訳はここにあります。

 また閑居堂さんの

「ソレは食用になる動物でしょ!今考えているのは愛玩動物のことデショ!」と言いたく なるところだと思うのですが・・・
    という一節で説明させて頂くと、  可愛い子豚を屠殺しつつ、ソーセージを愛玩動物に買い与えている自分の利己的さ加減、またそのご都合主義が判っているのに、それがもたらす楽しい(愛玩動物と言うことで)生活を欲し続ける自分という存在を日々認識せざるを得ない、という状況は動物を飼ったことのある人間ならば一度は陥るディレンマでしょう。  私自身の話としては田舎なので養豚場が多く、子豚を乗せた「処理施設」へ向かうトラックをよく見かけます。 でも私に出来ることは目を逸らさない事だけです。

だから

その痛みを共有する覚悟をもってソウする。
(閑居堂さん)

事を自分の体験をもって書くことが、

もちろん、それに伴う殺しの痛み、悲しみも引き受けてのことである。
(「子猫殺し」の結び)

 を何よりも力強く訴える方法であり、それを本気で訴える気持ちが作者にあったのならば、そう言う文章を求める事こそが編集者の仕事なのではないでしょうか。これが私の書いたビシバシの中身です。最初からこう書ければよかったのに。わかりにくくて本当に申し訳ありませんでした。

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2006年8月27日 (日)

これって編集者の力量不足ってことではないでしょうか。

 読んだことのない作家の悪口を言うのも何ですが、はい、日経新聞「プロムナード」に掲載された坂東眞砂子氏のコラムの話です。

 「子猫殺し」についてはもうなにをか況やなんですが、その前に掲載された「天の邪鬼タマ」も読んでみたら「子猫殺し」と同じ位レベルが低いのね。

 この記事は「天の邪鬼タマ」について書いたものです。「子猫殺し」については別記事にアップしました。


 この人雄のクマと雌のミツ、そしてその娘のタマという3匹のジャーマンシェパードを飼っているのだけど、クマとミツには与えられている犬小屋が何故かタマには無くて、またタマはコラムのなかでは過去二回の出産で一度目は母犬に子犬をとられ、二度目は作者に始末されたらしく、その二度目の出産の後

朝の散歩の後、ミツとクマは自分のねぐらに入るのだが、出産後のミツは自分の仔を置いている逆さにしたボートの下にもぐりこんだ。 するとタマが、ミツの犬小屋に入りこんで、ちょこんとおさまった。 こんなことは初めてだ。 それから毎日のように、この調子だ。しばらくすると出てくるのだが、タマがいないなと思うと、ミツの犬小屋を占領している。

 というタマの行動を、続けて

タマはミツになりたいのだ。ミツならば、子供がいなくなることもない。 立派な犬小屋だってある。 犬なりにそれを悟ったのだろう。 タマは単純に、ミツの小屋にいれば、ミツになれると考えたのだろう。

と、唐突にこれをタマの変身願望と結論付け、加えてなりすましの昔話「天の邪鬼と瓜子姫」の話を引き合いに出しているのね。

そして畳みかけるように

誰かの場所に納まることは、人間にとっても身近な行為である。 最も手っ取り早いのは、ファッションだ。 憧れのスターが身に着けてるというだけで、そのブランド品が売れるのも、ここに源泉がある。 ファッションだけでは満足できないと、その地位を分捕ることになる。

 とか、

会社や政界における地位争いから、妻の座を奪おうとする愛人の行為にまで、この天の邪鬼心理が市民権を得ている社会ではないだろうか。

 なんて繰り返しつつ話を広げ、最後は

「右にならえ」のファッションの傾向、「後釜に座る」習慣、モノマネ大会やカラオケの流行など、この会社は、天の邪鬼心理に流されやすい。 これを人は文化と呼ぶが、実は犬並みの本能からくる習性に過ぎないのではないか。

 と話を文化に結びつけて締めくくってしまう。

 異形の体現としての天の邪鬼と人間である姫の違い、姫とアウトサイダーというヒエラルキーは考えもしないらしくって。おまけに犬の本能と書いてるのに示された例はタマの行動だけだし、その行動だって作者のいうような、能力も無いのにミツの座を焦がれ狙ったものではなくて、単に一方には犬小屋を与え、もう一方は放し飼いの宿無しにしている飼い主に対する犬の意思表示にしか私にはみえないのね。
能力のある犬は自分で犬小屋を作れるというのが一般的に受け入れられている理屈だと、作者は思ってるのかな・・・・(汗) 

 この原稿を、届いたからと言って右から左へ掲載したとしたら編集者は何のために存在しているのかしらん。
 思い返せば新聞のコラムってこの手のトンデモ文がよくあって、別の新聞だけど、インタビューに来た女性記者が夕方明かりをつけて欲しいと頼んだ事をもって「夕暮れの美しい光りを愛でる自分(男性)と、その美しさにさえ気付けない記者(女性一般)」を論じてしまって、話は出来てもメモは書けない明るさはあるぞ、と当時小学生だった私にさえ突っ込まれたコラムもあった位だから、総じてレベルは低いのかも。
 原稿料も高くなくて、だから編集者も上がってきた原稿に文句は付けられないのかも知れないけど、そんなコラムならいっそ止めちゃってそのスペースを記事に回した方が良いと思う。

 載せるなら持ってきた原稿をビシバシ書き直させて、少なくとも理屈として成り立つレベルにして欲しいわ。文句を言ったら誰も原稿書いてくれないからそのまま載せちゃう、ではなくて、ビシバシやられても書いたものを載せたいと書き手に思わせるレベルを追求するのが本当ではないでしょうか。少なくともこんな駄文をお金払っている購読者に提供しちゃまずいと思うんですけど。

 なんかあまりにもひどくて、思わずこんな記事をアップしてしまいました。日曜日なのに。


追記です。
 何を血迷ったか作者の名字を間違えてしまいました。お詫びして訂正します。
また、このコラムが全文掲載されているサイトを見つけました。タイトルはすごいですけど。「鬼畜子猫殺し坂東眞砂子」wiki

2006年8月26日 (土)

願う幸せは・・・

 セールだったのでアクセサリー売場を覗いてみました。

 四つ葉のクローバーのペンダント。

 ポップには「あなたに幸運を運びます」

 これから私が起こってうれしいと思う出来事はなんだろ?と色々考えて浮かんだのは・・・


 年を取ったとき老人ホームに順番待ちしないで入居できる!

 どうしてこんな考えが・・・(T.T)

 というか、これ、四つ葉のクローバーの守備範囲なんでしょうか・・・

2006年8月25日 (金)

105円でカフェ気分

 立て続けに手持ちのマグカップを割ってしまい、新品購入を決意。いそいそと100円ショップ(正確には105円なんですが)へ行って可愛いカップを見つけたのでありました。

 ころんとした形と可愛いけれどうるさくないシンプルな模様。こんなカップにカプチーノをなみなみ注いだらさぞや美味しかろうと即決、購入の運びとなりました。

空のカップ画像
椅子の背が汚いのは勘弁してください。去年からお掃除大々的にさぼっていまして(汗)。

 でも家に帰って洗い始めてから気がつきました。このカップ妙に重いのね。おまけに丸っこくって洗っている時持ちにくい。案の定使う前につるっと滑って流しに落としてしまって。
 このカップ、何も入れない状態で既に十分重いのです。しかも追い打ちをかけるように350ccは楽に入る大容量。なみなみ注いだら相当重そう(汗)。

 やってみました。なみなみカプチーノ。表面に見える茶色はシナモンではなくてコーヒーです。いつもカップに牛乳入れてレンジでチン。それを100円マドラーを錐を持つように持って回転させてフォームドミルクを作っているので、どうしてもエスプレッソでマキアートしてしまうのです。エスプレッソマキアートとはかなり違うのね(大汗)。

カプチーノ入りカップ画像

 うむ、美味しそうではあるのです。でも、やっぱり重かった。500gダンベルよりは確実に重そう。コーヒータイムを利用しながら筋トレ・・・かなり嫌(涙)。

2006年8月21日 (月)

いんでぃあんな海賊

 このところの猛暑を乗り切るべく、本日お昼に「カレーヴァイキング」へ行って参りました。

 まず、フリスビー位の、どっしり大きいお皿を各自取りまして、そこへおもむろにご飯を盛りつけるのです。
 それからカレーが並ぶエリアへ入り、タイ風、インド風(タイ料理店なのだからタイトル、厳密にはインディアンは間違いですね)レッドにグリーンにイエロー、色も素材も色々な中から好みのものを好きなだけぶっかけてしまうのです。お皿にご飯と山盛りカレー。ずっしりとした重量感、堪りませんわ。

 最初はタイ風レッドカレーとインド風パイナップルカレーを食べました。
パイナップルカレーは淡いオレンジ色で青いパパイヤ(だと思うんですが)の千切りとかぼちゃ入り。甘酸っぱ辛くてくせになるお味。レッドカレーはお野菜たっぷりで、なんと大根(多分)入り。どちらもサラサラ系で固めのご飯に染み込むと一層美味。
 盛りつけコーナーが渋滞していておかわりを待つ間、カレーの余韻で残ったご飯を十分美味しく食べてしまえるおいしさ。

 人の切れ目を狙って二回目。今度は田舎カレーとお野菜カレー、チキンのカレーもチョイス。田舎カレー、お豆や野菜がどっさり(正体不明の根菜もあり)ですっきりぴりっと系のルーも絶品。これ今回一番美味しかったのではないでしょうか。

 ここら辺でお腹はかなり苦しかったんですが、もう食欲中枢にスイッチ入りっぱなしで三回目のおかわり。今度はゆっくり味わいたくてチキンカレーのみ。
 大皿の真ん中に優雅に横たわり、フォークでちょっとつつけばするりとお肉が外れる骨付きチキン。憧れの本場スタイルに感激しつつ(これで胸が一杯になったりなどは勿論しない)チキンを解体。カレーと一緒にいざ口へ!

 おいし~!しかし激辛!

 マイルドな見かけに騙されて結構山盛りに・・・・。ヴァイキングで残しちゃまずい。しかもこの辺りから最初に食べたご飯やカレーがお腹のなかで膨張を始めたらしくお腹が苦しい。
 一口食べては天井に火を噴き、二口に一度はお腹をさすりという予想だにしていなかった展開に。
 でもちゃんと完食致しましたよ。勿論鼻もかんだし咽せたし涙も出ましたが、ちゃんと綺麗にいただきました。

 で食べ終わった直後に思ったこと。「今度は田舎カレーにしよう」

 その位美味しかったんですってば。
  
 おまけに午後中お腹がぽかぽか。なにせあれだけ火を噴いたんだから代謝が良くなってすっきり痩せたに違いない(喜)。

 報告。 無理でした。あれだけ食べて痩せようなんて・・・(笑)

2006年8月20日 (日)

83年ホロヴィッツ来日の映像

 83年ホロヴィッツの来日公演、NHKTV放送がYouTubeにアップされました。やっぱり持っている人がいたんですね。嬉しい限りです。
 そのウェブページへ行くにははここをクリックして下さい。これで表示されないときは Horowitz in Japan 1983  でYou Tube内検索してみて下さい。
追記です。映像をアップして下さったopus3863様から分割なしでアップされた場所をご連絡頂きました。Stage6(divXが必要です)のこのリンクです。
 opus3863様提供による映像一覧はこのリンクです。
(追記が遅れて申し訳ありません。変身メールを出したのですがエラーが出たみたいで、届いてなかったらどうしよう・・・(^_^;))

 ノイズが入っていて手持ちのラジオ放送のエアチェックに比べるとかなり音質は良くないのですがテープを傷める心配なしでゆっくり聴くと思わぬ発見がいくつかありました。
ちなみに私のこのコンサートに対する生で聴いた感想というかスタンスはこの記事に書いてあります。

 出来れば目をつぶって聴いてみてください。手がおぼつかないように思えて判断ミスをするからです。私このコンサートどうしてあんなに不評だったのか謎だったんですが、映像を見て判りました。見ながら聴くと解釈として弾いたものが年を取ったための失敗の様に見えてしまうようです。

 全く蛇足な私の感想です。

 最初のベートーヴェンのピアノソナタ。
 われ鐘みたいな音、なんてとんでもないこと書いてしまって済みません。私のラジオエアチェックテープは最初にハウリングが入ってるんですが 出だし、良いです。

 一楽章の96章目、フォルテシモを無視してます。映像を見ながら聴くと強い音が出せず哀れ、と見えますが楽譜を見ながら聴くとどうもこれはこういう解釈だと思えますが。
ジュリーニとモーツァルトの協奏曲録音でのメイキングビデオでもホロヴィッツは「モーツァルトでも間違えることはある。ここは本当はこうすべきだ」と言うような事を言っていて、ここはPで弾くと判断したみたい。そのほうが私もいいような・・・

 謝肉祭
 中盤大コケしてますね(笑)。
 でも暗さと孤独が漂うアルルカン、かねがねどうしてこの曲はこう暗いのと疑問に思ってたキアリーナ(クララのイタリア語読み)が深い陰影があって良いです。
 謝肉祭は大体において元気良くというか若いシューマンの覇気みたいなものを前面に押し出す演奏が多いと(私の聴いた限りでは)思うんですが、ホロヴィッツのこの夜の演奏は恋や人生への野望に燃える青年を只ストレートに表すだけでなく、人生の辛さ、命のはかなさを教え諭すような演奏だったと今は思います。
 「そうは言っても人生なんて思い描いた様に行くもんじゃないよ、お若いの」みたいな。
当時はこの人生に対する無常観みたいなものが判らなかったんですね、残念です。今判ると言うことは私も年を取ったということでしょうか(笑)。
 

 練習曲作品10-8
 これは最初指が廻ってないのは、テープで聴くとよく判るんですが下に響く音色を狙って失敗したみたいです。今度もう一度同じ主題を弾くときは諦めたのか咄嗟の判断かいつもの華やか系の音色でこれは大してこけてません。

同25-10
 30年代のゴシックって感じなのが不満です。私としてはベラ・シキベラ・ルゴシ(間違えました。記事の末尾に訂正文を書きました。)でも出てきそうな演奏よりこのコンサートを通して示されていた地味な味わいで弾いて欲しかったです。

 同じく25-7
  これこの音質画質でもこれだけに聞こえるでしょ。CDにして欲しいと思う位素晴らしかった。
 
 英雄ポロネーズ
 誰が弾いたのか忘れてしまったんですが一度、舞曲なんだから優雅に弾く、と言い放ってちょっと悲しい結果になったこの英雄ポロネーズを前に聴いたことがあるんです。
 ホロヴィッツのこの晩の演奏は出だしの主題はまさしく舞曲の優雅さです。あの晩聴いていた時、もう一度同じ主題が今度はバリバリ弾かれるだろうと予想しながら「来るぞ来るぞ」と待ちかまえていて、本当にその通り音が炸裂すると、がっかりどころか狂喜乱舞しました。
 こういう観客を魅了するやり方、実に巧みです。

 テープ音源聴き直して思ったのは、中盤馬車の音(馬の蹄?)、普通は文字通り英雄的に力強く弾くのですが、ホロヴィッツはこの左の和音、不思議な音色出してきましたね。大きくなくそっと、それが死の足音のような英雄の孤独を表すような。破竹の勢いで進軍するだけの英雄ではない、それでもやっぱり死すべき運命の人間としての英雄。私はこちらの解釈も好きです。映像だとちょっと老いぼれたようにみえてしまいますが(汗)。

 ホロヴィッツのよぼよぼしたコンサート映像、この後結構出たので年を取ったピアニスト映像に慣れて違和感が少なくなったのでしょうか。良いというコメントが思ったより多かったです。否定的なコメントはミスタッチを指摘して曲全体を聴いてないような気がしますし。やっぱり見た目に引きずられるのかな。

 余談ながら、23年前TV放送の後「音楽の友」か「レコード芸術」か忘れましたが「自分が酔って弾いたのとなんら違いがない」という読者からの投書があったんです。今なら言える、酔ってこれだけ弾けたらホロヴィッツの匹敵してますよね。皮肉ではなくてその人の演奏聴いてみたいわ。だって私凄く下手なんですよ、ピアノ。上手に弾ける人が羨ましいのです(笑)。

 追記2
ポゴレリチの23年前の来日コンサートもYouTubeにアップされてました。その記事はこのリンクです。

 訂正文
ベラ・シキファンの皆様、ベラ・ルゴシと混同しまして本当に申し訳ございません。
ベラ・シキ氏は23年ハンガリー生まれのピアニストです。ディヌ・リパッティの弟子です。
ベートーヴェンのソナタをラジオで聴いたことがあります。結構端正だった記憶が・・・・(記憶です(^_^;))

 でもってベラ・ルゴシ
同じくハンガリー人のハリウッド俳優。ドラキュラ役で名を馳せたのであります。私の中ではおどろおどろなゴシックホラーというとこの名前が出てきてしまうのです。(Wikipediaの説明

 ほんとに、どうしてこの二人を混同するの・・・(号泣)間違えるなら何故ベラ・バルトークと間違えない。


 関連記事
演奏編(近くにポゴレリチ) (リンク) 

演奏編2 (リンク)

後知恵編 (リンク)

ポゴレリチ追跡編 (リンク

コンサート映像 (リンク

2006年8月13日 (日)

原っぱへ行って来た

 最近万事に煮詰まり気味で、この状況を一言で表すならば「摩滅している」だったので、回復不能にすり減る前に何とかせねばと考えて、夕方原っぱに行って来ました。

広々原っぱの図←こんな場所に行ったのです。

 芝生に腰を下ろし、青い空を見上げてゆっくりしようと思っていたのに、ついたとたんに写真撮りまくり。実は六月に行ったとき携帯を接写モードにしたまま撮影してしまって。日差しが強すぎて画面ではっきりと確認できなかったんです。なんかぼけてるみたいなんだけど、光線の加減?なんて思いつつ、帰ってからよく見たらおおボケという・・・。

ピンぼけ原っぱの図←こんな風に写ってしまったのです。綺麗な花壇が・・・(泣)

 写真に気を取られて芝生に寝ている人に気付かず思いっきり接近したりしつつ(笑)、ひたすら徘徊し、撮影が終わったとたん一挙に脱力しまして駐車場へ回れ右。
それでもせっかく来たんだからと芝生の真ん中(たまたまそこを歩いていた)で深呼吸を3回するつもりが1.5回で妥協して撤収となりました。何しに来たのよ、私。

 動いたせいか、車に乗ったら突然空腹。この辺りは周りは全部果樹園で、直売所もあるので帰り道はお買い物と決定。美味しい桃とトマトを買い込もう!と思ったのに、スイカしか残ってないの。他はみんな売り切れちゃったんだって。ししとうは売れ残ってるんですけどねえ。

 失意のうちに家路に着く私。時間もおしているので近道をしたところ、どうも近道のそばの道を通ってしまったみたいで。近道は見えるんですよ、田圃越しに。でも私のいる道は無慈悲に反対側へ曲がってしまうんです。何故?
 西に行かなきゃいけないのに散々背中に夕日を浴びて、それでも何とか無事帰ることが出来ました。が、余計な時間をとられたので帰ってからが忙しかった(笑)。 

 さて、夕食の片づけも済み、さすがに疲れて、頭痛も始まったので早く寝ようとしたところ、年に一度の村(合併がまだ板についてないのです)の花火大会勃発!寝ようか見ようか迷った挙げ句、やっと起きあがって観ることに。(実は音がうるさくて寝てられなかっただけですが)。
 パジャマで外に出たら、煙が消えるまでのインターバルに突入。ご近所が窓越しに花火見物してるのでそそくさと家に戻れば家族は既に二階の特等席で花火を堪能中。家で見えるの忘れてました。
 
 なんとか花火を見終わって、ようやく寝ようと電気を消せば、間髪入れず蚊の羽音が・・・。
 頑張ってやっつけようとしたんですけど、結局寝たのは11時過ぎでした。朝起きたら山ほど蚊に刺されてるし(涙)

 結局、私気分転換出来たんでしょうか・・・。

2006年8月 5日 (土)

ぽんず暴挙に出る

  皆たんこんばんは、ぴよたんでち。

 ぽちぴよのお家からぽんずおばたんに電波誘拐されて、ここでみなたんにお話させられてるでち。横でおばたんが「煮詰まったブロガーは何をするかわからない」って言ってて怖いでち~。

 今日おばたん、とっても暑かったんでスーパーへアイス買いに行ったでち。ついでに半額のお菓子や特売のインスタントコーヒーをゲットして「割引の女王とお呼び」なんて言ってたでちけどお刺身はたった2割引だったでち。まだまだ詰めがあまいでちね。
 おまけに他のお店より38円も高いアイスをうっかり買うところだったんでちよ。おばたん、あたまの不自由な人なんでちか?

 お買い物して戦利品とともに車でおばたんちまでゴォー。途中の信号は全部赤、しゃだんきってものにも通せんぼされておばたん切れまくってたでち。だってアイス買ったのにドライアイス貰い忘れて帰っちゃったでちよ。その上安いからって買ったUV腕ガード、ゴムがおばたんの腕に食い込んで痛いんでちって。おばたんは安物はこれだからって怒ってるけど単に腕が太いだけでち。ほんと見苦しかったでち♪

 やっとお家に帰ったら無いはずのアイス、まだあったんでちよ。ぷぷぷっ、ぴよたんをかどわかした罰があたったでちね。この隙にぴよたんお家に逃げかえるでち。他のみんなも気をつけるでちよ~~~♪

 って、ねーさんごめんよ!こんな事してほんとに罰があたりそうだわ。ゆるしておくれ~!!! ばきっ!(←天罰の当たった音)


この投稿は「ぽちぴよのお家」在住ぴよこたんの真っ赤な偽物が書きました。       

2006年8月 2日 (水)

スパム的スパムの食し方

いつも遊びに行ってるITA3のブログで何回か笑えるスパムネタが登場してまして、その最新が「スパムを食う」だったので正統派?スパム的スパムの食し方を調べてみました。
 
 遅れてるのかも、ですが、google画像にて、スパム命名の立て役者、モンティパイソン「フライングサーカス」(日本語字幕付きです)を初めて映像で確認。笑ったついでにWikipediaで番組内容の詳細情報をゲットしました。

 その詳細情報の中にメニューがあって

Spam, egg, spam, spam, bacon and spam
(スパム、卵、スパム、スパム、ベーコン、スパム)
とか、
Spam, spam, spam, spam, spam, spam, baked beans, spam, spam, spam and spam
(スパム、スパム、スパム、スパム、スパム、 ベイクドビーンズ、スパム、スパム、スパム、スパム)
とか^_^;
 どんな料理か思わず調べてしまった
Lobster thermidor aux crevettes with a Mornay sauce served in the Provençale manner with shallots and aubergines, garnished with truffle paté, brandy and with a fried egg on top and spam
(ロブスターのテルミドール小エビ風、エシャロットとなす入りモルネーソースのプロバンススタイル添えにトリュフと目玉焼き、スパムのせ)・・・小エビ風って・・・(^_^;)
等々。

 ちなみにWikipediakの説明に、英国では第二次世界大戦勃発から戦後数年間まで食料の配給制度がしかれ、スパムは数少ない配給指定外のお肉だったため実は英国人はこの缶詰にほとほと飽きがきていたとか、
 数年後、どっと押し寄せた迷惑メールが、市場関係者の言葉などかき消して、このスケッチ(寸劇)のいらないのにしつこいというニュアンスから「スパム」と命名されてしまったとか、
 スパム缶詰メーカーのThe Hormel は本音はどうあれエリックアイドル(ウエイトレス役)のブロードウェイでのミュージカル”Spamalot”プルミエに特別スパム缶(ひょっとしたら特売缶かもです)を発売したり、ミネソタ州オースティンにある「スパムミュージアム」でこのスケッチを地元の役者さんで毎日上演しているなどなど、トリビアな事柄が書かれています。

 私としてはスパムは普通に食べたいし、ロブスターのテルミドールベイクドビーンズに心引かれてしまったのでした。殆どクッキングネタだったりして(笑)。
 最後になりましたが訳が大違いだったらごめんなさいです(汗)。

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