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2006年10月の12件の記事

2006年10月31日 (火)

きっと最後の糸が切れてしまったんだろうな

 23日に自殺した女子中学生の事を考えたら、ふとそう思ったんですよ。学校や親などにいじめを受けていると話して、それからじきに自ら命を絶ってしまう場合が割とあるような気がするもので。

 いじめを受けている子供は何故か親に相談しないらしくて、それを相談するのはよくよく追いつめられてからなんだそうです。だからこの中学生の親御さんがいじめについて学校に相談して、その後、比較的短い時間で彼女が死んでしまったという記事を読んだとき、希望の糸が切れた絶望は、とてつもなく深かったんだろうな、と思ってしまったのでした。よくよく追いつめられてからやっと相談するという事を、相談された学校側は思いもかけなかったんでしょうけどね。

 その絶望的な気持ちは私でも少しは推察出来るんですが、それでもやっぱりこの女の子には死んで欲しくなかった、と心底思いました。あの校長先生の記者会見を見ると一層そう思ってしまうんです。あの校長先生、記者会見で完全に逃げを打っているでしょう。

 文科省の発表ではいじめによる自殺はないことになっているのに、その自殺者が自分のところから出たとなったら校長始め県教委の偉い人々の、長年たゆまぬ努力の結果であるキャリアがパーでしょう。
死んだ生徒には気の毒だけれど生きている人たちのこれからにも我々は責任がある、という論法なんでしょうね。でも生きている人々=自分たちという事実を忘れてませんか、とも思うんです。

 それで他の事件ならば「なかった事」には出来ないのに、どうしていじめによる自殺はなかったことにしようと考えてしまうのかと言えば、校長先生達の心の中に、口には出さないけれど「いじめはされる方にも問題がある」という考えがあるからなんでしょうね。
ほんのからかいを本人は真に受けた、あるいはいじめごときに屈したとか。
「いじめをはねのけろ」という意見も社会一般にはあるので私たちも同罪とは言えますけど。

 でもされる方にも問題って、どんな問題なんでしょう。
人生経験たった十数年の子供に人格の完璧さを求める事が果たして妥当な事とは私には思えないんですよ。ひょっとして、いじめられた子よりいじめた仔の方が立派とでも思ってる?
いじめをはねのけろなんて言われても、はねのけられるいじめならいじめとは言わないのではないでしょうか。
人間何のためにいじめるかと言えば、自分の中にため込んだ鬱憤をはらすはけ口としていじめる訳でしょう。それならばいじめた相手が飄々としていては気分がすっきりしないわけで、一人でいじめて効き目がなかったら仲間を連れて多勢に無勢でいじめる。二度や三度で相手がへこたれなかったら、効き目が出るまで何百回でも繰り返す。これがいじめの定義ではないでしょうか。

 「こんなこともできないのか」と言われたことのない人間はいないし、一度や二度言われてくじける人間もいないでしょうが、朝から晩まで一挙手一投足についてこれを言われ続けてノーマルな精神状態を保てる人が、いえ十代前半の子供がそれほど大多数なのでしょうか。私には無理ですけど?

 「いじめをはねのけろ」と言っている人はこの校長先生の逃げ切り勝ちに意図せず手を貸しているような、そんな気さえ私にはしてしまうんです。もちろん自分でもちょっと大げさだとはおもいますけれどね。

 残った子供達の心配もしなくては、というのも言い逃れですよね。問題を抱えているのは死んだ女の子ではなくて、いじめていた子供たちの方です。いじめっ子が大人になると社会的な問題を抱えやす事が追跡調査で判ってから、アメリカではいじめっ子にカウンセリングを施すようになっているのではなかったのでしょうか。
でもなかったいじめでカウンセリングは出来ませんよね。どうするの、この子達。

 何より死者まで出して「何もなかった」で事を納める姿を、全校生徒に見せて良いのでしょうか。思いっきり命を軽く扱っているように見えますよ。

 と、ぐだぐた書いてしまいましたが、私としてはもう本当にこんな事で犠牲者を出して欲しくないのです。

 今いじめられている人がもし、まあ、そんな事はないだろうけれど。これを読んだら、すぐに親に相談して欲しい。親と一緒に学校へ相談にいって欲しい。
 まれに話にならない親もいるようだから、万が一運悪く親がそういうタイプだったら保健室の先生に相談して欲しい。
 保健室の先生も、学校の他の先生でもお話にならなかったら、「いのちの電話」へ電話するか、電話帳で「精神科医」を探してそこへ行って欲しい。(全国の「いのちの電話」紹介ページへのリンク
 とにかく生き延びて欲しいのよ。

私の年金がかかっているのだから(ばきっ!)

真面目な追記です

 東京弁護士会の「子供の人権110番」

 ℡03-3503-0110

 平日午後1時30分~8時  土曜日は午後1時から4時 無料

追記2

かばってくれる友達や、寄り添っていられる仲間がいることが一番大事なんだそうです。

 ↑ころこさんのコメントからの引用です。
そう、仲間は重要なのだ。誰かを助ける事だって出来るのよ。
ころこさんのコメントも是非読んで下さい。

2006年10月29日 (日)

お泣きなさいプロジェクト発進

 涙はココロの汗だ!という歌詞は実に良いところを突いているのです。
「患者が涙を流したら治ったということ」と香山リカ先生もおっしゃる位、泣くという行為はストレス解消にとても良いことなのだそうです。

 という事で「お泣きなさいプロジェクト」発進いたしました。

 日々の暮らしを振り返り、悲しいことを列挙し、もう一度深く味わう事で心の底から涙を流しましょう!というコンセプトの下、考えついた悲しみのタネを挙げてみました。


 1 ブログネタが浮かばない時は地獄の苦しみである。しかし思い浮かんだとたんに天にも昇る気持ちになり結局、泣けない。

 2 思い浮かんだブログネタを、記事に書こうとしたとたん忘れている自分がいる。あまりのショックで結局、泣けない。 

 3 アトピーで顔が大変な事になっている私、鏡を見ると薬を付けた所とつけ忘れた所が面白い模様になっていて、可笑しくって結局、泣けない。

 4 泣ける映画を観ようと「イルマーレ」を観るも、キアヌ・リーブスを見ていたら何故か自分の老後が心配になり、あれこれ考えているうちに映画が終わってしまって結局、泣けない。

 5 この夏激太りした私。これは十分泣ける状況なのだが、秋冬物が入らなくなって風邪を引いてしまって結局、泣けない。 

 6 列挙するのに「リストタグ」を使えないのは十分嘆かわしい事なのであるが、自分に甘い私はそんなことでは全く、泣けない。

 7 ここまで列挙しても泣けない私は、ひょっとしたら幸せ者なのかもしれないと思わず考えてしまって、満ち満ちる多幸感の中結局、泣けない。

お泣きなさいプロジェクト、参加者勝手に募集中。

2006年10月24日 (火)

誰かさんと誰かさんが桑畑

 先週繰り出した某公園近くでこんな光景を発見しました。

桑畑 なんと桑畑

 使われている桑畑を見たのなんて何十年ぶりです。
昔桑畑だったけれど、今は手入れもされずぼうぼうになっている場所は見ているのですが、ここまで手入れも行き届いた畑をみたのは、人生初めてかもしれません。


 何故このような場所に?と訝れば、隣が養蚕試験場だった、というだけの話なのです。

 こんなつやつやした葉を毎日食べているんですね、お蚕ちゃん達は。当然、無農薬なんでしょうね・・・?(農薬付きの葉を食べたら死にますよね)
無農薬だとアメリカシロヒトリが集まったりしないんでしょうか。アメシロも蚕も同じ蛾ではあるわけですが、片方は忌み嫌われもう一方は採れたて食材をお口までという待遇の違い。アメシロ悲しいだろうな。でも蚕だって青空が見えない一生で最後は釜ゆでだし。

 などと要らぬ想像をしてしまった秋の一日でした。
桑畑、ほんと減りましたね。桑畑専用の地図記号さえあるのに(笑)

記号←桑畑記号のつもり
  
 桑畑に驚いていましたが、ワタクシ、蚕のお世話をするというよいこのお手伝い体験を持ち合わせています。
蚕は成長して繭を作る段階になると体がうす黄緑色に透き通るのです。その透き通ったのを蚕棚から集めるのですが、集める以上に床に落ちた蚕を踏みつぶしていた幼い日の私でした。あれ、一匹いくらだったんでしょう・・・・^_^;

2006年10月20日 (金)

わたしたちが孤児だったころ カズオ・イシグロ

 1930年代、英国で最も著名な探偵の一人であるクリストファー・バンクスには、ずっとつきまとって離れない未解決の事件があった。少年だった彼が住んでいた上海での、彼の両親の不可解な失踪事件である。世界が戦争へと向かっている今こそ、幼少を過ごした上海へ戻り両親の事件を解決する時が遂に来たのだと、彼は気が付く。彼がベストを尽くすより他に、近づいてくる破滅から世界を救う道はない。

 ペーパーバックに載っていた概要(前半のみです)のいい加減な訳です。これだけ読んだら最後の部分、なんじゃ、こりゃ?と思うのですが、読んだ後これを再読すると含蓄の深さが身にしみます。
 
 手に取った私が迷わず買ってしまう位平易で判りやすい文章です。でも単語は変だったんですよ。literaryやformalの使用度が異様に高くて(というか、ほぼ全部に近いものが)、時代を表すのにわざと現実離れした語を使ったのかと訝った位です。

 実際に前半は出来事も浮世離れして主人公が語る世界は夢の様です。大英博物館の閲覧室の静けさ。全てが順風満帆のキャリア。子供時代の理想化された母の姿などなど。それらを少年時代、上海の回想も織り交ぜて描く、という全編回想手記形式。その手記が記された日付事の、7部構成になっています。この日付と7回に分かれているのもしっかり仕込みですね。

 もちろん伏線はばっちりです。
全てが静かで優雅で完成されている中で、何故セァラ・ヘミングズ嬢(もう一人の孤児です)だけが、グロテスクとも言える書き方をされるのか?
上海で隣に住んでいた日本人少年アキラとの事は、美しい靄にも優雅さにも包まれず、何故あったことの様に地に足の着いた(それでいて楽しげな)書き方をされるのか? 

 怪しみながら読みすすめていたのに、主人公が上海のナイトクラブで地元社交界から歓待されるグロテスクなシーンは爆弾物でした。ここで初めて作者は主人公の物の見方、つまり主人公が手記に何を書いて、何を「書かなかった」かを読者に示すのです(私はこの時点で頭がやぶけました)。
その後の展開は、主人公の見方を意識して読まされて(あるいはその正反対です。その読めば言わんとするところが・・・)、心の痛々しさががんがん伝わってきます。

 読み終わった後、手記に書かれている出来事を読者がどう受け止めるかの選択が読者に委ねられているのも(と、思うんですが)深かったです。
人間の複雑さを(敢えてトラウマの深さとは書きません。んなもん誰にでもあるし)、一人称独白形式の強みをフルに使って書いた、かなり好きなタイプの作品でした^_^;

 それから私個人にとって、文章が簡単だからという理由で原書の文学作品には手を出すな、という孫子に伝えたい教訓を残した一冊でした(号泣)。
 
 冒頭の概要はFaber and faber 社のペーパーバックより写しました。

2006年10月19日 (木)

他人(事)とは思えません

 とある一点以外、これほどかけ離れた状況もないと思いますが、ネットでネタを拾う事など滅多にないので、書いてしまいましょう。

ピカソ名画:「夢」破れる 持ち主が過ってひじ鉄

 ラスベガスのホテル王のスティーブ・ウィン氏(64)が、

1億3900万ドル(約165億円)で別の収集家に売却する予定だったピカソの名画「夢」に過ってひじ鉄を食らわせ、破いてしまった。

 そうです。

 ひじ鉄で破く、私だけの専売特許だと思っていたのに。
今までの人生、肘で突き破った品物は数知れず。とあるお宿では、部屋に入って3秒で障子に穴を開けた事が・・・。
それは、お参りに行った高野山の宿坊での事でした(勿論お寺様同行)。

 さて、一瞬私が乗り移ったかのような行動をしてしまったウィン氏、穴を開けた瞬間

「何てことをしてしまったのか。でも(破ったのが)私でよかった」
と、仰ったそうです。

 同感です。私でなくて本当によかった^_^;

2006年10月17日 (火)

不安を感じる時

 確かに色々しでかす人間ではありますが、

ズボンに袖を通そうとしたのは

今朝が初めてだと思います。・・・多分

2006年10月16日 (月)

リンクリストでトラックバック一覧

 にしています。
 もうちょっと詳しく書くと、サイドバーにある「最近のトラックバック」を外して代わりに、トラックバックされた記事の固定リンクを、「トラックバックされた記事一覧」としてリンクリストで表示にしているってだけなんですけど。

 去年の秋、ブログを始めたばかりの頃結構スパムが来てまして、サイドバーのトラックバック一覧を来訪者がうっかりクリックしたら迷惑かけてしまうと、ちょっと悩んでたんです。それにトラックバックってそもそも記事に関連した記事を繋ぐ機能ですからトラックバック元URLだけで、トラックバック先の記事URLが判らないのも不便だなと思っていたのです。(リンクした事を知らせる機能だなんて言ってる人今時いませんよね?)

 それでどうしたものかと考えている時、so-netblogの仕様が他のブログと違って「トラックバックされた記事の一覧を載せる」という方法を採っている事に気が付いたわけです。

 これは便利でしょ?

1最初にそのブログの記事に行けるのでどういう話題についてのTBかよく判る。古記事につけられたTBの場合特に有り難い。(私のブログじゃあり得ませんけど)

2TBされた記事の内容とTBした記事のタイトル、概要等でスパムかどうか察しが付く。これで訪問者がアダルト誘導へ行く危険も減るし、管理人が即刻削除できなくても気をもまずに済む。

3 2とも重なりますけど、概要などの判断材料をより多く訪問者に知らせる事が出来るので、受け付けるTBの範囲を広げる事が出来る。つまりちょっと外れていてもリンクとして残せておけると言うことです。同ネタではないけどお口直し記事とかかなり派生記事とか。

 というわけで、早速作ってサイドバーに載せてみました。しかし、手動はやっぱり面倒でした。というか思わぬ伏兵が。

 判っていた事ですが、ココログは管理画面では記事の固定リンクが判らないんですよ。なので別ウインドウなり別タブなりで確認しながらリンクをするのが、くどいですが判ってはいたけどやっぱり面倒です。

 おまけに自分でリンク作ると相手ブログの内容も吟味してしまうんですよね、何故か責任を感じて。
これが結構面倒で。おまけにうちより良いブログが多いの。もう凹むを通り越して「喧嘩売ってます?」な状態になってます^_^;

 と、泣きながら試行錯誤をしているのでありました。なんかもっと良い方法ないでしょうか。  

2006年10月15日 (日)

しつこくまたまた行ってみた

 秋空があんまり綺麗なので(それは二の次三の次でしたが)先週フェスティバルのあった公園へ、またぞろ出かけてみました。 
今回は事前にお菓子なども買い込んでしっかりピクニック気分です。そう目的は「芝生でおやつを食す!(ついでに読書)」

 しかし!今回も公園周辺は何やら異常な賑わい。
 近づけば「消費生活展」
前回のあまりに美味しかった記憶が甦り躊躇なく突進、入場と相成りました。

 公園内は前回同様様々なブース(テントかも)が立ち並び 、講堂はリサイクルや資源についての真面目な展示が沢山。
そして芝生にはピクニックに来た人が大勢・・・。皆様同じ事考えるんですね。でも広いのでにぎやかで却って楽しかったですよ。

 持ち込みアップルパイとコーヒーを平らげた後、腹ごなしに居並ぶテント(ブース?どっちだ)を冷やかしに行ったら、冷やかしでは済まなくなりました。 
特産品ブースが大量に出ていたのです。環境どうのこうのと書かれていたので油断していたんですよ。なのにその看板に隠れて、実は「きびおこわ」とか、ブドウとか、もう美味しそうな物がずらずらっと並んでいるんです。
なかなかお目にかかれないローカル限定美味しいものというフレーズが私の理性を飛ばし(前回の珍しい各国料理と同じ構造ですね)、ふと気が付けば生息地地元の産品にまで手を出そうとする始末。←美味しそうだったのよ。
先週に引き続き今週も思いっきり散財してしまいました。あそこは『鬼門』です。家から見て丑寅の方角ではないですが、リサーチなしでは危なくて近づけません。

 そしてこれまた先週に引き続き殆ど読書は致しませんでした。結局食べる物が一番なんでしょうね、私にとって。いや食べ物を土産に持って帰ると異様に喜ぶぽんず家一同にとって^_^;
 さてお茶でも飲むか・・・ 

2006年10月13日 (金)

出かけてみたらフェスティバル

 連休の話です。ちょっと家族に頼まれた用事で出かけ、近くだったのでついでに最近よく行く公園へ行ってみると「国際交流?フェスティバル」開催中でした。
恥ずかしながらこういう催しに来た経験があまりなく、勝手が判らず本気で途方に暮れました。詳細を知るべく受付と書いてあるブースに行くと、真ん前にTVの取材クルーが・・・。近づけない、各国ブースで売られているお料理は好きなものが買えるのか、を知りたいためだけにカメラの側には・・・行けないでしょう。

 漂う美味しい匂いの中、暫し無関心を装い、人気がなくなったのを見計らって置いてあったパンフレットをかっぱらい(ご自由にお持ち下さいと書いてはありましたが、急いでたので)、貪るように読むと入場は無料で好きなお料理を買って食べてオッケーらしい。心の中で万歳三唱。食べられると判ったとたんに余裕ができて、講堂での「パフォーマンス」を見学。市内のサークル有志の出演でこれも無料。フラダンスのおばさま方がきれいで上手でとっても格好良かったのです。フラダンスやってみようかな。

 出し物堪能の後はわざわざ後に残したお食事タイム。食べきれなかったらお土産にすれば良いと、あちらのブースこちらのブースと買いあさり、芝生のベンチでゆっくりランチとなりました。ブラジルブースで買ったお肉入り揚げパイと、ラグビー型の牛肉団子、キビみたいな穀物入りをかじらせていただきました。どちらも美味。出来立ての熱々を食べるため急いで食らいついたので画像はありません(大汗)。
 
 食後、公園内にある図書室で本を読み静かな午後を過ごすつもりが、韓国ブースで買ったキムチとチヂミの匂いが部屋中に充満してしまいやむなく撤収。図書館の人、気付くの遅れてごめんなさい。

 予想以上に食べた為再度お土産用お料理を買い足して、心豊かに家路に着いたのでありました。うー、満足。

 ただ一つの不満は、こういうブースだけの「交流」がいまいちものたりなくて、ワークショップを何故しない、と内心怪気炎を上げてたんですよ。しかし家に帰ってもう一度パンフレットみたら、「国際交流フェスティバル」ではなくて「国際文化フェスティバル」なんだそうで・・・。講堂ステージの横断幕にでかでか書いてあった筈なのに、どうして間違えたんでしょうかねえ^_^;。それでも何故芋煮なのかという疑問はまだ残っているのです。うむ、俄一言居士となったわたくし、今度はこれを追求してしまおうとパンフレットを再度よく見たら(見るより読んだ方がいいかも)『(特別企画 いちどやってみたかった本格的芋煮会)』とあって、そうかあ、やりたかったんだ、芋煮会。なんか判るわ、その気持ち、とあっさり納得して夜は更けたのでございます。めでたしめでたし。

 蛇足
 では済みませんでした。久々の好天に喜んで洗濯したり掃除機振り回したりしたら、筋肉痛で玉砕。痛みが引いたのがなんと昨日の事でした。連休中の抜けるような青空が恨めしかったのです。芋煮も来年もあるだろうと食べなかったし。「特別企画」じゃもう無理かも・・・(涙)

 芝生  こんな場所で食べたのです。

2006年10月 9日 (月)

今日のつぶやき

 「漁夫の利」「棚からぼた餅」「瓢箪から駒」

 ありそうで、我が人生には全くなかった上の格言

 「天網恢々疎にして漏らさず」←いつももれなくこればっかり^_^;

2006年10月 4日 (水)

レディ・イン・ザ・ウォーター

 観て来ました。

 様々な人種、職種、年代の人々が暮らすアパートで、中庭のプールで最近禁止されているにも関わらず夜に泳いでいる人がいるらしい、という情報がアパートの管理人に持ち込まれ、彼が夜プールを見張っているととある出来事が起こり、それはおとぎ話として代々語られていた古い東洋の伝説をそっくりなぞって展開していく、と言うストーリーです。
 
 おとぎ話を映画で扱うときはどうするかと言えば、現実の中に寓話としてさりげなく織り込むか、その逆に設定を未来や過去や、文字通りのおとぎ話にして現実の方をその中で示唆しようとするというのが一般的なやり方だと思いますが、シャマラン監督はこの映画で現在を生きてる登場人物を観客諸共おとぎ話の世界に行かせてしまうと言うちょっと禁じ手っぽいやり方を使っています。その禁じ手でもあり、ちょっと強引でもあるやり方を観客に不自然に見せない工夫は十分かどうかは別として実は結構されています。例えば登場人物をほぼ全員馬鹿馬鹿しく戯画的に描いておきながら、それを裏返しにして、後半のおとぎ話内の配役(職人、守護者、ヒーラーなどなど)にする事によって、このパラレルな描き方でこちら側(アパート・我々)とあちら側(おとぎ話・映画の中)を結んだりとか。成功したとは言い難いんですが(汗)。

 で、一緒に行って良いことがあるのか(つまりこの映画を観て何か得する事があるのか)と言えば、それは何というのか観た人に依るところ大だと思うんですね。
 一緒におとぎ話の世界に行くというのは現実逃避になります。そして登場人物が人生の意味を再発見するのに我が身をなぞらえる事も、まあ出来ます。そしておとぎ話にどっぷり浸かりながら、現代はこういう世界を欲している人が多いのだ、少なくともこの映画製作に関わった人々はそのニーズが多いと考えているのだから煮詰まっているのが自分だけではないと安心出来ます。
 そうなんです、つまりこの映画は煮詰まったというよりむしろ崖っぷち状態な人にアピールする映画なのです。崖っぷちの度合いが強ければ強いほど、藁にも縋る気持ちが手伝ってアナザーワールドに登場人物と共に旅立てるのです。
 とはいえ出来は完璧とは言い難いので旅立ちには覚悟が必要です。「行ってやる」の気合いを入れて観れば十分な現実逃避が実現できます。暗い中に閉じこめられて(映画館の事です)出るわけにも行かないので腹を括らざるを得ない人も多いでしょうが。

 観るなら割引使って下さい。「サイン」や「アンブレーカブル」程ひどくはないですが「シックスセンス」には遠く及びません。「ヴィレッジ」より若干劣るか同レベルでB級趣味がかなり濃厚な作品です。

2006年10月 1日 (日)

どんぶりさん一家との遭遇

 本日午後、我が生息地をたまたま運悪く通過したどんちゃんことどんぶり氏とそのパートナーうしねこさん、お子さんのうど坊ちゃんと遭遇する事が出来ました。雨が降っていたし時間も遅かったのでもう駄目かと半分諦めておりましたが、会えてよかった。
 人と会う時どうも緊張するらしくて、とんちんかんな事ばかりしたかもですが、うしねこさんやうど坊ちゃんにもお会いできてとても楽しかったです。

 これからもっと忙しくなるのでしょうが、近くを通ったら是非声を掛けてくださいませ。今日は本当に有り難うございました。

 取り急ぎここまで。続きは後日改めて。

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