ホロヴィッツのコンサート ポゴレリチ追跡編
前回の「後知恵編」から本当に時間が経ってしまいましたが、やっと記事に出来ました。
83年6月11日、NHKホール、ホロヴィッツピアノリサイタル。
前半終了時に立って拍手をしていたポゴレリチは、ホロヴィッツが休憩の為ステージから消えると連れの日本人女性に何やら話しかけ、その後二人で客席からホールへ出ていったのでありました。
コンサートの休憩時間は大概座ったままぼんやりしている私ですが、この時ばかりは座ったりせず、ぽごちゃんを追いかけてホールへ突進したのです。
既にホールにいたポゴレリチは暫く全体を見渡している様でしたが、その後なにかこうふら~っと人混みの中に彷徨うように歩き出し、私はその数メートル後を、こっそり、抜き足差し足で(でも結構早足で)、出来る限り遮蔽物沿いに、ついていったのです。
この日のポゴレリチの服装は、白黒のレザーの上下で、最初に見た時「あんたは碁盤か」とツッコミを入れてしまったデザインでした。
下手な画像で恐縮ですが、配色と形は大体このようなものです。
しかもこの出で立ちで、このレザーで、足下はブーツではありませんでした。演奏会で履くような普通の革靴だったのです。
「一文字」かもしれませんけど、フォーマルかもしれませんけど、レザージャケットにフォーマルシューズって、23年経っても私は納得出来ない不気味な足下でした。この人の言う完璧って、私には絶対理解できないかもしれません(大汗)。
さて、ふらふらと人混みにさまよい出たポゴレリチ、上を向いて「うわ~、すごい」としか言い様のない表情で、天井だの照明だのを眺めているのです。ホールの全景を眺めていた時も、こんな表情で見上げて居たのでしょうか。ぽっと出のおねえちゃんだった私でさえ、凄いとは微塵も思わなかったホールなんですが。
そしてそのうっとりな表情のまま、彼はなおもふらふらと彷徨い続けました。もう殆ど遠足ですね、階段登って二階に行くときの嬉しそうな顔ったら。
「二階に何があるのかな~?」みたいな、興味津々な、思いっきりお上りさんな表情。二階には、二階があるだけだと思うんですけど。
最初彼が歩き回るのは周りの人々が「あ、ポゴレリチ」とささやくのが面白くてやっているのだろうと考えていたのですが、どうもそうではありませんでした。逆にポゴレリチが連れの女性に何かささやいて「へええ、あの人が」という表情をして、ずっと嬉しそうだったんですから。
完全にミーハーと定義できます。あり得ません、ミーハーなポゴレリチ。知らない人が見たら普通のお兄さんなポゴレリチ。メジャーになってから既に何年経っているのだと、思わず指折り数えてしまった私でした。
そしてせっかく上がった二階で何をしたか?何もしないでやっぱり嬉しそうに眺めて一周して戻ってきたのです。
二階に無意味に行ってみるなどという行動を全く予期してなかった私は、彼の予想外の行動に度肝を抜かれ、ぐるっと回ったポゴレリチと鉢合わせしてしまいました。
尾行を気付かれたら大変なので急遽別方向を見てやり過ごしたのですが、数秒後、振り返るとポゴレリチが見あたらないのです。何処にも。
さては階下に行ってしまったか、と階段へ走っていき下のホールを眺めたんですが下にもいないのです。身長187センチという、それも碁盤柄の服を着た人物を、私は完全に見失ってしまったのです。
まあ、これだけつけ回せば良いかな、席に帰って休もう、とがっかりしながら階段をとぼとぼ下り始めたとたん後ろから"Excuse me, please △□ me."と声をかけられて、反射的に「す、済みません」と答えて横へどけば、横には誰も居らず広大なスペースがドーンと広がっておりました。
「へ?」と声の主を見れば、なんと消えたはずのポゴレリチ。
一体いつの間に後ろにいたのだ?
いえ、そもそも二階のどこに居たの?
そして△□(passing toと聞こえてしまったのですが)って何語?
それより何より、こんなに空いているのなら声など掛けずに黙って通れ!と心の中で叫びつつ、彼の後に黙って付き従った私でした。ファンの弱みです(涙)。
この時点でかなり歩き疲れてました。向こうにシャンペンコーナーあるのにな(勿論有料です。話の種に見てみたかったのよ)。でもこの人絶対歩き続けるんだろうな(涙)。
しかし、一階ロビーでポゴレリチの命運もようやく尽きた模様です。彼は一群の人間にとっつかまり、次々と紹介されては笑顔で握手をしなければならない羽目に陥ってしまったのでした。そして挨拶するポゴレリチを観る人も周りに集まり始めたのです。
どうだ、挨拶面倒だろう、という私の予想に反して、すっかり板に付いた営業フェイスでにこやかに、そして礼儀正しく、余裕で挨拶を交わすポゴレリチ。さっきのおにーちゃんはどこへ行ったのでありましょう。
とある、フラメンコ風ストールを肩に掛けた女性と挨拶した時などは、身振りも仰々しく、ゆっくりと腰をかがめて、相手女性の手にキスさえしてのけたのであります。観ていた私はもう口あんぐり。いくらなんでも・・・
ところが今度は主客逆転、多分ギャリック・オールソンと思われる人物がにこやかに近づいてきて、握手の後、思いっきり力強く抱きついて、ポゴちゃんの両頬にぶちゅぶちゅと特大キスをしたのでありました。
ポゴレリチは一瞬「きゃっ」という表情をして、顔を赤くしたのでございます。これも習慣だから諦めましょう、と鼻先で笑いながら呟いたわたくしでした。
結局一階ロビーで挨拶責めになって休憩時間が終了したのではなかろうかと思います。実はこの後、席に着くときから記憶が再開するのです。
演奏会終了後、前半終了と同じように立ち上がって熱心に拍手していたポゴレリチは、それでも粘って拍手した私よりはちょっとだけ早く出口に向かったのですが、この時もなにかぼーっと佇んでいた模様で、ポゴレリチを追跡するため出口に突進した私は、危うく彼の背中にタックルかけるところでした。出口のすぐ外に立つのって、危ないと思うんですけど・・・(汗)
実はこの夜、私の席の近くに罵声を飛ばす人がいて、立って拍手し続ける事に相当勇気が必要でした。本人は全くあずかり知らない事ですけど、それを勇気づけてくれたのは他ならぬポゴレリチの態度でした。
ポゴレリチは全く純粋に、熱意と尊敬が入り交じった表情で拍手し続けていました。
ちょっとあやふやな記憶なのですが、アルゲリッチが「マネージャーにコンサートの出来がわかったらアルゲリッチは必要ない」という様な事を答えていました。つまりコンサートで、アルゲリッチはアルゲリッチレベルを目指す、たとえお客が只の一人もそれを理解できなくても。それが彼女の仕事なのだ、と私は理解しています。
それに習うなら、あの晩、ホロヴィッツレベルともいうものが確実に存在し、ポゴレリチはそれに対して異端児の異名もぶっ飛ぶ様な、頗る真摯な態度で賛意を表明していたと思います。それがあんな展開になったのは皮肉といえば皮肉ですけど。
この時、他の点は知りませんが、こと音楽に対してはポゴレリチなる演奏家は、非常に真面目である、と思いました。
そして同業者であるポゴレリチにこれほどの態度を取らせたホロヴィッツ、このピアニストの凄さにめまいのようなものを感じたのです。
もうこんなピアニストは二度と出てこないのかもしれませんね。
これで83年、ホロヴィッツ来日コンサート記事はすべて終わりになります。
長々と読んで頂き、本当にありがとうございました
その長々とした記事
演奏編(近くにポゴレリチ) (リンク)
演奏編2 (リンク)
後知恵編 (リンク)
ポゴレリチ追跡編 (リンク)
コンサート映像 (リンク)
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