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2007年7月の15件の記事

2007年7月29日 (日)

ハリーポッターと不死鳥の騎士団(映画)

 前記事にもあるように、調子が悪かったので目をつぶったり手で顔を覆ったりしていたのに、なんと感想を書いてしまいます。しっかり観ていなかったのに、やることが我ながらすごいσ(^◇^;)

 映像は、グリモールドプレイス(本部のあるお屋敷)や、魔法省など、質感、ライト、色ともかなり凝っているし重厚で、なかなかのものでした。ラストの戦いのシーンもCGが迫力(あまりアクション物を観ていないので、単に目新しかっただけかもですが)がありました。魔法省からの手紙だって相当の凝り方です。手抜きはしていないんでしょうね。子供向きとも思ってない。偉いぞ!制作者。

 なのに・・・
何なんでしょう、大事なところで外してるんです。
フレッドとジョージが箒に乗ってホグワーツから飛び立つ場面、誰でも快哉を叫びたくなるシーンな筈なんですが、普通に飛び立ってしまったし、最後に起こる悲劇もまたあっさりしていて、ふーーんで終わってしまったし、ハリーが初めてダンブルドアの事を「ヴォルデモートが恐れたただ一人の魔法使い」と言われた理由を実感する、ダンブルドアとヴォルデモートの直接対決も、ダンブルドアがおろおろしているようにしか見えなくて。
確かに心の中でヴォルデモートと戦うハリー、過去の回想が次々フラッシュバックして私はもらい泣きしました。胸にぐさっと来ました。さすが「セックストラフィック」のあの哀れが胸に迫るラストを撮った監督だけのことはありました。他にも色々あって、内面描写はばっちりとは私も思いました。
けど、ハリポタです。こどもが楽しみにする映画なのです。ハラハラドキドキ「も」売りなのではないでしょうか。気持ちは判るけどここまで内面に「だけ」迫られても、と思わずつぶやいちゃいました^_^;
家に帰って、ハリポタマニア(リンク)で知ったのですが、今回今まで担当した脚本家が都合で参加出来なかったのだそうです。ただでさえ前の映画で貴重な伏線が割愛されたりないがしろにされた為、後になればなるほど話を繋げにくくなった上に、更にこの交代というのは作風の変化が急すぎるという意味で作る側にも観る側にも痛かったかもしれないです。

 さて配役ですが、読んでいるとどうしても「アダムスファミリー」のアンジェリカ・ヒューストンを思い出してしまうベラトリクス・レストレンジ役を「眺めのよい部屋」のヘレナ・ボナム・カーターがマニアックな犯罪者風味をたっぷり効かせて怪演しています。この方たしかチャーチルの子孫とか聞きましたけど、すんごい犯罪者(笑)。
アンブリッジ役の イメルダ・スタウトン(「ヴェラ・ドレイク」)。演技力をもの凄く期待していおりました。原作のイメージとはちょっと違いましたが、これはこれで怖かったです。
思わずぴったんこ!と叫んでしまったのがルーナ・ラブグッド役のイヴァナ・リンチ。15000人の中から選ばれたそうで、びっくりしたような目と言い話し方と言い、うそみたいに似ていました。

 と、あんまり観もせず悪口書きました。しっかり観れば相当良い映画かもしれません。ごめんなさい^_^;

2007年7月28日 (土)

欲しい・・・

 と、ここ数日悩んでます。ハ○ポタ7巻。6巻を読んだときは最終巻くらい買おうと思ったんですが、作者が6巻よりは薄くなると言ったにも関わらずアマゾンでみたら結構なお値段ですし、我が家族Aが大ファンなのでどうせ日本語版を買うハメになってしまうし、という事で土壇場になって迷い始めました。

 でもどうしても読みたくなってしまったんですね。というのも家族Aと映画を見に行ったからです。大音響と動きの激しい画面はめまい持ちにはとても危険なので、さりげなく調子悪いんだけど、と言ってみてもまるで耳に入らないみたいだし、終わるまで外で待ってると言えば、一人で観ると寝てしまうというしで、やむなく耳栓持参で参りました。ポップコーン?買わなくてどうします。あれに釣られて行ったと言っても過言ではありません(・_・)
と、じたばたしていたのに、結構観てしまった私です。お陰でその後見事に調子が悪くなりました。

 今までもですが、調子が悪いと特に色々我慢しなければならず、TVは観ず、というか誰かがつけたら部屋から逃げ出す状態ですし、音楽も勿論NG、夜も早く寝るため何の楽しみもないんです。その上ひっくり返っている間は「あれができない」「これができない」「どうしてこんなことに」と、うだうだうだうだ考えてしまって、休んでいるのか自分で病気を悪くしているのか判らない状態なのです。
それで、もしはりぽ○があれば、読んでいる間は気も紛れるに違いないと思ったわけですが、そう考えると今度は、3000円だと牛乳何本買えるか(いつも買えない低温殺菌が欲しかったりして)とか、いずれ図書館で借りられるとか、はたまたこんなに悩む前に医療費がどの位かかっているか考えろとか、たった一冊で3000円分の医療費が減るほどの効果は期待できないとか、これまたうだうだと考える始末に負えない自分がいるのです。

 悩んで良くなる事はないと、漸く決心をしてアマゾンを覗いたら、4000円ですって。

どうして?

3000円は私の見間違いだったのでしょうか?

4000円って、一太郎の半分ではないですか !

高すぎます、とても無理です、諦めます、と思った瞬間、最終巻だから図書館で借りにくいかも~。一昨年は11月に借りられたけどもう年内には無理かも~、などという考えが浮かんできて、またまた病がおもくなりそうです。うううっ。


めまいになって幾星霜、一つだけ学んだことがあります。

「下手の考え休むに劣る」

大号泣(T.T)

2007年7月25日 (水)

逆鯖その2

 見事な実例を一つ

 その人物はとてもさりげなく
「私も50才になりましたが、若い人たちを指導するのは云々カンヌン」
と話しました。いかにもその道の大家が後進に気さくに語りかけているかの様に。

 しかし私は知っていたのです。その時その人物がまだ48才と3ヶ月弱だった事を。

 マエストロポゴレリチ、279ではなくて 644日も逆鯖読むのはやめましょう(笑)。

と、ツッコミを入れつつも、こう言う場所(マスタークラスでの出来事でした)でさりげなくはったりを効かせるこの人物の計算に舌を巻いたり、40代では若造扱いされかねない欧米ピアニストの層の厚さなどなど、色々考えさせられたのでした。
もっともこの方の場合、奥様が年上だと方々で強調されたので逆鯖読みが習慣になってしまっていたのかもしれませんが。

 あ、ひょっとしてマエストロ、ただ単にご自分のお年を間違えたなんてことでは。

私昔、厄年まであと幾つと数え年で数えたせいだと思うのですが、自分の年を二つ多く勘違いしたまま一年ほど気がつかなかった事があったんですけど、まさかそれと同じ類とか?
数え年の習慣がないのですから、それはないとは思いますがフキフキ "A^^;

2007年7月23日 (月)

鯖の逆さ吊りについての取るに足らない考察

 自分の年を若く言う事を、俗にさばを読むと言いますが、自分の年を多く言う事を逆鯖とも言います。
 実年齢より若いと言いたがるのは平安時代の昔から若さに異常なまでの価値を見いだして来た日本の風土に依るところが大きいのですが、その逆にはどんなメリットがあるのでしょうか。

 よくある例としては、お年を召した方が実年齢より多く年を申告して相手から「まあ、お若いっ!」という言葉を引き出すことがあります。これも年齢よりは「若く見える」という、若さ信仰の変奏に過ぎないのかもしれません。どちらにしても純粋に年を取ることに、素直に意義を見いだせないのはおかしな事です。

 そこでワタクシ考えました。年を取ったことを純粋に喜べる作戦を。
幸いにしてまだありませんが道で酔ったサラリーマンなどから「ババア」と言われた時、すかさずこう、答えるのです。

 「そうよっ!私明治43年の戌年よっ!」
 
 (ちゃんと調べました。明治43年 1910年は戌年だそうです)

 上手くいけば相手をしばし悩ませる事ができます。
しかし運が悪いと昭和43年の言い間違いだと思われるだけです。
そしてもっと運が悪いと、相手を怒らせてしまうかもしれないので、試すなら好景気の時にしたいと思います。

 最後に。

 1910年生まれって今年で96才、97才?計算できません。幾つだと訊かれたら36と答えておこうフキフキ "A^^;

2007年7月21日 (土)

地震予知猫

 今回の中越沖地震で、うちの猫は予知をしなかったという話を聞いて、自慢をしたくなりました。そうです、我が家の故猫星音は地震予知をしました。( ̄^ ̄)
 
 十年以上前になるのですが、我が生息地で群発地震が発生しました。
ある晩私が心地よく惰眠を貪っていると、唐突に星音の鋭い鳴き声が聞こえ次の瞬間おでこをひっぱたかれました。

「すわ!一大事」と飛び起き、明かりをつけて、怪我か、下痢か、吐いたのかと辺りをきょろきょろするも、全てが平和。唯一目だったのが、坐ってこちらを睨んでいる星音の様子。耳が完全に警戒態勢なのです。けんかでもしたのかと思ったのですがほっしいは漸く起きたところ。

 一体何なのと訝っているうちにズルズルガタガタガタと弱い地震。これを知らせたかったのか星音は地震後ようやく警戒を解いて、同意を求めるかのように私の顔を再度見上げたのでした。

 それで、夜中だったんですね。で、寝ぼけていたんですね。揺れも大した事がなかった上に予知って巷間言われるような華々しいものだと思っていたので(華々しい事例のあるオールアバウト記事へのリンク)この程度では意味もない気がして、思わず
 「この程度なら起こさなくていいよ~、早く寝よ」
 と、言ってしまったんですね、私^_^;

 後日、ほんの少し前の予知も大切なのであると聞き及び、これは是非星音に予知してもらわないとと思ったのに、やつめ二度と起こしてくれませんでした(爆)。
すごく揺れた時など、みんな飛び起きたのに星音だけ寝ているんですよ。猫ベッドの端にしっかりしがみつき、揺れに合わせて足を踏ん張りながら。

「この程度」って言ったんだけどな~、大きな揺れは起こして欲しかったんだけどな~、とさりげなく言ってみたんですけど、効果なしでした。

 「猫は人間の言葉が話せるが、それが判ると仕事をさせられるので話せない振りをしているだけである」(誰の言葉か忘れましたが有名な言葉)

「猫はとてもめざといが、人間の都合で仕事をさせられるくらいならたぬき寝入り中に命を落としてもいいと思っている」(当時の私の言葉)

 星音の写真そしてこやつの脳内はこれな訳ですから、猫ってほんと不思議(;-_-X;)

2007年7月20日 (金)

頭も揺れる(涙)

 はるぴょんさんもそうだったと仰るので、地震後こういう被害に遭われた方は多いかもしれませんが、私もめまいに襲われました(涙)。

 めまいが起こると、それが収まっても具合の悪さが続くのですが、今回はその余波が強くて泣いてます。どうしてなのか、思い当たる節はあるんです。実はめまいが収まりきらないうちに無理して起きてしまったのです。
やむを得ない用事が出来たとか、どうしてもという事情では決してなかったのに、私は何故起きたのか? 


 実は涙がでるほどお腹が空いて寝ていられなくて、ついお昼ご飯を食べてしまいました(泣)

 いくら脳内が食欲に占領されているからって、ありえません。
今起きたら後でどうなるか判っていながら起きてしまった自分も信じられません。
何よりも、ご飯を食べたせいで二日も寝込んでいるなんて、医者にだって話せません(大号泣)
  

 食べられるだけ軽かったって事だとは思うんだけど。あ、またお腹空いてきた(T.T)

2007年7月17日 (火)

降った、揺れた、そこにいた

 この連休は、始まる前から大型台風の接近で、ある意味閉じこもる事が運命づけられていたのですが、家にいても平穏無事とは行きませんでした。

 そうです、地震で揺れました。それも台風が大したことがなくてほっとしたその翌日。
横揺れだったせいもあるのでしょうか、私は眩暈から来るふらつきと区別出来ず、かなり長いこと地震だと判りませんでした(震度3という発表でした)。
朝の十時過ぎにこの一撃を食らい、TVをみれば新潟県と我が県の北部は大事。連休気分も一気に吹き飛んでしまった我が家です。

 これだけの衝撃を受けると、財布を忘れてスーパーに出かけてしまい、割引品の入ったレジかごをカウンターに預けて、大急ぎで財布を取りに戻った事など本当に些末なことでした。いえ、実際些細なことですし(・_・)

 しかし、衝撃は今日も続いたのでした!

 本日夕刻、いまはもう刈り取られてしまったあの麦畑(リンク)で、またもや何かの取り締まりをしていたのでありました。こんどは何に隠れているのかと思ったら、畑の脇にある桑の木かげ。ひょっとして取り締まりの為に切らずに残してあるとか(^_^;)

 たった一瞬でしたが、豪雨、地震の比ではない衝撃が我が身を走りました。冷静に考えれば、少なくとも地震の方を恐ろしく感じてしかるべきなのに・・・。
条件反射ってそういうものなのでしょうか。私にも色々過去があるもので、それでフキフキ "A^^;

2007年7月15日 (日)

台風接近

 山国なので滅多なことでは台風の直撃を受けないのですが(まれにあります)、接近する台風でどうしても不思議なことがあって、それは

 一番接近している時の方がのどか

 なんです^_^;

 今回の台風4号も、接近する今日の午後が一番風雨が激しいはずなのですが、一番ひどかったのは昨日、それも夕方前でした。 

 何故なんでしょう。今回は台風の発達に伴って梅雨前線が活発化したらしいのですが、秋だと秋雨前線が活発になるので、結局いつでも台風は近づく前が一番荒れるみたいです。

 この事を学ぶまでに、私は長い間無駄な事をし続けました。
「まだ九州にいるのに、こんなに荒れているんなら、近づいたらもっと大変」と土砂降りと突風の中、根性で買い出しに行って、翌日穏やか~。なんと申しますか、虚しい人生でした。

 今、穏やかな曇天を見上げながら、昨日買い出しに行かなかった自分をちょっとだけ誉めてます。学習しました、私。

 ということで、私はこれからスーパーに行ってきます。食べる物が底を尽きかけてるので(^◇^;) 

2007年7月13日 (金)

ゾディアック

 脳がそうなっているのだから、遊びに行こう!ということでしょうか映画観てました。先週ですが(笑)。

 色々意見はあるかと思いますが、面白かったです。
 ゾディアックと名乗る犯人による、実際に起こった未解決連続殺人事件を、86年にそれについての本を出版したグレイスミスを登場させて描いてます。

 低音で響く銃声がかなり怖い、冒頭のアベック殺人場面からのゆるまずだれずの緊迫した筋運びや、暗くて濃密な映像も良いのですが、一番良いのは本も、DNA判定も、全てを逆手に取ったような映画の作り方でしょうか。

 未解決事件の真犯人探し映画で説得力を持たせるのは簡単で、反対証拠を何一つださなければ良いだけですが、観客が外に出て別の情報に触れたとたん、一気に興ざめするするのは避けられません。かといって、ドキュメンタリー仕立てでは娯楽としては成り立たないわけで、そこはどうなるんだろうと思っていたら、なるほどこう言うやり方がありましたか。
振り返ればなるほどと思う伏線が幾つもあって見終わって思わずにやにやしてしまいました。

 この映画は連続殺人犯探しの映画ではなくて、連続殺人の犯人探しに魅入られた何人もの人間達の映画と思って観たほうがいいと思います。本の著者、グレイスミスはなるほど主要な登場人物ですが、魅入られた人間のなかの一人に過ぎず、新聞記者のエイヴリー(ロバート・ダウニーJR)、サンフランシスコ市警のトースキー刑事(マーク・ラファロ)、アームストロング刑事(「ER」のアンソニー・エドワーズ)が、それぞれの視点で浮かんでは消える容疑者を追って、二時間半飽きませんでした。捜査側と容疑者がこれだけ出てくると、緩慢になりがちですが、それがなかったのが上手いです。

 のめり込んだ人間の視野の狭さを伏線にした面白さ(ボーンの家、筆跡鑑定など)は、さりげなくですが、沢山出ていて、そのあたりもうちょっと過激にやったらもっと衝撃だったかも。なんて謎解き部分の面白さが減ってしまうかもしれませんね。実際変な欲を出さずに娯楽映画に徹して作られていたから、面白かったんでしょうし。

 ただし、前に同じ監督の「パニックルーム」、映画館で観てフォレスト・ウィテカー良かった~と思ったのに、TVで観たらそれほどでもなかった前科が、私にはありますσ(^◇^;)


 ゾディアック事件が、米国でどんな受け止め方をされているのか見当もつかなかったので、帰ってから本や事件についてちょっとだけ調べてみました。
この事件については、なかなかマニアックなサイトがあるようです。
グレイスミスの本については、米国アマゾンのレビューを読んだ結果だけで結論づけて恐縮ですが、本の中で、多分に状況証拠だけである人物を犯人と明確に名指ししている様です。そして二匹目のどじょうかもしれませんが、続編Zodiac Unmaskedも書いて犯人の真の姿の暴露に勤めた模様で、こうなるとこの人もアブナイ人かもしれません。今は幸せに暮らしてらっしゃると映画にはあったので、アブナイ時期は脱したのでしょうか^_^;
 
 ゾディアック公式サイト(リンク
 ゾディアック事件についてのサイト(リンク
 アマゾンのZodiacのページ(リンク
面白ろ過ぎてつい信じてしまいそうだけれど、真実とはほど遠いと指摘したレビューがあります。
 ウィキペディアのZodiac Killer のページ(リンク)。かなり長文です。

2007年7月10日 (火)

極悪一家

 人後には必ず落ちる私のこと、今頃「脳内メーカー」(リンク)をやってみました。

 まずはワタクシ「ぽんず」

Ponnzu

 うそ^_^;

 私ここまで悪い図を初めて見ました(笑)。
右脳も左脳もなく、悪いことを前線にした、遊びと食欲のおしくらまんじゅう。やや食欲優位でしょうか。
 その、なんというか、ここまで正確とは(爆)。

 と、いくら正確でも笑ってばかりはいられません。このままでは老後が不安ですので、先の展望を図る為にも、昔名前占いでこうすれば中吉になると言われた(「ぽんず」は小吉だったのです)、
「ぽんず大佐」で再度鑑定していただきました。

 Taisa やさぐれてる~フキフキ "A^^;

 大佐の任務はここまで人間をすさませるものなのでしょうか。小吉から中吉にのし上がるために、一体何をしなければならないのだ。ここまで人間性を失って良いものなのでしょうか(人間性って食べることと遊ぶことと悪いタクラミだけですが)。

 駄目です。このままでは私立ち直れません。ここはやっぱり我が家の故猫に登場してもらわないと。

 「せいね」(うっかりひらがなで入力)

 Seine って、これは何~。

嘘とHの間に満ち満ちるこの虚無感は。こんなニヒルな猫と私は20年も暮らしたのでしょうかσ(^◇^;)

 「ほっしい」

 Hossy (爆)

 もう良いです。家はそういう一家なのです。判っていた事です。これからも自分に正直に生きていきたいと思います。
 
 食べるしかないって事ですね。いただきます(・_・) 


  追記です。全て「愛」という脳内が存在しました。もうばれちゃってもいいので正体を書いてしまいましょう。「日々是猫日ナリ」のしじくんです。記事の末尾です。リンク 

2007年7月 8日 (日)

吉田秀和氏

 83年のホロヴィッツの初来日時、私の席の数列前にいた吉田秀和氏(梶本関係者に案内されて席に着いたVIP氏です)と、同じ列数席右にいたポゴレリチについては私のこのブログ記事に詳しく書いております。

  「ホロヴィッツのコンサート(演奏編1)」

 このコンサートに関しては、すぐ近くにポゴレリチがいたということもあって、ポゴレリチサイト主催のよしこさまの薦めもあり、去年5つの記事を書きました(右サイドバーのリンクがそれです)。
その後、記事を読んだ94丁目さんから当時の吉田氏のホロヴィッツ評の詳細を教えていただいたのを筆頭に、本当に様々な方から情報を頂き、コンサートから二十三年間、吉田氏の評に関しては全否定だった私が、私なりにではありますが考えを修正することができ、私なりの結論を出すことが出来たと喜んでいました(皆様、その節は本当にありがとうございました)。
しかし本日BSで再放送されたETV特集「心の奏でる音楽」を、またどういう回り合わせかホロヴィッツのコンサートに関しての部分だけをたまたま観てしまったため、またぞろ悩みが始まってしまいました。あんまり悩ましいので愚痴ってしまいます。

 吉田氏のNHKホールで休憩中に収録されたコメントに関しては、その前のニューヨーク公演や、更に前のロンドン公演などの情報が、氏の耳に入っていた事は確実で、そう外した事は言わなかったであろうし、そもそもあそこまでけなす意図があったとは思えない、と記事を書いた以降に考える様になりました。
それは、このETV特集で私の観た部分、曰く「骨董品は欲しい人には幾らお金を出してもほしい」という部分と重なるわけです。
それではどうしてあんな社会現象にまでなってしまったかと言えば、私の見解としては言うなれば「フレーミング」だったと思うのです。
 「後知恵編」にも似たようなことを書きましたが、当時、サミットに参加して数年、経済大国という自負と、文化国家としてはどうなのだ?というコンプレックスを抱えたところに、5万円のチケットで、映像で見ると(見ると、です。決して耳からの情報ではなく)手が震えていた。そこに骨董品発言。言った人間の意図はどうでもよく、言葉だけが広がってしまう。
当時は広まるからにはそう考える合理的理由があると、私はそれを探した訳ですが、今はあれがまさしくフレーミングだったと思い当たった訳です。

 それでコンサートの善し悪しは別として(最初のコケ具合は確かにすごかったので)、あの現象については私一人で納得した訳ですが、今度は別の悩みが出てきてしまったわけです。
私はこの出来事の後、吉田秀和という評論家にあまり重きを置きたくなかったのですが、同時にその実力を認めないわけにも行かなかったのでした。そして漸く吉田解禁状態になることが出来た去年以降、以下の思いが強くなって、はっきり言って拷問に近くなりました。つまり

 吉田秀和氏がもしあのコンサートをフルに聴いて、途中でコメントなどもせず、その音をゆっくり言語化して後、あれを表現したとしたら、果たしていかなるものになっていたのであろうか。
 

 評論家はちゃんと聴いている人とそうでない人がいます。昔NYTでどうかと思う評もありましたし、これはちょっと畑違いですが、三島由紀夫にインタビューしたNYTの著名な評論家は三島を録に読んだこともない大馬鹿者だったとドナルド・キーン氏が何かに書いていたのを読んだことがあります。同じ国なら、有名だけどあの人はアテにならないとの評判もあるでしょうけれど、他国では判りません。だからこそ、私は吉田秀和という人物の評を読みたかったのです。

 「演奏編1」にも書きましたがポゴレリチは前半終了直後から熱烈なスタンディングオーベーションをしていましたし(もちろん後半も)更に終了後のインタビューで誉めたにもかかわらずその部分がカットされた事を怒っていました。また去年の「ぶらあぼ」の10月号では、数年後、六本木のお寿司屋さんで件のコンサートビデオを観たアルゲリッチが、最初こそこれはひどいと涙ぐんだそうですが、その後は凄い凄いを連発していたという松尾楽器の社長さんの話を聞くに付け、あの時のホロヴィッツはこの人達さえ唸らせる何かがあったと思わざるを得ません。
今思うと、彼なりの今までの手慣れた安全地帯から全く新しい境地を切り開こうと踏み出しかけていたのではないかと思います。
アルゲリッチとポゴレリチ、この二人が反応した部分は間違いなく私には判らない世界であり、私が骨董の目利きなど全く出来ない人間であることを考えれば、「吉田~、どうしてこれを私たちに判るように言語化しないんじゃーーー!おまえなら判っただろうにーーーっ!」という悔しさも募るのでありました。
それこそが、前半終了時でのインタビューなどという暴挙でなく、全てが終わった後にきちんと言葉を聞いていたら、歴史に残る評になったかもしれないのにと残念に思う理由です。
「心の~」の番組の中で「ホロヴィッツは素晴らしかった」と吉田氏が言ったのを聞くと尚更ですし、もしこのバッシングがなく、ホロヴィッツがひらこうとした新しい境地がもっと完成されていたらと思うと残念でなりません(この事件の後、私は元のホロヴィッツという今まで人気だった型にかなり戻ってしまったのではないかと思っています)。

 もっとも吉田氏は言語化は当時も出来ていたと思うのです。少なくとも後半は聴いていた訳ですし(ですから吉田氏のコンサート評でのテレビの方が良くきこえたという普通では有り得ない記述にも私は別の意味で納得しました)。でもあのフレーミングの最中、それをうち消す様な事を一個人に架しても酷かな、と思いました。特に発端となった発言をした当人の場合は。したとしても聞く耳持ってもらえなかった事は容易に想像がつきます。
巡り合わせが悪かったのでしょうね、全てが。
世の趨勢とは恐ろしいものです。演奏会終了後インタビューを受け、誉めたのに全くカットされていたと怒っていたポゴレリッチでさえ、数年後は世論に沿う発言をしています。日本発のこの騒ぎが引き起こした深刻さがわかります。たった6000人ほどしかこのコンサートを生で聴かなかったにも関わらずです。

 あれがなかったらその後の展開はどう違っていたのだろうと、色々頭を悩ませて頭痛が始まりそうな私です。


 最後に94丁目さんかアップしていただいた、氏のその時の批評全文を載せさせて頂きます。


 朝日新聞   ’83.6.17 夕刊 文化欄

音楽展望                 

ホロヴィッツを聴いて     吉田秀和

遅すぎた伝説の名演奏
ショパンに至芸の片鱗

 百聞一見に如かず。ホロヴィッツをきいている間、私はこの言葉を何度も噛みしめさせられた。その味は、いつも、苦かった。
 ホロヴィッツは今世紀きっての名手と称えられたピアニストである。その人が79歳の誕生日まで幾か月という時になって、ついに、はじめて日本のステージに姿を現した。
 私たちはこれまで、彼についていろいろな話を聞いたり、批評、評論を読んだりしてきた。レコードもたくさんきいた。演奏会の実況をTVで接する機会も、これまで2回与えられた。それでも、以上の全部を束にしても、今度実際に自分の耳と目で経験したものの重さには対抗できなかった。

事実の重みが苦く

 重みとは何か。今のホロヴィッツには過去の伝説の主の姿は、一部しか認められなかったという事実のそれである。私としては、彼の来日を可能にした人たちや、全演奏会を翌日一挙に放映したNHKの労を大いに多とする。しかし、この人にはもっともっと早く来てほしかった。
 私は人間をものにたとえるのは、インヒューマンなので好きではない。しかし、今はほかに言いようがないので使わせて頂くが、今私たちの目の前にいるのは、骨董としてのホロヴィッツにほかならない。骨董である以上、その価値はつきつめたところ、人の好みによるほかない。ある人は万金投じても悔いないかもしれないし、ある人は一顧だに値しないと思うかもしれない。それはそれでいい。
 だが、残念ながら、私はもう一つつけ加えなければならない。なるほど、この芸術は、かつては無類の名品だったろうが、今は―最も控えめにいっても― ひびが入ってる。それも一つや二つのひびではない。

 彼の演奏では、音楽が続かなくなった。少し進んだかと思うと、ひびの割れ目におちて、音楽が途切れてしまう。忌憚なくいえば、この珍品は、欠けていて、完全な形を残していない。
 それは特に、ピアニストが絹糸のような繊細で強靭な弱音で、陰影の濃い音の生地を織り続けようと努力している時、際だって見えてくる。それは、もう、昔の出来事というより、心の中の出来事と呼ぶにふさわしい。そこにある種の感動を誘う力がないわけではない。けれども、ピアニストは、音が全く消えたわけではないことを証明するかのように、思いがけぬ力強さでバスを鳴らしたりする。それは必ずしも、いつも、前後との論理のつながりが明らかでないので、聴衆を驚かす効果に終わってしまうことが多い。個々の音の輪郭がはっきりしない場合もよくある。それは子音が明確でないので、意味の通じにくい、この人の話し方を連想させずにおかぬ。

 この夜の曲では、最初のベートーヴェン(作品101のソナタ)よりシューマン(謝肉祭)がまし、シューマンよりショパン(ポロネーズほか)がもっとよかった。特にショパン、それも練習曲(作品25の7)の演奏では、話にきく、ほかに比較するものなく、かけがえもない魅惑の一端にふれることができた。
 やはり。この人は正真正銘、混ざり気なしのピアニストであることを手応えで実感できた数分間である。これはベートーヴェンよりシューマン、それよりショパンが、最もピアノの精髄に根ざす音楽を書いた証拠といってもいい。ピアニストの本能が、それによって呼びさまされるのだ。

 私は去年のロンドン公演を録音した最新のレコードをきいて、この人はもう誰それの何という曲をひくというのでなく、ある曲を前に、自分が何を見、何をきくかということだけを、心の赴くままに語る巨匠になったのかと想像した。しかし、それは半分しか当たってなかった。あのレコードは、どこまで忠実な再現だったのだろう。もっとも、演奏は、器械を通じて経験すると、どうしても何かが変らざるを得ない。ホロヴィッツも実演の翌日TVでみたが、ここでも、前夜の痛々しいまでに風穴のあいた印象はずっと柔らげられていた。
 たしかに、何をひこうと、彼はそれを完全に手中のものとし、自分の音楽にしきってひいている。<謝肉祭>では興味深いアクセントづけが随所にあった。ベートーヴェンでは、あの沈鬱で内政的な開始の仕方は、かつてみない着想だと思った。しかし遺憾ながら今彼には、その着想を充分に肉づけして提出する力が充分にはなくなった。あれでは油絵を白黒写真で複製したようなことになる。せめて、第一期のTV放映のあったころ、できれば、その前、長い沈黙のあとカムバックして間もないころ来ていたら、私たちにも、全盛時代の幾分かが伝わってきたろうに。

敏感な本能生きる

 今度の演奏から推測できる限り、彼の芸術は、ほとんど本能的といってもよいほどの異常に敏感な感性に根ざすもので、全盛期でも、彼は全く余人の真似を許さぬ演奏をしたのだろう。それはまた、彼の独特の不思議な指使いその他の技巧と不可分だった。それが、第一回のTVの時、私に強烈な印象を与えた基になったのだが、今みると、その両者の結びつきにがたがきている。もう思ったようにひけない。だが、本能は生きている。

 もちろん、79歳という高齢だから、肉体が衰えるのは当然の話だ。だが、高齢の名手は、彼が最初でも、唯一でもない。コルトー、ケンプ・・・・・・・私がザルツブルクでバックハウスをきいた時、彼は実に84歳だった。その時、かつては鍵盤上の獅子王と呼ばれた老人は、思いもよらぬ温かく深く柔らかな音で、ブラームスの第二ピアノ協奏曲のソロをひきはじめ、ひきおえた。それはブラームスの音楽であると同じくらい、彼のものであり、ピアノ音楽になりきっていた。
 もちろん、人間の年のとり方は千差万別。八十の人にできることが七十の人にできないといって責めるのは正しくない。だが、現役で働いている以上、批評の対象になるのはさけがたい。ホロヴィッツが、ショパンで往年の至芸の片鱗を垣間見させたのは事実である。だが、それは名品の一片だ。今の彼はどんな気持ちでステージに立っているのだろう。彼が、やれるだけのことを、誠実に、一生懸命にやっているのは事実である。跳躍の多いパッセージで見苦しい音のはずし方はしまいと、テンポをゆるめても一つ一つていねいに打鍵している様子は感動的ですらあった。「これ以上何を望むのか。過去の先入観からではなく、今の自分をきいてほしい」と彼はいうのだろう。だが破天荒の謝金を払う興業主、空前の入場料を払って集まった聴衆が、彼のかつての名声と無関係でないのは、彼も充分心得ているはずである。
 こんなことを書くのが、渡来の老大家に対し、どんなに非礼で情け知らずの仕打ちか、私も心得てないわけではない。だが、大家に向かって、いまさら外交辞令でもあるまい。

霧の彼方になおも

 こういう私でも、かつての彼の天才ぶりを疑うことはできない。あの、ピアノを鳴らすことにかけては天下一品の名手、自分の天分に底ぬけに楽天的自信をもっていたルービンシュタインが、名声の絶頂期にいる時、ホロヴィッツのデビューをきいて、絶望し、自殺を考えたというのは、彼が自伝で告白している。ホロヴィッツの演奏に関し、これ以上の専門家の鑑定書はあるまい。それがどんなに輝かしいものえあったか、どんな高みからピアノ演奏の芸術を支配していたのか。このことは、今度の実演をきいた後も。きく前とほとんど変わらない位、遠い霧の彼方に残ったままだった。(音楽評論家)

2007年7月 7日 (土)

行列の様に、ただ一人歩め

 ちょっと調子が悪かった先週のこと。たまには本でも読んでみるかと思い立ち、家にある本を読み返し。理由は判りませんが国木田独歩。

 しかしこの選択には思わぬ落とし穴があったのでした。
国木田河童という方がテレビに出ていたのがいけないのか、本を開いている間中、国木田百歩、国木田散歩、国木田闊歩、国木田簡保と、国木田さんが行進する有様。

 読書にもならず諦めて本を閉じてからも、ずっと、ずーーっと、やっぱり国木田さん達が行進中なのであります。

国木田店舗、国木田安保、国木田シンポ、国木田シャッポ、国木田zippo・・・(ぶつぶつ)

 お願い、誰か私を止めて(T.T)

 ちなみに、国木田独歩を読むつもりで、間違えて柳田国男を少し読んでしまったのは内緒です。

2007年7月 4日 (水)

未熟者で


 「負けないぞ。くじけるな。おーーーっ!」


 と、我と我が身を叱咤して、

 寄らなきゃいけないスーパーを通り過ぎてしまった私は、まだまだ修行が足りません(涙)。

 そもそも、危ないから込み入った事は運転中にするな、というご意見も、あるかと存じますが^_^;

2007年7月 2日 (月)

猫の襖絵

 一月、久々の花のお江戸行きを敢行した私、調子に乗ってまた行きたい場所が出来てしまいました。

 ここです。東京芸大美術館で開催される「金刀比羅宮書院の美」

 2001年ではないかと思うのですが、秋の事でした。早朝金比羅山の長い石段を登っていると、石段のずっと上にどでかいへちゃむくれの猫が書かれた看板が見えたのです。襖絵の様です。
「あの顔、笑える」などと思いつつ登っていくと、虎、かもしれない・・・と。
襖絵だから猫ではあるまいという理性が目覚め、更に登るとなんか有名な人の絵かも、と思い始め、隣の葉っぱ(絵は二枚あったのです)の絵がどうも若冲っぽい気が(なんでも鑑定団観てなければ言えない台詞ですが)してきたのでした^_^;

 そして看板の真下にやっと到達した時、それは「虎」の襖絵、しかも作者は丸山応挙だった事が判明したのでした。私は社務所の前にある大看板の下で、息を切らしながらも「これは猫だ~!」と心の中で何度も叫んでしまったのでした。

 物知らずな私は、その時まで金刀比羅宮の書院にそんな襖絵がある事を知りませんでした。というか、金刀比羅宮の書院が1659年建立の重要文化財という、立派なものだった事さえ知りませんでした^_^;
この襖絵の特別公開は丁度その日からだったのですが、朝の十時からではどうしても見ることが出来ず、泣く泣く諦めました。
その後、TVでたまたまこの書院が中継されたのを見て、一層ショックでした。書院は立派で、襖絵の数も想像以上に多かったのです。

 故に!新聞でこの催しを知ったときは、殆ど行く決意を固めた訳ですが、暑くなるし調子も悪いしで、結局願望だけで終わってしまいそうな不安がよぎってます(笑)。 

 しかし早朝六時、朝靄煙る境内で丸山応挙作品に向かって暴言を吐いた私って一体、なんでしょ?^_^;

 ちなみに
 金刀比羅宮は廃仏毀釈で今でこそ大物主神と崇徳天皇(1156年の保元の乱の首謀者。仁和寺で出家の後讃岐に流される。恨みのため死後祟ったとか。四国79番高照院に住んでいて、お墓は81番白峰寺内にあるのです)をお祀りしている神社ですが、明治までは金比羅大権現(クビラ権現、海竜神)や、仏様もお祀りする神仏混淆の神社でした。金比羅大権現は四国番外15番の箸蔵寺のご本尊でもあります。

 ちなみに2
応挙、虎を見たことなかったんですってね。虎の毛皮を組み立てて絵を描いたって。
やっぱり猫だー(殴)

2007年7月 1日 (日)

かもめ食堂 群ようこ

 映画を観て原作が群ようこと知り、ある意味「ええーっ!」だった私は早速本の方を読んでみたのです。

 母を早くに亡くし、古武道家を父に持つサチエのただ一つの夢は、いつも家庭で食べるような、普通のご飯を普通に出す食堂を開くこと。十数年の準備の元、漸くその願いが叶う。
真心を込めた料理を出す、人々の暮らしにとけ込むようなその店の名前は「かもめ食堂」。場所ははるばるヘルシンキ。

 サチエはしっかり者で礼儀正しくて、日本が駄目なら外国がある!と、フィンランドに食堂を開くことも躊躇しない鉄の意志という設定。着実キャラ好き?の群ようこらしくて、私はちょっとついていけなかったのです。読んでいて好感は持てるけれど、あまりに出来が良すぎて。
それに引き替え、店を手伝うことになるミドリとマサコ。この二人は共感持てました。本や映画宣伝に「わけあり」な二人と書かれてましたけど、訳も過去もないですよね。周りに言われるままに生きてきて、そのまま行くはずだったのに、気がつけば自分の作ったお節をつつく義妹にバカにされるミドリ。親の面倒を見続けた挙げ句、弟夫婦から理不尽な仕打ちをうけたマサコ。
一体私の人生って何だったの?と愕然とした二人が自分で起こした行動が、あてのないフィンランド行きというのも、ありそうで微笑ましいのです。

 目的のためにフィンランドへ来たサチエ、行動自体が目的だったミドリとマサコ。来た理由も歩んだ人生も全く違う三人が共に店をやりながら、何でもない毎日がとても楽しいという姿は、読んでいてほっとするし、とても楽しかったです。

 群ようこが映画の為に書き下ろした作品。なのでヘルシンキという設定は最初からあったのでしょうか。作中サチエがいかにしてヘルシンキで開店出来たのか、リアル傾向の強い作者なりの苦心の跡が窺えます(宝くじですよ、これが^_^;)。
たまたま流されて行った場所で心機一転という事も、世の中にはあるでしょう。ミドリとマサコの場合はまさにそれです。ただ外国でも店を出せるしっかりものというサチエの設定が、逆にヘルシンキでなければならない理由を薄めた気もしますが。
「世界中何処へ行ってもやって行かれる人間はやっていく」と作中でている様に、場所は何処でもいいでしょう、みたいな^_^;
この部分が映画とは根本的に違いますが、違いを出して良かったのではと思います。北欧の柔らかい光線を存分に使った映画と、サチエの性格が作るほっと一息付ける空間が描かれた群版。もっとも場所に頼らないとはいえ、書店や市場などヘルシンキ風味を上手い具合にちりばめてあって、それはそれで楽しかったです。

 面白かったというより、読んだ後良かった、楽しかったという本でした。サチエやミドリがとても楽しそうな笑顔をしていると作中、何度か出てくるのですが、きちんとした場所さえあれば人は誰でも笑顔になれるというメッセージの、なんとなく小説と言うよりはおとぎ話に近いようなお話でした。

 という記事を書いて、完全にアップし忘れていた事に今日気がついたわたし。ひょっとして既にアップしてあって、その事を忘れいるとか。過去に同じ記事を書きそうになった事あるし(^_^;)

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