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2007年7月 8日 (日)

吉田秀和氏

 83年のホロヴィッツの初来日時、私の席の数列前にいた吉田秀和氏(梶本関係者に案内されて席に着いたVIP氏です)と、同じ列数席右にいたポゴレリチについては私のこのブログ記事に詳しく書いております。

  「ホロヴィッツのコンサート(演奏編1)」

 このコンサートに関しては、すぐ近くにポゴレリチがいたということもあって、ポゴレリチサイト主催のよしこさまの薦めもあり、去年5つの記事を書きました(右サイドバーのリンクがそれです)。
その後、記事を読んだ94丁目さんから当時の吉田氏のホロヴィッツ評の詳細を教えていただいたのを筆頭に、本当に様々な方から情報を頂き、コンサートから二十三年間、吉田氏の評に関しては全否定だった私が、私なりにではありますが考えを修正することができ、私なりの結論を出すことが出来たと喜んでいました(皆様、その節は本当にありがとうございました)。
しかし本日BSで再放送されたETV特集「心の奏でる音楽」を、またどういう回り合わせかホロヴィッツのコンサートに関しての部分だけをたまたま観てしまったため、またぞろ悩みが始まってしまいました。あんまり悩ましいので愚痴ってしまいます。

 吉田氏のNHKホールで休憩中に収録されたコメントに関しては、その前のニューヨーク公演や、更に前のロンドン公演などの情報が、氏の耳に入っていた事は確実で、そう外した事は言わなかったであろうし、そもそもあそこまでけなす意図があったとは思えない、と記事を書いた以降に考える様になりました。
それは、このETV特集で私の観た部分、曰く「骨董品は欲しい人には幾らお金を出してもほしい」という部分と重なるわけです。
それではどうしてあんな社会現象にまでなってしまったかと言えば、私の見解としては言うなれば「フレーミング」だったと思うのです。
 「後知恵編」にも似たようなことを書きましたが、当時、サミットに参加して数年、経済大国という自負と、文化国家としてはどうなのだ?というコンプレックスを抱えたところに、5万円のチケットで、映像で見ると(見ると、です。決して耳からの情報ではなく)手が震えていた。そこに骨董品発言。言った人間の意図はどうでもよく、言葉だけが広がってしまう。
当時は広まるからにはそう考える合理的理由があると、私はそれを探した訳ですが、今はあれがまさしくフレーミングだったと思い当たった訳です。

 それでコンサートの善し悪しは別として(最初のコケ具合は確かにすごかったので)、あの現象については私一人で納得した訳ですが、今度は別の悩みが出てきてしまったわけです。
私はこの出来事の後、吉田秀和という評論家にあまり重きを置きたくなかったのですが、同時にその実力を認めないわけにも行かなかったのでした。そして漸く吉田解禁状態になることが出来た去年以降、以下の思いが強くなって、はっきり言って拷問に近くなりました。つまり

 吉田秀和氏がもしあのコンサートをフルに聴いて、途中でコメントなどもせず、その音をゆっくり言語化して後、あれを表現したとしたら、果たしていかなるものになっていたのであろうか。
 

 評論家はちゃんと聴いている人とそうでない人がいます。昔NYTでどうかと思う評もありましたし、これはちょっと畑違いですが、三島由紀夫にインタビューしたNYTの著名な評論家は三島を録に読んだこともない大馬鹿者だったとドナルド・キーン氏が何かに書いていたのを読んだことがあります。同じ国なら、有名だけどあの人はアテにならないとの評判もあるでしょうけれど、他国では判りません。だからこそ、私は吉田秀和という人物の評を読みたかったのです。

 「演奏編1」にも書きましたがポゴレリチは前半終了直後から熱烈なスタンディングオーベーションをしていましたし(もちろん後半も)更に終了後のインタビューで誉めたにもかかわらずその部分がカットされた事を怒っていました。また去年の「ぶらあぼ」の10月号では、数年後、六本木のお寿司屋さんで件のコンサートビデオを観たアルゲリッチが、最初こそこれはひどいと涙ぐんだそうですが、その後は凄い凄いを連発していたという松尾楽器の社長さんの話を聞くに付け、あの時のホロヴィッツはこの人達さえ唸らせる何かがあったと思わざるを得ません。
今思うと、彼なりの今までの手慣れた安全地帯から全く新しい境地を切り開こうと踏み出しかけていたのではないかと思います。
アルゲリッチとポゴレリチ、この二人が反応した部分は間違いなく私には判らない世界であり、私が骨董の目利きなど全く出来ない人間であることを考えれば、「吉田~、どうしてこれを私たちに判るように言語化しないんじゃーーー!おまえなら判っただろうにーーーっ!」という悔しさも募るのでありました。
それこそが、前半終了時でのインタビューなどという暴挙でなく、全てが終わった後にきちんと言葉を聞いていたら、歴史に残る評になったかもしれないのにと残念に思う理由です。
「心の~」の番組の中で「ホロヴィッツは素晴らしかった」と吉田氏が言ったのを聞くと尚更ですし、もしこのバッシングがなく、ホロヴィッツがひらこうとした新しい境地がもっと完成されていたらと思うと残念でなりません(この事件の後、私は元のホロヴィッツという今まで人気だった型にかなり戻ってしまったのではないかと思っています)。

 もっとも吉田氏は言語化は当時も出来ていたと思うのです。少なくとも後半は聴いていた訳ですし(ですから吉田氏のコンサート評でのテレビの方が良くきこえたという普通では有り得ない記述にも私は別の意味で納得しました)。でもあのフレーミングの最中、それをうち消す様な事を一個人に架しても酷かな、と思いました。特に発端となった発言をした当人の場合は。したとしても聞く耳持ってもらえなかった事は容易に想像がつきます。
巡り合わせが悪かったのでしょうね、全てが。
世の趨勢とは恐ろしいものです。演奏会終了後インタビューを受け、誉めたのに全くカットされていたと怒っていたポゴレリッチでさえ、数年後は世論に沿う発言をしています。日本発のこの騒ぎが引き起こした深刻さがわかります。たった6000人ほどしかこのコンサートを生で聴かなかったにも関わらずです。

 あれがなかったらその後の展開はどう違っていたのだろうと、色々頭を悩ませて頭痛が始まりそうな私です。


 最後に94丁目さんかアップしていただいた、氏のその時の批評全文を載せさせて頂きます。


 朝日新聞   ’83.6.17 夕刊 文化欄

音楽展望                 

ホロヴィッツを聴いて     吉田秀和

遅すぎた伝説の名演奏
ショパンに至芸の片鱗

 百聞一見に如かず。ホロヴィッツをきいている間、私はこの言葉を何度も噛みしめさせられた。その味は、いつも、苦かった。
 ホロヴィッツは今世紀きっての名手と称えられたピアニストである。その人が79歳の誕生日まで幾か月という時になって、ついに、はじめて日本のステージに姿を現した。
 私たちはこれまで、彼についていろいろな話を聞いたり、批評、評論を読んだりしてきた。レコードもたくさんきいた。演奏会の実況をTVで接する機会も、これまで2回与えられた。それでも、以上の全部を束にしても、今度実際に自分の耳と目で経験したものの重さには対抗できなかった。

事実の重みが苦く

 重みとは何か。今のホロヴィッツには過去の伝説の主の姿は、一部しか認められなかったという事実のそれである。私としては、彼の来日を可能にした人たちや、全演奏会を翌日一挙に放映したNHKの労を大いに多とする。しかし、この人にはもっともっと早く来てほしかった。
 私は人間をものにたとえるのは、インヒューマンなので好きではない。しかし、今はほかに言いようがないので使わせて頂くが、今私たちの目の前にいるのは、骨董としてのホロヴィッツにほかならない。骨董である以上、その価値はつきつめたところ、人の好みによるほかない。ある人は万金投じても悔いないかもしれないし、ある人は一顧だに値しないと思うかもしれない。それはそれでいい。
 だが、残念ながら、私はもう一つつけ加えなければならない。なるほど、この芸術は、かつては無類の名品だったろうが、今は―最も控えめにいっても― ひびが入ってる。それも一つや二つのひびではない。

 彼の演奏では、音楽が続かなくなった。少し進んだかと思うと、ひびの割れ目におちて、音楽が途切れてしまう。忌憚なくいえば、この珍品は、欠けていて、完全な形を残していない。
 それは特に、ピアニストが絹糸のような繊細で強靭な弱音で、陰影の濃い音の生地を織り続けようと努力している時、際だって見えてくる。それは、もう、昔の出来事というより、心の中の出来事と呼ぶにふさわしい。そこにある種の感動を誘う力がないわけではない。けれども、ピアニストは、音が全く消えたわけではないことを証明するかのように、思いがけぬ力強さでバスを鳴らしたりする。それは必ずしも、いつも、前後との論理のつながりが明らかでないので、聴衆を驚かす効果に終わってしまうことが多い。個々の音の輪郭がはっきりしない場合もよくある。それは子音が明確でないので、意味の通じにくい、この人の話し方を連想させずにおかぬ。

 この夜の曲では、最初のベートーヴェン(作品101のソナタ)よりシューマン(謝肉祭)がまし、シューマンよりショパン(ポロネーズほか)がもっとよかった。特にショパン、それも練習曲(作品25の7)の演奏では、話にきく、ほかに比較するものなく、かけがえもない魅惑の一端にふれることができた。
 やはり。この人は正真正銘、混ざり気なしのピアニストであることを手応えで実感できた数分間である。これはベートーヴェンよりシューマン、それよりショパンが、最もピアノの精髄に根ざす音楽を書いた証拠といってもいい。ピアニストの本能が、それによって呼びさまされるのだ。

 私は去年のロンドン公演を録音した最新のレコードをきいて、この人はもう誰それの何という曲をひくというのでなく、ある曲を前に、自分が何を見、何をきくかということだけを、心の赴くままに語る巨匠になったのかと想像した。しかし、それは半分しか当たってなかった。あのレコードは、どこまで忠実な再現だったのだろう。もっとも、演奏は、器械を通じて経験すると、どうしても何かが変らざるを得ない。ホロヴィッツも実演の翌日TVでみたが、ここでも、前夜の痛々しいまでに風穴のあいた印象はずっと柔らげられていた。
 たしかに、何をひこうと、彼はそれを完全に手中のものとし、自分の音楽にしきってひいている。<謝肉祭>では興味深いアクセントづけが随所にあった。ベートーヴェンでは、あの沈鬱で内政的な開始の仕方は、かつてみない着想だと思った。しかし遺憾ながら今彼には、その着想を充分に肉づけして提出する力が充分にはなくなった。あれでは油絵を白黒写真で複製したようなことになる。せめて、第一期のTV放映のあったころ、できれば、その前、長い沈黙のあとカムバックして間もないころ来ていたら、私たちにも、全盛時代の幾分かが伝わってきたろうに。

敏感な本能生きる

 今度の演奏から推測できる限り、彼の芸術は、ほとんど本能的といってもよいほどの異常に敏感な感性に根ざすもので、全盛期でも、彼は全く余人の真似を許さぬ演奏をしたのだろう。それはまた、彼の独特の不思議な指使いその他の技巧と不可分だった。それが、第一回のTVの時、私に強烈な印象を与えた基になったのだが、今みると、その両者の結びつきにがたがきている。もう思ったようにひけない。だが、本能は生きている。

 もちろん、79歳という高齢だから、肉体が衰えるのは当然の話だ。だが、高齢の名手は、彼が最初でも、唯一でもない。コルトー、ケンプ・・・・・・・私がザルツブルクでバックハウスをきいた時、彼は実に84歳だった。その時、かつては鍵盤上の獅子王と呼ばれた老人は、思いもよらぬ温かく深く柔らかな音で、ブラームスの第二ピアノ協奏曲のソロをひきはじめ、ひきおえた。それはブラームスの音楽であると同じくらい、彼のものであり、ピアノ音楽になりきっていた。
 もちろん、人間の年のとり方は千差万別。八十の人にできることが七十の人にできないといって責めるのは正しくない。だが、現役で働いている以上、批評の対象になるのはさけがたい。ホロヴィッツが、ショパンで往年の至芸の片鱗を垣間見させたのは事実である。だが、それは名品の一片だ。今の彼はどんな気持ちでステージに立っているのだろう。彼が、やれるだけのことを、誠実に、一生懸命にやっているのは事実である。跳躍の多いパッセージで見苦しい音のはずし方はしまいと、テンポをゆるめても一つ一つていねいに打鍵している様子は感動的ですらあった。「これ以上何を望むのか。過去の先入観からではなく、今の自分をきいてほしい」と彼はいうのだろう。だが破天荒の謝金を払う興業主、空前の入場料を払って集まった聴衆が、彼のかつての名声と無関係でないのは、彼も充分心得ているはずである。
 こんなことを書くのが、渡来の老大家に対し、どんなに非礼で情け知らずの仕打ちか、私も心得てないわけではない。だが、大家に向かって、いまさら外交辞令でもあるまい。

霧の彼方になおも

 こういう私でも、かつての彼の天才ぶりを疑うことはできない。あの、ピアノを鳴らすことにかけては天下一品の名手、自分の天分に底ぬけに楽天的自信をもっていたルービンシュタインが、名声の絶頂期にいる時、ホロヴィッツのデビューをきいて、絶望し、自殺を考えたというのは、彼が自伝で告白している。ホロヴィッツの演奏に関し、これ以上の専門家の鑑定書はあるまい。それがどんなに輝かしいものえあったか、どんな高みからピアノ演奏の芸術を支配していたのか。このことは、今度の実演をきいた後も。きく前とほとんど変わらない位、遠い霧の彼方に残ったままだった。(音楽評論家)

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コメント

私は先週教育テレビで見ました。
吉田秀和というとどうしても「ヒビの入った骨董品」が頭に浮かびます。当時何て失礼な言い方なのだろうと思っていました。
ぽんずさんと仮装ぴあにすとさんのサイトで「ヒビの〜」を読み、否定的だった考え方が変わった次第です。居眠りには驚きましたが・・・。
演奏を全部聴かないでコメントをということがそもそも間違いであり、そういう前提で吉田氏が話したにも拘わらず編集作業や特定の言葉を繰り返すことにより「ヒビの入った骨董品」がひとり歩きしてしまったのだと理解しました。
今回もホロビッツに対して否定的なことは仰っていませんでした。
吉田氏の音楽、美術、教育に関する業績は素晴しいものだったと評価します。
レポートとし書くのではなく、言葉でつづる大切さを感じました。久しぶりに良い番組だったと思います。

はるぴょん様

 もうこんな愚痴につき合わせてしまってごめんなさいです。それでもつき合って下さってありがとうです。こうやって話すと楽になれそうです。コンサート記事の時はこんなにはっきりとは書かなかったのに(演奏編1のvip氏です。結構ズケズケ書いたかも(笑))、今大書きしてしまってから、なんて執念深いのかと自己嫌悪に陥ってました。確かにしつこいです(^_^;)

 先週の放送、疲れて寝てしまったんです。再放送はもう偶然でした。

>演奏を全部聴かないでコメントをということが
>そもそも間違いであり、
 私もそう思います。これも骨董発言と同じ位根拠不明の流説ですが、あの番組自体、音楽担当ではなく報道か何かの、NHKの花形チームが仕切ったという噂をあの後小耳に挟みました。真相は全く不明ですけど。
ただそんな噂が流れる位、休憩時のコメとりには違和感を持った人がいたのかもしれません(別な経緯ででた噂かもしれませんが)。私も聞いて、そうかも、と思ったクチです。

 休憩時にすぐ、ということで、吉田さんも準備していたと思うんです。だから起きていたとしても、言ったことはあまり違わなかったのかもしれないです。ただあの方、ちょっと話し方にぶっきらぼうなところがあるし、当時の私の偏見によると、いかにも寝起きで口の戻りが悪かったんですよ。それで余計にけなした様に受け取られてしまったのではないかと思います。

 私も朝日新聞なので、後知恵編のコメントにアップして頂いた吉田さんの評、当時読んで恥ずかしながら腹が立ちましてね。きっと寝てしまったことをさりげなく隠したような、言い訳めいた文に読めてしまったのです。TVの方がアラがなかったとか書いてあって、そう言う意図はなかったんでしょうけど、どうしてもそう読めちゃったんですよ(笑)。
こんな読み方は、あの場にいなければしない読み方なので、なかなか他人さまには話せなくて。結構孤独だったわけです。

 それでもこうやってはるぴょんさんと、この話ができて、随分すっきりしました。
今度どこかでお会いした時は、おごらせてくださいな。と、言っても多分お茶くらいですが^_^;

私のピアノの先生が小学生時代ホロビッツの生の演奏を聴いたそうです。さらっとカーネギーホールでと仰り、びっくり。83年の演奏は行けなくて後で録画で見たそうです(録音だったか?)。小学生時代に聴いた演奏が素晴しかったため、83年の演奏のミスタッチの多さには本当に涙が出るほどだったと仰っていました。あの演奏を素晴しいと聞いて理解できるようになったのは今の年齢になってだそうです。人それぞれ感じ方が違うし、技術が完璧でなくても心に直接訴えかけるものがあると・・・。
ホロビッツの素晴しさは次元が違うのだそうです。

ぽんずさん、またぜびお会いしたいです。

スカルラッティが素晴しそうです。

はるぴょん様

小学生の時カーネギーホールでって、それは凄すぎではないでしょうか^_^;そう言う体験の持ち主は、世界規模でもあまりいらっしゃらないのではないでしょうか。

>あの演奏を素晴しいと聞いて理解できるようになったのは
>今の年齢になってだそうです。
>人それぞれ感じ方が違うし、技術が完璧でなくても
>心に直接訴えかけるものが

 あの演奏には確かに何かが、生で聴くという臨場感や興奮状態以上の何かがあったと思います。ミスが多かっただけに、却ってそれが私でも判ったし、演奏自体も不思議なものでした。
私はそのはっきりとはしない何かを、もう少しはっきりと掴みたかったのですが、あの一斉バッシングで細かい声は皆かき消されてしまい、記憶の鮮明なうちに情報を手に入れる事が出来なくなってしまいました。
私はこの事に一番腹を立てたのだと思います。吉田さんには、その一端を担った訳ではないですが、八つ当たりしたのだと思います。
あの演奏を「良い」と決めつけたいわけでもなんでもなくて(と心がけてはいるのですが、自信はありません)、ただ、あの掴みきれない何かをもうすこしだけでも、はっきりさせたかったのです。
よしこさんのサイトでポゴレリッチがインタビューで誉めたのにその部分がカットされていたという話を読んだ事を思い出しました。マスタークラスを聞けば、ポゴレリッチは演奏を分析して言葉で表現する訓練はみっちり積んでいそうなので、カットされたのが残念です。

 私は行けませんでしたが、一昨年のポゴレリッチのコンサート。あの演奏もきっと普通ではない何かがあったのだと思います。だって、演奏会初体験で、チケット譲ってもらって何も知らずに聴いて「とても良かった。また行きたい」とあったブログを2つ読んでるんです。普通の状態だったら考えられない事です。
直に聴かれたはるぴょんさんがとてもうらやましいです~~(T.T)


もう一度はるぴょん様

 スカルラッティ、カーネギーでの事でしょうか。素晴らしかったと思います。CDで聴いただけですが、私も好きです。
スカルラッティと言えば、ポゴりんのスカルラッティも好きです。
あのロ短調k.87を15分位かけて弾いてくれると嬉しいかも。
私病気かもしれませんフキフキ "A^^;

 って、なんて長さのコメントなの。
ご、ごめんなさい~~~m(_ _)m

こんばんは、気付くのが遅れましたが、またホロヴィッツのことを書いてたのです
ね。他ならぬぽんずさんのご意見、心して読ませていただきました。思い出せば
一年ほど前、ふとGoogle検索でぽんずさんのブログを発見し、’83初来日の思
い出を書き綴っていたのを見つけて、とても嬉しくてコメントを残したのが最初でし
た。それがきっかけで、ついにポゴレリッチのコンサートでお会いできたのは、今
にして思えば不思議なご縁というしかありません。また飲みましょうね~♪

 さて本題、私の名前まで出していただいて恐縮です。同じようなことをしたこと
があって、すこしばかりいろんな資料を持っていましたので、ついしゃしゃり出てし
まいました。いろんなホロヴィッツHPを見ても、安っぽい2CHの掲示板を見ても、
吉田秀和=ホロヴィッツを「ひび割れた骨董品」と表現した というだけの情報し
かほとんど残っていないんですね。でも当時のビデオでその部分を聴いても、新
聞評を読んでも、切って捨てただけでなく、素晴らしかったと言ってるし、しかしな
がら良くなかった部分は的確に突いているし、これは真っ当な評論だと感じたの
で、つい紹介したくなったのです。そういう意味で某○野さんとかとは少し違うよう
な気がしたので。
 3年後の再来日の時でさえ、吉田さんや「徹子の部屋」で「ホロヴィッツは脳軟
化症のような状態で、何をやっているかわからないのかもしれない」と言った中村
紘子さんのことを敵とか許せない存在のように言う人がいたものです。その中に
は自分の偶像が失われたショックや、マスコミや他のピアノを聴かない人々から
の面白半分の「ひび割れてたんでしょう」などの心無い言葉とかへの全ての恨み
やイライラが、この2人に象徴的に向けられていたように感じたのです。

 改めて読んで、その上でやはりきつすぎると感じることもあるし、そういう表現
は使うべきでないという意見もあると思うし、いろいろでしょう。そして今読んでも
吉田さんの評論は、その議論に耐えられるような、確固とした評論だと感じま
す。きちんと聞いた音楽のことを伝え、論じている。いろいろケチをつけるだけの
価値もある。それでいいのではないでしょうか。最初の1時間聴いた感想として
「骨董品」という言葉を用いたのは、やはり素晴らしいと思います。それにしても
ずっと寝ていたとすると、それもまた凄いことですね。ちょっとその点は気になりま
した。

94丁目様

 いらっしゃいませ。
mixiコミュでのトピック、大変興味深く読ませて頂いております。一層の活躍、期待してます。

 その節はごちそうさまでした。美味しかったし楽しかったです。ありがとうございます。
それなのにお礼のメールも差し上げず、本当に失礼致しました。随分経ってから差し上げてなかった事に気がつきまして、もう穴があったら入りたかったです(大汗)。

>心して読ませていただきました。
 滅相もない。ほんとに愚痴だったんです。
去年の94丁目さんの情報で、もう一度しっかり読み返すことが出来ましたし、当時からTV放送は観る事が出来たという事実は動かし難かったですから。
ただずっと私の中でなにかもやもやした部分があったことは事実で、コメント欄ではるぴょんさんとお話したり、それ以外でもやり取りしたりしてはっきりしてきたのは、きっと吉田さんのいびき事件を普通に話す場所が欲しかっただけではないかと思った次第なんです。
それが最初から判っていれば、寝てしまった評論家の一事例として書けたと思うのですが、愚痴を書くまでその事に私が気付いておりませんでした。事実、コメントではなかったのですが「疲れてたんじゃない?」と普通に言われて、私も、「そうよねえ」と普通に答えてしまいました。コンサートを聴くのが仕事というのは激務だとしみじみ思った次第です。

>自分の偶像が失われたショックや、
>マスコミや他のピアノを聴かない人々から
>の面白半分の「ひび割れてたんでしょう」などの
>心無い言葉とかへの全ての恨みやイライラが、
>この2人に象徴的に向けられていたように感じたのです。

 私もそう思います。それに94丁目さんの様にご自分できちんと調べて、そこから得た結論は、自分としても納得できるし、人にも臆せず説明できますが、その手順を省くと、内心忸怩たるものがどうしてもでてきてしまうと思うのです。私も今まで調べようとしなかった自分自身に対する憤懣があって、それを寝ていた吉田さんに責任転嫁をしていたのだと思います。
ここに達するまで、随分長い道のりでした。去年のうちに到達するのが普通と思われるでしょうが、こんなにかかってしまいました^_^;

>ずっと寝ていたとすると、それもまた凄いことですね。
 「演奏編1」に出てくるVIP紳士が吉田さんです。
オーダーメイドだと思いますが、生地も仕立ても素晴らしい背広を着てらしたんです。私はもうミーハーで周りをキョロキョロしていたものですから、不躾にも上から下まで眺めてしまいました(笑)。

>ちょっとその点は気になりました。
 私が見間違いをしていなかったと仮定して、ですが、
トータルで見て、評論家としてその当時どの程度信用できたのか、実は結構悩みました。レコード評だとなるほどと思う部分が多いのに、インタビューですと、話し方が威張って聞こえてしまうこともあって、ちょっと不安になったり。批評のでた演奏会に行く機会など滅多になかったですし。
とはいえ、寝てしまったことは失敗が多い私が言うのも何ですが、人間誰でもうっかりとか、ついとかはあるだろうとは思っていました。
そしてこのホロヴィッツの評に関しては、上に書きましたようにTVも観たでしょうし、話題性から言っても吉田さんとしては力を込めて書いたものだと思います。
もっともこれは私より、94丁目さんの方が的確な判断をして下さるでしょうから、私は茶飲み話部分(背広とかヘアスタイルとか)担当でいきたいと思います。

 わざわざコメント下さってありがとうございます。もっとまともなコメントをお返しできれば良いのですが、私のこととて、こんな流れになってしまいました。

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