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2007年11月の8件の記事

2007年11月23日 (金)

家族の異変。第一ラウンド

 先週火曜日、胃の内視鏡検査を受ける母に付き添っていったところ、大きな腫瘍が見つかってしまいました。内視鏡画像ってどの位の大きさなのか判らないのですが、写ったそれは結構大きめ。
翌日水曜日と土曜日にCTとバリウム検査が填め込まれ乳腺でお世話になっている事もあり大学病院へ紹介してもらう手はずもその日に決定して家に帰りました。

 帰る車の中、「どうしてもっと早く発見できなかったのか」と悔やむばかり。その後落ち着いた時家族で話をしたのですが、うっかりやつい、またはたまたま巡り合わせが悪かった、という事例が10個近く重なって今のこの状態に到ったみたいです。この10個の中のどれか一つでも回避できたら、早期発見、内視鏡による切除だけで済んだに違いないので、一層悔やまれます。
もうこの段階だと全摘は多分免れず、転移している可能性も大きく、そこまで考えると手術と化学療法で闇衰えた姿がありありと浮かんでしまうのです(涙)。
こんな事なら、大きさをはっきり聞いておけば良かった。下手に質問して医者に口ごもられたら隣にいる母が衝撃を受けるであろうし、母は8年前に乳癌を患ったので判るのですが、癌は取ってみないと正確な進行具合は判らないため、今内視鏡で見ただけでは大きさ以外の事は医師にもあまり言えないだろうと考えて敢えて聞かなかったんです、私(号泣)。

 もうね、来年の桜は駄目かとか、後どの位かとか、頭の中はそんなのばっかり。夜になって卒塔婆小町になった母を想像できたときはさすがにこれではまずいと自分でも思いました。ここまで落ち込んでは良い結果は望めない・・・。「実は心配してないのよね」と母は言っておりましたが内心は多分似たようなものだと思いました。
これではいけません。前の乳腺の時に思い知ったのですが、ガンと戦うとき患者側に必要なのはある種の脳天気さなのです。明るい気持ちでないと病の思うままになってしまうのです。なんとか母の気持ちを引き立てないと!

 という訳でDVDプレーヤーを慌てて買って、母の好きなドラマのDVDを借りて来ました。水曜日、検査の後の夕暮れにたった一人で電気店に赴き、たった一人で荷物を持って家に帰り、たった一人テレビとデコーダーとケーブルテレビのコンバータのある我が家のテレビに繋ぎました。4時間かかりましたけど。でもこれで少しでも気が紛れればいいんです。

 気は紛れた模様です。一日9時間位観てました(汗)。おまけにご飯もおやつも沢山食べて検査で減った体重分もすぐ取り戻すしで、まあ卒塔婆小町は想像できなくなりました。うん。

 そしてめまいがあるので前回の時ほど動けませんが、少なくとも手術に耐えられる母の体力を取り戻すべく、夜遅くまでお料理したり色々しました。そんなあわただしい中土曜日の検査も終わり月曜日に内視鏡の医師から説明を受け(肝臓転移はシロでした。リンパはまだグレーですが転移は確認されませんでした。すこしほっ。)紹介状を貰い、火曜日は乳腺の担当医に挨拶がてら報告に行き、水曜日に紹介状をもって目指す診療科に出かけました。これからいよいよ本番です。もっと頑張らなくては。

 の、つもりだったんですが

 ごめんなさい。

あろう事か消化器外科の診察室で担当医師の説明を聞いている真っ最中に、私めまいで倒れてしまったんです。
そして関係ないのにそこの診察台で横になって、担当ドクターが身の回り品を持って別の診察室に移動させてしまったんです。もう一人が出張で不在のため忙しく、また実習も(多分)あったという、目の回る様な忙しさの中で。

 申し訳ありません。何というご迷惑を(大汗)。

 ごめんなさい。診察室前で右往左往された患者さん方。

あそこを占拠していたのは患者ではないこの私です(大号泣)。

 役立たず土左衛門を後目に、担当ドクターは策略を巡らし入院予約を何とか確保、そして術前に必要な検査を受けるべく他の診療科への紹介状を書いて下さいました。病院を出たのは午後4時近く。長かった。

 で、翌日、同じ病院で3科掛け持ち致しました。外科の担当ドクターの熱意に応えるかのように各科ドクターが出来るだけ体に負担をかけない様な日程で(無理矢理。時には直談判も)検査を組んで下さいました。ありがたい事です。実の娘は前日ひっくり返っていたというのに。

 という次第で、家族の異変、第一ラウンドはやや我が患者陣営の優位で終了したのでありました。

 つづく? 

2007年11月22日 (木)

冬到来

冬到来
昨日家族と今は晩秋か初冬かと話していたのですが、
ははははは・・・


まだ夏タイヤ(涙)

2007年11月11日 (日)

冷たい雨が降る日には

 冷たい雨が降る日には

何気に気分も沈みがち。

 自分で自分を鼓舞するために鏡に向かって「はい、チーズ」

 どうしてオタフクが映っているのよーーーっ!

 見事なオタフク顔ではございますが、当方決して偽装はしておりません。

・・・多分(^_^;)

2007年11月10日 (土)

カリンとマルメロ

 ネットで美味しそうなマルメロジャムの作り方を見つけたので、マルメロを買ってみました。ポピュラーな砂糖煮は今ひとつ美味しくないんですよね。
「ギリシャごはん」様の「マルメロのシロップ煮(保存食)」を参考に作らせて頂きました。シロップ煮ではなくの今までジャムだと思って煮詰めちゃいましたが、美味しかったです^_^;)


 マルメロを買った筈なのに袋に「本カリン」と書いてあって一瞬硬直。即座に包丁を突き刺したところ「ぶすっ」と刺さったのでマルメロであることが判りほっといたしました。

 Quince2

直売所で買ったマルメロです。産毛があるの、判りますか?

 我が家には家訓があるのです。「カリンには手を出すな」

 かなり前、カリンとマルメロの違いを知らずに「カリン」を貰った事がありました。下さった方はこんなもの持ってきて良かったのかと不安顔。更に、困るから喜んで持ってきた、とのこと。
つまり、庭にカリンの木がある訳です。で、夜庭に行くと落ちたカリンの実に躓いてつま先を怪我するらしいんです。危ないから集めて土に埋めているんだけど、固くて腐らないからもう埋める場所がないので「困って」持ってきたんだそうで、
「持ってきて良かったの?」ともの凄く不安そうに訊かれても、さすがに頼んだ手前いらないとは言えなくて、山ほどのカリン、受け取りました。

 いやはや包丁が折れるかと思う程のもの凄い固さ。全く木。見るからに木。殆ど材木。
後日聞いたら「ナタでないと切れない」だそうで。やっぱり材木だわ。
ナタないもの、包丁で切りましたよ、家族総出でローテーション組んで「お願い、あと3分頑張って~、まだ腕がしびれてるのよ~」と叫びながら(涙)。

 切った後煮たわけですが、煮ても煮ても、少しも柔らかくなる気配はありませんでした。トータル二日ほど煮込んだ後、あきらめてシロップのまま瓶に詰めて一年くらい放置したら漸く少し柔らかくなったかな。
躓いて怪我をする事より落下したカリンが頭に当たってまだ誰も死んでないことに心底驚きましたけど。

 たまにカリンとマルメロを同じ台で売っているのを見かけますが、我が家はカリンには絶対手を出さない様にしています。

 でも呼び方が混乱しているのよね、どっちも「カリン」になってたりして。それで包丁を突き刺してみたのです。刺さればマルメロですから(笑)。

 ちなみにカリンとマルメロの見分け方です。
カリンはマルメロに比べて実が小さく、産毛がなくて艶があります。色はマルメロより濃いのですが香りはマルメロ程はありません。カリンは咽や風邪の薬には良いのかもしれませんが、普通に砂糖煮やジャムにするのなら包丁で苦労せず切れるマルメロの方を、私はお奨めします^_^;

 ペクチンだって、ほらこんなに。

Quincejam3 ←作ったマルメロジャム。ボトリングした残りです、もうこんなに食べた訳ではないので念のため。


 ウィキペディアに「カリン」の写真がありました。つるつるでしょ。(「カリン」の項目と「マルメロ」の項目)

2007年11月 6日 (火)

思ひ出はいつでも・・・

 ちょっと前ですが学生時代の友人にばったり遭遇しました。

 この彼女、見栄の様なものはまるでなくて、悪口を言っている姿なんて見たことなくて、ユーモアがあって、私なんて彼女にどれだけ救われたか知れない人でした。時間が無かったのと、そんな事吹聴する人ではないので友人の今の事は殆ど聞けなかったのですが、地面を一歩一歩踏みしめる様な、そして歩いて来た道を確実に自分の糧にしているような(おまけに当の本人は無自覚かもしれない)、そんな人生を送っている様な感じがして、おお、と畏敬の念に打たれたのでありました。やっぱり違うよね、私がどんな馬鹿な事言っても嫌な顔一つしなかったもの、あの若さで。大変な違いよね、としみじみ思ってしまいました。大変な違い・・・。

 そう、当時の私の困った行動が走馬燈の様に頭の中をぐるぐると駆けめぐって行くのです。平均レベルでみても人間としてかなりまずかった気がするし、更に悪いことには、私彼女になんかとんでもなく悪いことを言った気がするのです。思い出せないけれど何かしでかしてる、何か言っている、私の自己否定傾向がやや強い分を差し引いても、それでも絶対何か悪事を働いている!

 一体私は何をしでかしたのだろう、思い出さなければ、いえ、恐ろしくて思い出したくない。でもでも、このままでは身の置き所も無いわ~~~。

 と叫んで、ショックで寝込みたかった私です。

 思い出はいつだって、十倍濃縮穀物酢の様に、エイリアンの強酸性の血のように、一度浸れば恥ずかしさに身も溶けるほど激烈に酸っぱいのである。その酸っぱさの前には甘さなどなんの力もない・・・、嗚呼(涙)。

2007年11月 4日 (日)

それはバナナの様に・・・

 それはバナナの皮で滑って転ぶのと同じ位に、あまねく世の中に知れ渡っているにもかかわらず実際には殆ど発生しない出来事だと思っていました。














P1000005s

 本日発見。

 信じられない~。自分が当事者でなくて良かった。いえ、目撃者になるのもかなり嫌。

 腰掛けた人、無事だったんでしょうか。ベンチの傷はまだ新しいんですけどフキフキ "A^^;

どうしてこうも投げ出すんでしょう

 安倍前首相辞任の時に記事を書いたのに、今回何も反応しないのは不公平とも思うので記事にします。

 今日4日午後、小沢一郎代議士が民主党党首を辞任する意向を発表しました(読売の記事です)。

辞表は鳩山幹事長に渡したそうですが、鳩山幹事長は「認めない。預かっているだけ」という状態なのだそうです。

 記者会見のダイジェストを見たところ、辞任の理由としてまとめてしまうと
「党首会談で出た自民党との連立提案を、持って帰って役員会に諮ったところ反対された。これは不信任に等しいので辞任する。」、
「民主党はまだまだ政権を担う力が無いので、連立を組むことによって、政権担当能力のある政党に鍛えたかった」、
「国民の生活に密着した政策は衆議院で自民党が過半数を握っている今のねじれ状態ではとうてい実現できない」、
「自衛隊の海外派遣について、国連決議が必要という自分の主張に自民党が歩み寄った。この機を連立拒否によって逃したく無かった」
と、私が聞けた範囲ではこんな風に言っていたのですが、もう何というのか、長年培っていた(自衛隊の海外派遣の事)構想が駄目になりそうなので止めますって、安倍前首相の辞任会見の言いぐさとそっくり。これにブキミ発言を続ける鳩山法相を入れると、国会食堂の水に薬でも入っていると思いたいです。これをしらふで言われるよりはまだ薬を飲まされていた方がましですわ。

 小沢氏が連立を持ちかけたという情報があるのですが、民主党側は否定しています。非公開の会談に持ち込んで、小沢代表が長年夢見ていた自衛隊の海外派遣恒久法をちらつかせ揺さぶりを掛けたのでしょうか、福田首相は。だとしたらなかなか策士ではあります。こういう策略も政治家には必要だとは思いますが、それをして良い大前提は、少なくとも政権交代が「ある」国の話でしょうが。

 民主党が参院選で勝って何が起こりました?厚労省からフィブリノゲンの書類が出てきたし、守屋事務次官の証人喚問(参考人ではなくて証人)は動画で放送。
これだけの事が、参院選で自民党が過半数をとっていても起こったと思いますか?
私はそうは思いません。気まぐれではない、政権交代可能な野党が与党や行政府の視野に入って来たから出来たのだと、私は思ってます。そして民主主義の他の国ではどんな秘密書類でも、政権が交代すれば他の政党の目に触れるんです。だからどんな機密の中でも無意識に他者の目を意識できるんです。

 記者会見で「政権を担える力がない」とか言ってましたが、誰にも最初の一歩はあるんです。やらないうちに力なんて付かないんです。やれと言われたら黙ってやりなさい。与野党が対立していたら、対立の中から到達点を探ればいいじゃないですか。今までやった事が無いなら、これから始めればいいでしょう。大統領と議会が対立なんてアメリカでは何度もありましたしこれからもあるでしょう。誰かその事について苦情を言っていますか?

 私はここ数年、選挙は支持政党よりはまず野党が伸びる様に投票してきました。親の盤石な地盤をついで組織で票割ができる選挙しかしたことが無い小沢さんには判らないかもしれませんが、ニュースを頼りに票読みしている個人もいるんです。そういう人間にとって一票がどれだけ貴重かわかっているんですか。それを選挙公約にも無かった自衛隊の海外派遣で辞任だなんて、一体何を考えているの。
 
 思い起こせばその昔、細川政権でフィクサーを演じようとして政権自体が崩れたし、土井たか子を衆議院議長に強力に押して(社会党は大惨敗してましたが)もっと訳わかんなくしてしまったし、潮目が来ると自分で壊しているようで正直この人には不安がありました。でも私は今代表を辞めろとはいいません。GPSを持たせて監視しながら(←ここは冗談です)そのまま代表として暫く晒しておいて、地盤も看板もない議員の爪の垢でも煎じて飲ませなさいと言いたいです。ほんと。

この記事は、夜書きましたが、アップの時間は午後に設定しました。前回と同じく、今回もたまたま調子の悪くて、それなのにこんな記事をトップにおいて置きたくないし、日曜日の夜、こんな記事とてもではないけど他人様には読ませられませんです(涙)。
 

2007年11月 2日 (金)

何処までも道は続く

 先週、めでたく道を間違える回数の記録更新を成し遂げてしまったため、今週こそは間違えずに過ごそうと知恵を絞ったワタクシ、突然閃いてしまいました。

「曲がるのを忘れるなら、曲がらずに済む道を通ろう」

 という訳で、月曜日早速実行してみました。でもさすがに曲がらずに済む道はなく、基本的な所であまり曲がらない道を選択。期待を込めてずんずんずん。

 と、道の行く手に何かが見える。近づけばそれは「この先通行止め」の看板とパイロン。ついでに迂回路の大きな矢印→。

 暫く通ってない道だったので、道路工事の真っ最中だったなんて露ほども存じませんでしたけれど、曲がらないためにわざわざ通った道で、真っ直ぐ進めないって一体どういうことでしょう。

 という衝撃のスタートを切った今週でしたが、何故かその後道を間違える事もなく、家への道を忘れることもなく、普通に順調に過ぎたのでありました。ああ、私のお脳も普通な動き方をするようになったのね・・・、と、ちょっと感慨に浸ったりも。

 そしてウォーキングに行こうとして外に出ると、何度見ても人気の全くないご近所の庭からカマで草取りをしている音が聞こえてくるのでした。その時ごく普通に「ここの人は透明人間だったんだ」と考えて平然と10メートルも歩いている自分を発見した今日の夕まぐれ、道を間違えない事に注意を注ぐあまり、脳の別な機能に壊滅的打撃を与えてしまったのではないかと怖れ戦いた私なのでした。

 大丈夫、多分大丈夫・・・(ぶつぶつぶつ)

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