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2009年6月の9件の記事

2009年6月25日 (木)

ぽんず家の惨劇 きゃーっ!2

 1は正式リリースであったのか?という疑問はさておき、昨日の病院騒ぎと同時進行で更なる災難に見舞われておりました。

 お台所にアリの大群が押し寄せてきたの・・・(号泣)

 アリなんてただでさえやっかいなのに、今回は後ろの壁から吊り戸棚の中に侵入してしまって、棚の中のものを全部出す羽目になりました。気持ち悪かったです(大号泣)

その間、ずっと上を向いていたので、ちょっとめまいと吐き気も出ています(更に大号泣)

 でも、それより何より一番堪えたのはこんな惨事の中、『泣きっ面にアリ』程度の言葉しか思い浮かばない自分のひねりの無さでした。
とんでもない極悪アリが住み着いて、居住不能になった家さえあるというのに、そんな事で衝撃受けてる場合ではないと思うのですが、でもショックなのです(更に更に大号泣)

 弱り目に祟りアリ

 まだ言ってる自分が哀れ(T.T) 

2009年6月24日 (水)

肺炎じゃない疑惑

 度々お騒がせの家族A。先月の肺炎騒動以来今ひとつ調子がすぐれず、でも病院で点滴したらという家族の度重なる意見は聞き入れず、なんとなくぐずぐずと過ごしていたのでありました。
が、今日はいかんせん調子が悪かった様で、ついに白旗を掲げ病院に行く気になったのでありました。
でも2キロも痩せてしまったんですよね。胃のない人間にとっての2キロって、もの凄く貴重なのに・・・。

で、行きました。

 病院なので毎回違う医師。

 今度の医師は
「これは肺炎じゃなくて非定型性抗酸菌症です」とのご託宣。
「それ、なんですか?」と思わずワタクシ。
「ネットで調べてみて下さい」と、応える医師。
ほんとに、こんな風に言う人いたんだわ、と、驚いているうちに診察は終わり、抗生剤を処方され、ついでに点滴もしてもらって帰ってきてしまったのでありました。

 それで早速調べてみました。「非定型性(非結核性)抗酸菌症」
結核菌の親戚筋の細菌で、何処にでもいる菌だけど、昔結核などで肺に空洞がある人などが年をとって抵抗力が落ちると発症する日和見感染な病気らしいです。
結核に無縁な中年女性も原因不明で罹患するようです。女性の罹患率高し。
家族Aは十代の頃肺門リンパ腺に罹っているので、なっても不思議ではない様です。

 検索で上位にヒットしたいくつかの説明サイトは、説明の順番までとてもよく似た、多分医学書を丸写ししたものでしょう。判りにくい病気の説明の時に医学書のコピーを渡すのと同じようなものですが・・・。

でも、
でも、

私の今までの経験から言えば、医学書通りの治療をしている医師なんていないんですけど。
だから治療法まで写してあるサイトなんて、患者は却って混乱するんですけど。
そして家族Aへの説明役は私に丸投げですか(汗)
ちょっと調べただけでは説明なんて出来ないんですよ(涙)

などとぼやきながら説明しようと更にググってみれば、不吉な予感の通り抗生剤は使わない派医師の証言が出てきてしまいました。家族Aにはどっちがいいかなんて微妙な判断、素人の私に出来るわけないじゃないですか(自爆)

 これでただの肺炎だったらゆるさん! と怒りつつ疲れました(T.T)

2009年6月21日 (日)

モズ家の惨劇。きゃーっ!

 植木屋さんによって巣作りには向かない庭となり、モズ雛目撃の期待の失せた我が家で、唯一の希望は、どこかは判らないけれどとってもご近所から聞こえるモズ親の威嚇の声でした。

 その声を楽しみに日々生きてきたのに、営巣最大疑惑地であるお隣さんに植木屋さんが入ってしまいました。そして、親鳥の威嚇の声も、やっぱりお隣さんから聞こえて来たのです。

 無事なのか、モズの巣

 耐えられるのか、モズ親とモズ雛

 はやく無事を確認したいのに、植木屋さんが去った後は毎日雨降り。もうどうしたものかとハラハラしどおしの我が家でした。

 そしてカラリと晴れた金曜日、朝も早くから親鳥の威嚇の声。
あれだけの大工事を生き抜いていたのです。なんと立派な事でしょう。
そして、更には、なんと親鳥に応えるように雛の声まで聞こえてきたのでありました。

 雛も無事だった。ばんざーいっ!(祝)
 
 と、一日喜んで迎えた土曜日の朝。洗濯物を干そうとベランダに出たとたん、縄張り争いをしていた雀と激突しそうになりました。
その雀(追っかけてる方ね)の威嚇の声が、モズ親の声だと思っていた声とそっくり・・・。

あれって、ひょっとして、雀の声?私が間違えただけ?

 そういえば、お隣さん(うちもなのですが)は、庇の上に雀が巣を作っているのです。庇の上なら、植木屋さんは関係ないとは言えるでしょう。
そして、今年は毛虫が多いからおかしいとは思っていたのです。モズが子育てをしていたら、毛虫は探しても見つからないのが普通なので・・・。
という訳で、やっぱりあれはすずめみたい・・・(汗)

 一家で気を揉んだ先週を返してっ!

 モズ雛が空から降ってきたおととしから、毎年毎年、胃の痛くなるような思いをさせられて、我が家の平穏は一体どこへ行ったのでしょう。 

 ぽんず家の惨劇。きゃーっ!(号泣)


 どうでも良いけど疲れ果てたわ(T.T)

2009年6月13日 (土)

的(てき)は近いぞ

 一昨年、我が家の庭に降臨し(リンク)、去年は一家の期待のなか、郭公が降り注いでしまった(リンク)、モズ巣作りの季節となりました。

 勿論、今年も期待はしているのです。モズ側も我が家を気に入ってくれたのか、とある日、モズが去年巣を作った木の天辺に止まり、その変わり果てた姿(2/3程まで刈り込まれていた)を呆然と見下ろしていたのを、家族Aによって目撃されているのでありました。
その木は隣に高い松があるため間違いなく郭公に見つかってしまう故、二度と営巣しない様にわざわざ刈り込んでもらったのです。これが家主の思いやりなのです。

嘘です。

 実は放置しすぎて庭師さんにも呆れられる状態で、それを一気に手入れして頂いたので庭のほぼ全ての木がつんつるてんになっているのです。
いや~、庭の見通しのよいことよいこと(汗) 
さすがにこれだけ刈り込んでしまうと、巣作りには不向きっぽい・・・。

 と、家族全員諦めかけていた頃、モズのあの声が聞こえて来るではありませんか。


 参考動画「去年のモズvsシロちゃん」

 即色めき立って庭に飛び出る我々。
しかし声はすれども姿は見えず。どうも家の庭ではないらしいのです。かなり近いとは思うんだけど、どこなのかも判らない。でも、近かったらまたモズ雛のホッピングがみられるかもしれない・・・。

 という次第で、現在夕方にご近所の庭の木の下に、用もないのに近づき歩くアヤシイ一家となっております。ご近所から絶対怪しまれている気がする・・・(^_^;)

2009年6月10日 (水)

カフェ『鍛錬』(嘘)

 本日、家族Aの付き添いで某大学病院まで行ってきました。
先月にオープンしたばかりの真新しい外来病棟。一応サイトの見取り図で場所確認をしていたのですが、大部分の患者さんとその付き添いはまだ「不慣れ」でうろうろ、それに流され私たちもうろうろ。
いやはや、右往左往している人しかいない人混みというのは、もの凄く疲れるという事が今日判りました。

 そんなこんなで異様に体力を消耗してしまい、病院内の食堂へ。地下にあった今までと違い、5階で見晴らしがよく、尚かつ屋上庭園まであるそうで、ワタクシ、病院で生まれて初めて胸を躍らせてしまいました(笑)

 眺望のよい最上階にどどーんと広がっていたのは、とってもお洒落なカフェでした。

 カフェ、なんて素敵な響き・・・。
メニューもとってもお洒落、ケーキもあってお茶もできるの・・・。

 って、地下の食堂にあったのと同じ「おやこ丼」を夢見て5階まで来た家族Aは、その場で殆ど倒れそうになっておりましたが(汗)
そして私は今から10年前、家族の初手術の前に同じ大学病院の入院棟10階にあるスカイラウンジ(ここもオサレなレストラン)で、みんなでお茶した時の悲壮感が甦ってしまってしばし棒立ちになってしまいましたが(倒)

 しかし我々は最初のショックからなんとか立ち直り、片や遠くに見える入院病棟を、片や近くにある屋上庭園で深刻そうに看護士さんと話をしている人を、それぞれ眺めつつ美味しくお昼を頂いたのでした。

 モダンな内装、きびきびとしたスタッフ、そして健康とは程遠いお客・・・。ここでゆったりランチをするには、私は修行が足りなさすぎる・・・(汗)

2009年6月 9日 (火)

本物のオリーブ石鹸はすごい

 2月の末にひょんな事から買った、パレスチナオリーブの「オリーブ石鹸」420円。それを長い熟成(放置とも言う)期間の後、いよいよ(しまっておいたのを思い出した、とも言う)使ってみたのでした。正直あまり期待もしておりませんで・・・。

 何故に期待をしていなかったかというと、オリーブ石鹸については遍歴があるのです。
アレッポの石鹸、名前を忘れた数々の石鹸、そして極めつきはマリウス・ファーブル社 サヴォン・ド・マルセイユ 木箱入り(リンク

 我ながら思い切ったものを買ったものだと(実は白状するのがかなり恥ずかしいです)思うのですが、アトピー持ちで皮膚科のカルテに「皮脂欠乏症」と書かれている位枯れきったオンナなので、市販の洗顔料の類はちょっとつっぱり過ぎてしまうのです。
使って無理がないのは皮膚科医推薦アトピー用の石鹸(持田製薬 コラージュD乾性肌用石鹸 リンク)かオリーブ石鹸。だからオリーブ石鹸お試しオンナになってしまったのです(笑)

 そして持田製薬の石鹸とサヴォン・ド・マルセイユとアレッポはどのくらい違うかといえば、マリウスやや有利という感じなので、石鹸もある範囲になるとさしたる違いは出ないもの、と私が思ってしまっても無理はなかったと思うのです。

ちなみにこれを表すと、

 使用感は

 マリウス・ファーブル ≒またはやや>アレッポ >持田 の順。

 持田はさすがに皮脂が残ります。そこは嬉しいのですが、それ以外のメリットが見つけにくいんですよね。

100グラム辺りのお値段は

 持田>マリウス・ファーブル>アレッポ>パレスチナオリーブ の順。

 特に持田はダントツに高いです。他の洗顔料と比べると安いのに。アレッポとマリウスは値段の違いほどの差はありませんでした(涙)

 そしてこのパレスチナオリーブの「オリーブ石鹸」はいかに。

  まず匂いはかなり青臭かったです。
洗ってみると、泡の肌触りは今までになくねっとりとして、うそみたいですがクリームで洗っている感じ。
「クリームみたいな石鹸」なんて広告代理店のねつ造だとばかり思ってましたが、ほんとにあるんだと妙な感動を・・・(汗)

そしてお風呂上がり。
嘘みたいな話ですが、顔がつっぱりませんでした。上にも書きましたように皮脂欠乏症なので、洗顔して顔が無事などという事はほとんどないのです。マリウス・ファーブルでも持田でも軽くつっぱり、況んや他の製品をや、だったのです。
そして、更に更にうそみたいな話ですが、洗い上がりがもちもちしました。手のひらを頬に当てて離すと、皮膚が手のひらにくっついてきました。さすがにこれは生まれて初めてでした。私、この石鹸の回し者ではないです(大汗)

 ドキッパリと言ってしまいますが、ぶっちぎりでパレスチナオリーブの勝利です。比較にならないくらいの差があります。

 

 これがヴァージンオリーブオイルの力か、と驚愕しましたが、パレスチナオリーブのオイルは昔ながらの圧搾方で、なおかつ濾過しないのだそうです。私は食べたことがないので判りませんが、今では珍しくなった昔ながらのオイルの様です。色が濃くて美味しかったです。

 そしてこの石鹸はナーブルスというパレスチナ西岸地区にある町で作られています。ここは昔から石鹸作りで有名な町だそうで、でも残念な事に材料を安いものに切り替えるなどした為に、今は本物のナーブルス石鹸と呼べるものは殆ど無くなってしまったのだそうですが、この石鹸は

ナーブルス伝統の石けん工場を営む家系の一つティベーレ家で、兄弟2人を含め6人の職人が働いています。ここでは地元のヴァージン・オリーブオイルを用いて、一切の香料・着色料などを加えずに作っています。純粋なオリーブ・オイルの石けん素地からだけ作っているので、工程にも十分気を遣わなくてはなりませんし、それを硬く圧縮するのに乾燥と圧縮の手間がそれぞれ工程一回分ずつ余分にかかっています。


こうして作られるオリーブ石けんは、最高の品質で、髪の毛までしっかり洗えます(註3)。そして実はこれこそが、かつては小規模に手作りをされ、いまでは失われてしまった、「本物のオリーブ石けん」のはずなのです。

『ぜいとぅーん』13号   本物のナーブルス石けんとは(リンク


 

 本当の本物って、すごい・・・という、我が人生でもまれにみるベタな感想をつぶやいてしまったのでありました(笑)

 11年追記

たまたま石鹸シャンプーを切らしたので、このオリーブ石鹸で洗い、酢でリンスしてみたところ、とてもふんわり、やわらかい手触りの洗い上がりになりました。
石鹸シャンプーは普通のシャンプーより抜け毛が少なくて済むので愛用していたのですが、この石鹸は桁違いに抜け毛が減ります。お風呂上がりにドライヤーで乾かして抜け毛が数本です。
そして使い続けておりましたら、お髪が増えた気がします。
これはお薦めです。


 注意

使い続けて判った事ですが、洗顔後つっぱりませんが、洗浄力はかなりあります。
皮脂は落ちてもオイルに含まれるスクワレンなどが補ってくれるので、そこは問題ないのですが、古い角質なども落としてしまう様です。使い続けて1ヶ月以上経ちましたが、つるつるです。
後に使う化粧水の浸透が良いのは嬉しいのですが、今まで微妙にグレーゾーンだったある化粧品がしみました。それ以外の化粧品は問題もなく、つるつるにはなるので私は構いませんが、人によっては洗い方に気をつけないと洗いすぎるかも知れません。
ちなみに私は指先が皮膚に直接触らない位の、軽い洗顔をいつも心がけている人間で、それでも普通に洗ってここまで落ちてしまいました。ステロイドなどで皮膚が薄くなっている人は要注意です。
それと目に入ると激しみます(笑) 


 参考サイト

  パレスチナオリーブのサイト(リンク

 オリーブ石鹸(リンク

 オリーブ石鹸をシャンプーとして使う方法(リンク

 パレスチナオリーブ製品を買えるお店一覧(リンク

 アムネスティ・インターナショナルショップ(健康と美容)でも買えます(リンク

2009年6月 6日 (土)

昔の私で出ています

 ここ数日というか、今週に入ってからずっと調子が悪く、でもどうしても休めなくて。そうしたら昨日強烈なめまいに見舞われてしまいました。トラベルミンを飲んで備えていたにも関わらず、最初の一撃で涙でました(涙)

 それでも昔に比べてよくなったのと、鍼灸治療のお陰か、今朝はどうにか起き上がる事ができたのでありました(^^)v
しかし、起きられただけ。かなりふらふらしているのです。それなのに、食料が底をつき始めているのでスーパーへ行かないと(涙)
更に家族Aの命綱、高カロリーお菓子も無くなったので、その前に芋ようかん作りを開始したのでありました。高カロリーとは言えませんが、さつまいもしかなくて(笑)

 ふーらふーらゆれながら、それでも茹でたさつまいもを裏ごすべく、バーミックスをお鍋に突っ込むと、ほくほく潰れる美味しそうなさつまいも。しかしいつになく迫力がないのでバーミックスを持ち上げると、なんと刃がない!
ふとお鍋の横をみれば、そこに洗い立ての輝く刃。刃をつけ忘れた(汗)

 刃も無いのに半分以上も潰れないでよ。そんな事ならすりこぎで潰した方が早かった(号泣)

 泣き崩れながら、刃をつけ直しさつまいもを潰しあげたにも関わらず、こんどは粉寒天の分量を間違えたらしく、少しも固まってくれないのです(涙)

 こんな状態では怖くて買い物には行けません(泣)
でも、食い気に負けて出かけました。お肉もお魚も牛乳も卵もないのですから、もう限界(笑)

 必死すぎて店内の記憶はございません(笑)

 そして悲劇は帰りの車の中で起こったのでありました。

 しばらく走った後、信号で止まると真うしろから不気味なぐらぐら音。荷物を後部座席に載せるとき、下を向きたくなかったのでぞんざいな置き方をしたに違いない・・・(涙)
絶対に急ブレーキを踏まずにすむように、信じられない様な車間距離をとり、ひたすら安全運転を心がけ、あともう少しで家に着くというその時、急に前の車が停車してから右ウインカー。順序逆でしょうが!

と思う間もなく、後部座席からドサッと不吉な鈍い音。振り向けば倒れた我がエコバッグ・・・。

 卵が、卵が、セールの卵がーーーっ!それも新車のふかふかマットに(号泣)

 ふかふかマットに卵がついたらどうなってしまうのでしょう。というか、これからマットを洗うのか、私(大号泣) 

 息も絶え絶えに家に帰り着き、慌てて後ろのドアをあけてのぞき込んでみれば、落ちた上に巨大玉ねぎ(3個で99円。欲張って大きいのばかり選んだ)の下敷きになっていたセールの卵は、

 なんと、無傷でありました。

 信じられない。

これもふかふかマットのお陰なのでしょうか。ついてるぞ!わたし。

 更についてる事に、気温が高くなったので、固まらなかった芋ようかんはグラスに盛りつけて美味しく頂くことができました(高笑い)。

 しかし、久々にお脳がふやけた今日の私。ちょっと前までこの状態が普通だったのですが・・・。ああ、戻りたくない、あの頃には。ブログネタに窮すとも・・・(~_~;)

2009年6月 3日 (水)

犬も歩けば思い当たる 強引にポゴネタ

 04年の発売当時から読みたかったD・バレンボイム/E・W・サイード 対談集 「音楽と社会」を、漸く読む事が出来ました。
これは、90年代の前半に、ロンドンのホテルでたまたま出会ってから意気投合したサイードとバレンボイムの、5年に亘る公開討論も含めた対談集です。
この二人が企画したゲーテがイスラムへの熱意をもとに(ゲーテは欧州アラブ研究者の文献に頼らず、自らアラビア語を勉強し、文化を研究した)素晴らしい詩集を仕上げた精神にならって名付けた「西東詩集オーケストラ」の活動についても勿論取り上げられていて 寄せ集められた若者達が音楽を通じて理解を深めていく過程や、音楽論など、とても面白いのですが、私は全く関係ない部分で、ポゴレリチを連想してしまったのでありました。
つまりポゴレリチが今やっている事はこの考え方で理解できるのではないかと。

 それはフルトヴェングラーについての部分で、彼の演奏は何故観客の不安をかき立てるのかという説明で、バレンボイムは極端なテンポの揺らぎを挙げ、その揺らぎはギリシャのカタルシスと同等のものを音楽で達成するためで、混沌から秩序に至る道筋の出発点に極端さは必要条件であるとフルトヴェングラーは言っていたとかたります。この部分がポゴレリチに当てはまるのかは私には判りません。ただそれに続いてのバレンボイムのこの発言。

  フルトヴェングラーは音楽を哲学的に理解していた。彼の理解では、音楽というのはなにかの表明ではないし、存在でもない。それは生成なのだ。音楽はなにか重要な一節を表明するものではない。そうではなくて、どのようにそこに至るのか、どのようにそこを去るのか、どのように次の段階へ移行するのか、そういうものなんだ。

それに応えてサイード

 (前略)フルトヴェングラーを聴くとき、前もって定められた方法があるようには思えない。彼の音楽から僕が受ける印象は、それが演奏そのものの中で解決されているということだ。君が「極端さ」と呼ぶものも、作品の始まりの沈黙から終わりの沈黙にいたるまでの進行するプロセスの一部なんだ。パフォーマンスからなにかを抽出して、「さあ、これが公式だ。明確で、何度も同じやり方で繰り返すことができる」なんていう事はできない。 (略) 彼(グレングールド)には「グレングールド流」というものがあり、それは再現が可能なものだということだ-他の人にはできなくても、本人にはできる。(略)

極めて流動性の高いプロセス、君の言葉を借りれば「移行」という感覚だ。それは、その場でおのずから解決を見いだしていくようなものだと思う。そこに予告はなく、プログラムもない。すべてが公演の中に収められているのだけれど、一部の聴衆には受け入れることがとても難しいものなのだろうと思う。

 これはサイードもこの対談集の前に既に表明している「音楽とは流れさるものである」という考え方ではあるのですが、この様に説明されて私はふと思い当たったのです。

 それは数年前、たまたまポゴのCDでモーツァルトピアノソナタk.331を聴いていた時です。ポゴレリチの演奏は私にとって何度聞いても先を見通せないというか、この先どうやって曲を構築するのか見当もつかない演奏者でした。この時も先も見えずひたすら鳴る音を追いかけていき、最期、トルコ行進曲もあと数小節で終わるという本当に最期の最期で、私はふと後ろを振り返ったというか、今までの演奏を思い出したのでした。すると今まで鳴った音がトンネルの様に繋がってきた様子が、はっきりと目に見えた(実際に見えた気がしました)のです。その時私が了解したのは、彼の音は最初の一音の始まりから、全ての音は最期の音を目指し、最期の音が鳴ったら全ては消えるのだということ。そして実際その数秒後に曲は終わり全ては消え去りました。CDであったにも関わらず、音楽の一回性をありありと感じた体験でした。

更にこれを受けてバレンボイムがいうには

 フルトヴェングラーはときどき、すごく念入りに、徹底したリハーサルをやった。でも、彼のリハーサルは毎回やり方が変わっていた。それについては、チェリビダッケがとても明快に説明している。彼によれば、フルトヴェングラーはリハーサルで二百通りもの「ノー」を試みたが、それはコンサートの晩にたった一度だけ「イエス」と言うためだった。つまり、リハーサルをするのは、避けたいことが起きないことを確実にするためだったのだ。たとえば、この箇所で音楽がうつろに響かないように、あちらの箇所ではだれないように、また別の個所ではアクセントがつかないように、というようなぐあいだ。これに対しほとんどの人のリハーサルは、朝のうちに音楽を組み立てておいて、夕方にそれを繰り返すためのものだ。でも音楽というもののいちばんすごいところは、くり返しのできないものだということなんだが。

  ポゴレリチはあるコンサートのリハで、自分のパートのみとオケと一緒の部分とを別の時間に分けて練習するという摩訶不思議なリハーサルをしたという情報を、以前、聞いたことがありました。その時は何故なのか見当もつかなかったのですが、曲をきっちり組み立てることを阻止しつつリハーサルをする為だったとしたら、これほど理屈の通ったやり方はなかったのではと思います。この方法だとオケのメンバーはポゴレリチの音や弾き方を望まないことが起きない程度に掴む事はできても、曲がどうなるかは本番までは判らないのですから。

 これで私の中ではポゴレリチ流れる音楽派はほぼ決定です。短絡な私を笑って下さい(笑)

 意外なところでポゴレリチを発見し、興奮のあまり長々書いてしまいましたが、この本はこれ以外にも、というかこの部分以外の方が、音楽論として、ワーグナー論として(バレンボイムのバイロイト劇場の分析は凄かった)、また原題アメリカの社会論としてもとても興味深いものでした。特にバレンボイムに質問するコロンビア大の学生の型にはまった質問と、それを切り返すバレンボイムの鋭さにはあたまが下がりました。

 ただ私の個人的感想としては、サイードと友人でありながら彼とは正反対にオスロ合意に希望を見いだせていたバレンボイムが

我々(バレンボイムとサイードの事)は同じセム人だ。

と、言い放つ場面。
サイードによれば、アンティセミティズム=反ユダヤ主義は、ユダヤ人と同じセム人である反アラブ人主義に大戦後速やかに移行したとされ(オリエンタリズムに書いてあった)、19世紀に欧州の後進国扱いだったドイツでワーグナーがドイツ芸術の無上性を謳い(つまりは疎外の入れ子状態)、20世紀にはナチの第三帝国まで突き進んだ事、バレンボイムの得意としているレパートリーがドイツ音楽であることを考え合わせると、対談集の原題ともなっているParallels and Paradoxes(相似と相反)の認め合いこそが、我々が過去と現在を乗り越えていく為の光となる様に思えました。

2009年6月 1日 (月)

今年はいなかった・・・

 ここ数年、医者帰りに丁度良いので一度は顔を出す、地元デパートで毎年5月に開催の「横浜中華街展」。
展示場の中央に陣取り、周りを睥睨し、一昨昨年、一昨年と気弱な私に他の店を物色するチャンスさえ与えず、あっという間に「お買い上げ」をさせてしまった凄腕美人おねいさん(その惨敗記事はここ)。
去年はその人を避け、端にある量り売り「バラ大根」のお店で買い物をしていたのに、ふと視線を感じて見上げれば、前方斜め左から件の美人おねいさんの射るような視線。
まさか、私を覚えていないだろうとは思いつつ、その視線のあまりの鋭さに、平常心を失った私は思わず計算違いをして想像以上のバラ大根を買ってしまい、金額を聞いたときはその場で倒れるかと思った程でした。お店の計算は合ってました(号泣)
結局バラ大根だけで予算を使い切ってしまったので、他のブースを見ることなく、そのまま家に帰りました。帰って正解でした。我が家はそれから二日間バラ大根を食べる羽目に陥ったのですから(涙)

 さて、私はきっと死ぬまで「横浜中華街展」を自由に見る事は出来まいと、ほぼ諦めていた今年、性懲りもなくまた覗いてみたのでした。それもやっぱり医者帰り(笑)
するとなんと、あのおねいさんの姿がない。今年こそはゆっくり見物できる、とほくそ笑んだのもつかの間、ほっとしたせいかどっと疲れが出てしまい、他を見る気も失せ、食欲も失せ、目の前にあったお弁当を家族用に買っただけで帰ってきたのでありました。


デパートの7階まで何しに行ったんだか・・・。

というか、私はこの数年、一体何をしているのだ!(爆)

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