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2010年3月 7日 (日)

父が亡くなりました。

 先月末、膵癌のため父が亡くなりました。発見されたときには既に手遅れで余命一ヶ月と言われました。
12月の半ば過ぎに調子を崩すまで、極々普通に生活し、ウォーキングも毎日続けていた父でしたが、実は病院嫌いで、ずっと病院に違う病気で通院していたにもかかわらず、調子を崩してから、家族が何と言おうと次の診察日まで病院に行こうとしませんでした。
なので医師から病状の説明を受けたときには我が家は後悔の嵐に見舞われました。どうして首に縄をつけてでも連れて行かなかったのだろうと。今までも何度もそれをやって来たのに何故今回だけそれをしなかったのかと。

 と、ドツボにはまった反動か、症状が出た時は手遅れで、初期で発見されても5年生存率が3割以下という膵癌の特殊性故か、医師の「・・・最後は昏睡状態になって死に至ります」という説明のお陰か、とにかく出来るだけ苦痛を減らしてゴール(死)を迎えねば!と、患者の意向無視でそこに焦点を絞ってしまった家族でした。実は医師の経験上からのアドバイスで父には膵癌であることを知らせませんでした。余命一ヶ月では皆さんパニックになってしまうそうで。

 それから父の入院生活が始まったのですが、有り難いことに最近は「緩和ケア」にも十分重点が置かれているのか、スタッフの方針も「いかに安楽にその時を迎えるか」に絞られており、父が苦しむことは本当に少なく痛みも殆ど無く、痛み止めオキシコンチンも一番小さい量から増えることがありませんでした。日曜日に亡くなるのに水曜日まで(私が食べさせたのは水曜日の夜が最後でしたが、木曜日の朝昼は食べたかも。聞き忘れてしまいましたが)食事が摂れてましたし。

 そして昏睡に入ってからは、看護士さん達に口腔ケアや清拭などかしずくように世話をしてもらいながら、何故そんな事を口走ったのか自分でも謎なのですが、
「お父さん、良い人生だったわね」
との私の問いに、「にまっ」と微笑んで、そのまま眠るように息を引き取りました。3月には86になるはずでした。


 という話をお通夜とお葬式でしたところ、参列の方々が「これこそがウォーキングの威力だ!」という話になり、「いかにしたら父のように何十年もウォーキングを続ける事が出来るのか」という話で、しんみりした席が一気に大盛り上がりに盛り上がってしまったのは、我が家クオリティのなせるワザなのでございましょうか(汗)

 この最後を思うと、下手に早く見つけなくて良かったかも、とも思いますが・・・。やっぱり複雑です。

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心と体」カテゴリの記事

コメント

お父様のこと、心中お察し申し上げます。
長患いもせず、家族にも病院スタッフにも見守られて、幸せな旅立ちだったですね。

さて、寺の娘の目から見ますと、葬儀・通夜などは、悲しみにくれる場面でありながら、思いもほか盛り上がる場であります。
久々に会う親戚知人と昔話をしていれば、盛り上がってしまってあたりまえなのかも。
思い出を語り合って、涙を流して、残された人たちが状況を受け入れていくために法事はあります。

そろそろバタバタは収まってきたころでしょうか。
緊張と忙しさで気付かない方が多いのですが、家族は疲れています。姉が舅を送った後に会った時、頬がこけるほど憔悴しているにもかかわらず、それに気づいていないのに驚きました。
ぽんも強制的に休息をとって、自分が倒れないようにしてください。

お悔やみ申し上げます。
お見事な大往生は参列者の反応に現れていますね。
こんな「Victory」なゴールを見習いたいモノです。

お父様のご冥福をお祈りいたします。

お父様、ぽんずさんの問いかけに気づかれたんですね。昏睡状態で最期に意識が一瞬戻ったなんて家族からしてみればなんと嬉しいことでしょう。
ご家族の皆様は疲れが出るころだと思いますので、どうぞご自愛ください。

お父様の事心中お察し申し上げます。
素晴らしい大往生、お見事でございました。
ぽんずさん、ご家族のみなさまお疲れさまでした。
どうかゆっくりお休みになられて下さいね。

お悔やみ申し上げます。

お父様、残念でしたね。
でも、最後までご家族の愛情や病院側の誠意ある対応の中で人生を全うできたことはお幸せだったのではないかと思います。

寒さがぶり返していますのでぽんずさんご自身もどうぞご自愛下さいね。

ころこ様

ころこ~、ありがとうございます(涙)

>>さて、寺の娘の目から見ますと
なんと!お葬式って盛り上がるものなのね。ころこの説明を聞くと確かにそうよね。
ではあれでよかったのかな(*^_^*)←おいっ。

>>ぽんも強制的に休息をとって
 ころこの話を聞いて雑事予定を先に延ばして休むことにしました。今夜も早寝します。
お姉様、大変だったんですね。その後は無事回復されましたか?私の場合実の父なので、葬儀など決めるのも舅姑よりは段違いに気楽ではありました。
人一人送るって本当に疲れるものね。ころこのコメを読んで初めて昨日倒れかけた自分を思い出しました。休みます。寝ます。
ほんとありがとう。
 
 
 
頑固堂様

お悔やみ、ありがとうございます。

>>こんな「Victory」なゴールを見習いたいモノです。
私もヴィクトリィだったと思います。平均よりかなり楽だったみたいなのでほっとしてます。
でね、こんな事言ってはいけないのですが、病棟の看護士さん達は美人揃いで、最期の晩の当直の三人はその中でももの凄い美人だったのです。
父にとってはこれは「v」ですわ~。
 
 
 
こもも様

お悔やみ、ありがとうございます。

>>昏睡状態で最期に意識が一瞬戻ったなんて
 内緒なんですが、まさか反応があるなんて思っていなかったので、笑ったときには驚いたのなんのって。文句の多い父が肯定だったので更にびっくりで(汗)
そのせいかあのにまっと顔が今も目に焼き付いてます(笑)
私の心配までしてくださって、本当にありがとうございます。

えびこちー様

お悔やみ、ありがとうございます。

>>素晴らしい大往生、お見事でございました。
ありがとうございます。
あまり苦しまずに、でも準備をする時間もなんとかとることが出来たという、家族からみてもGJな大往生でした。

私と家族の心配まで、ありがとうございます。やっぱり疲れているみたいで、お言葉に甘えてゆっくり休ませて頂きます。
復活したら、また宜しくお願いします。
 
 
tako様

お悔やみありがとうございます。

>>人生を全うできたことはお幸せだったのではないかと思います。
 優しくしすぎてばれたら困ると、私たちはいつも通りだったのですが(汗)、病院の方々には実によくして頂きました。苦痛や汚れは速やかに取り除かれるという感じでした。
母と二人、自宅で死にたいという人の気が知れないと話をしたものです。

>>寒さがぶり返していますので
 私どものご心配まで、ありがとうございます。葬儀の時は暖かでしたが、この数日真冬並みです。昨日から雪でした。今朝も積もってました(大汗)

お父様のご冥福を心よりお祈りいたします。

私の父が亡くなりこの2日で1年半が経ちました。
早いような遅いような・・・。
時間の経過とともに悲しみから優しい気持ち(記憶)になってくるようです。
後になってから「ああすればよかった、こうすればよかった」と思うことと思いますが、ぽんずさんとご家族が選んだことが最善だったことと思います。
お父様、穏やかな気持ちで旅立たれたことでしょう。
最後ににっこりされ、お別れができてよかったです。

ゆっくり悲しむ暇もなく、役所関係の諸手続、法要とお忙しいことと思います。ご自愛ください。しばらくは気が張っているのでなんとか動けるものですが、一段落したころに疲れが出ます。
お母様はいかがですか。
気をつけてあげてくださいね。

お寂しくなられたことと思います。
お父様があちらの世界で、やすらかでいらっしゃいますようにと私からもお祈り申し上げます。きっとご満足で微笑んでいらっしゃることと思います。

お父様の御最期のお話を伺い、大変、感銘を受けました。素晴らしいです。理想的です。私も是非、あやかりたいと切に願っております。私は日頃から、「早期発見・早期治療」「病名(余命)告知」「自宅での看取り」の三点セットには、非常に懐疑的で、できれば私本人は、そのいずれも無縁で済ませたいと願っています。

すなわち、あるとき症状があって受診したら、既に先行きは見えていて、それからは最大限に苦痛のない日々を過ごし、病院で可能な限り症状緩和の手当をして貰いながら亡くなる、というのが私の理想です(青少年の場合のみ、この限りではないとは思いますが)。お父様がまさにこのように逝かれたので、拝見していて感動に近い驚きがありました。

世間では、よく「ぴんぴんころり」が良いように言われますが、それでは家族の心の準備がなさすぎてパニックになります。一定の、しかし長くない準備期間は必要だと思います。そして病人が穏やかであれば、見守る家族の心も穏やかな受容に向かうことが出来ます。専門家の手を借りられる安心感のある、病院という場所も、患者と家族を心身両面から支えてくれるものであると私は感じています。

同意されない方も多いと思いますし、私の考え方が日本全国の主流になるべきだ、などとは考えていません。ただ、こういう考え方も、できればもっと酌んで欲しいと思っています。

本当に、お父様のように逝きたいものだと思いました。

久しぶりにmixiに登録してマイミクを探したところ、この記事に…。

こころからお父様のご冥福をお祈りいたします。

最期に遺したお顔が笑い顔、というのは最高の置き土産と思います。本当にあやかりたいと…

今年に入って何人かの友人の近しいご親族が亡くなられ、考えることが多いです。またここ数年、金魚というとても儚いいきものを好きになったお陰でこれまた考えることが身近になりました。

またいろいろお話できたらと思います。
ぽんずちゃん、大変と思いますがお身体大切に。

疲れが出た所に大雪(雪かき地獄でした)で、撃沈しておりました。

はるぴょん様

 お悔やみ、ありがとうございます。

医師から告知をされたとき、はるぴょんさんのお父様の事を思い浮かべました。はるぴょんさんは私より大変だったと思います。一年半ですか。感慨深いです。(す、すみません!「さん」が抜けていてはるぴょんさんを呼び捨てに・・・。あれ~(_ _))

>>選んだことが最善だったことと
 既に後悔が始まってしまったみたいです。なのでそう仰って頂いて、少しほっとできました。

>>役所関係の諸手続
実は皆さんの体験談から早めに開始したのですが、ここまで大変だとは・・・(涙)
葬儀や手続きで二次遭難が起きないなんて、信じられないです。みんなどうやって生き延びているの?
 
 
 
 
転妻よしこ様

お悔やみ、ありがとうございます。

父の最期は、本当に信じられないくらい上手く行ったと思います。
狙って出来る事ではないのが悲しいですが。

ただ、大学病院などは「治療」重点主義ですが、沢山老人を看取っているであろう地域の病院はびっくりするくらい「緩和ケア」への意識が高かったし、薬の使い方も慣れていた様です。
病院としては患者や家族の意思を第一にするので、今回私たちが緩和ケア最重視で臨んだので、病院側も思いっきり緩和処置が出来たと思います。
実は医師から告知された後、いかに苦痛を減らすかを最重要視し続けられたのは、よしこ様が前に書かれた告知と苦しいのは嫌という日記を読んでいたせいもあります。
それとよしこ様も私も結構病気持ちですから、苦しかったら生きていても何も出来ないという、身も蓋もない事実を知っています。
健康な家族の場合、この部分が理解できないのかもと思います。それが緩和ケアに躊躇する家族の一因かと。
緩和ケアと言えば聞こえは良いですが、実態は痛み止めによる「眠れ眠れ大作戦」です。嫌なことは眠るか、ほんわかしているうちに過ごしてしまえ、みたいな。私がそれを決めてしまって良いのかという迷いは常にありました。
でも、痛みと意識の低下なら、意識の低下をとるしかないと思いました。
看護士さんが「上手くほわっとした状態に持っていきたい」と仰ったのですが、最期の一週間以上は、その「ほわ~」とした状態だったと思います。医学の進歩はめざましいです。薬の使い方でここまで出来るのですから。

不思議なご縁ですね。よしこ様の日記が念頭にあった私の父が、よしこ様理想の最期を迎えられたなんて。

Montya様

お久しぶりです。ご無沙汰しています。
お悔やみ、ありがとうございます。

>>本当にあやかりたいと…
 にまっと笑って逝くのは良いと思うのですが、膵癌はあやからないで下さいね。少なくとも100歳過ぎるまでは。
酒量の多い人は高リスクなのだそうです。うちの父もそうでした。

>>今年に入って
 私も色々考える事が多くなりました。そろそろそういう年代に突入したという事でしょうか。

昨日母が信大に行くのに、例の道でMontyaさんの猫ちゃん達を懐かしがってました。
本当に、また色々お話できたらいいですね。

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