いらっしゃいませ

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 2011年2月 | トップページ | 2011年4月 »

2011年3月の9件の記事

2011年3月30日 (水)

戦友のリタイア

 その戦友とはROMICAのショートブーツ。たまたま寄った近所の某スーパーでなんと半額だったので、その場でお買い上げ。2000年12月の事でした。

 足首骨折からまだ日が浅かった私には、軽くてクッション性のよいこのブーツは実に重宝でした。

 さらにこの直後、母が頸椎骨折してしまい、神経が切れたら全身麻痺という状態の中、この靴のお陰で足が一度も冷えることなく、40日間の入院期間中思うさま病院内を走り回る事ができたのです。
この入院だけではなく、07年の母の手術の時も、去年の父の最期も、足音が全くしないロミカのお陰でいつも軽快に動き回ることが出来ました。

 しかし、何よりこのロミカっちとの忘れがたい思ひ出は04年3月の事。
知らぬ事とは言え強盗未遂事件現場を、事件30分前に思いっきり歩き回ってしまったことでしょう。
詳しくは申せない事情でその後現場に出頭したワタクシは、鑑識の方々と結構和気藹々と会話した後(何故かそういう雰囲気だった)、最終的に「じゃ、型を取るので靴課して下さい」と言われたのであります。
その時、何も考えずに差し出したロミカは、朝、めまいでよろめいて泥水に力一杯踏み込んだため、これ以上ないと思うくらいに盛大に泥だらけ(うっかり拭くのを忘れていた)。
余りの汚れ方に受け取った鑑識さんが棒になって立ち尽くすという、忘れたくても忘れられない出来事があったのです。顔から火が出る思いとは、まさしくあれの事を申すのでございましょう。その後遅きに失したとはいえ慌てて靴を洗ったのはいうまでもございません。

 人生の修羅場も大恥も一緒にくぐり抜けてきた、私にとっては本当に戦友みたいな靴でしたが、今月初め雪かき中に両足共に浸水を起こし、遂にリタイアとなりました。

スニーカーみたいなショートブーツ故、楽しいお出かけには殆どお供できなかった靴だけれど、この10年、この靴のお陰でがんばる事が出来ました。本当にありがとう。

 と感動しつつも懸案なのは、戦友2世が居ないこと。
あまりに履き心地が良かったので、今までも同じ靴を探していたのです。しかしROMICAって売ってないのね。ネットでもあまりなくて。そもそも田舎の(当時はまだ郡部だった)スーパーに、何故に ROMICAがあったのかということさえ自体謎のまま。それもあったのはあの時が最後。

 私は来年から何を履けばよいのでしょうか(汗)

2011年3月28日 (月)

 コワレ・ぽんずの童謡集

 
  123っていうと、
  124って思う。
 


  払い込みって聞くと、
  電信扱いの用紙に書く。
 
 
 
 
  そうして窓口で判らなくなって
 


   ありませんっていわれて
   わかりませんっていう。


  こだまでしょうか。
 いいえ、今日のワタクシ。


       「コワレ・ぽんずの童謡集」より


それでも払い込みが出来てしまったメルヒェン

 ありがとうございます!窓口の方、ありがとうございますーーーーーーっ!  


  
  

2011年3月27日 (日)

舌切りぽんず

 一年以上前に発見した乳頭腫、大きさ形とも全く変化は無かったのですが、たまに噛んじゃって痛むうえに、何度も歯に触れて舌がんになったりという不安もあり、思い切って切除する事にしました。
それでかかりつけの歯医者さんに紹介状を頼んだところ、ややビビリ気味で「本当に切ります?」と。でも私はキッパリ「ハイ」と答えたのでございます。一年近く前にあなたの仰った「簡単ですよ」の言葉を信じて・・・。

 3月25日、私は紹介状を握りしめ、いざ大学病院へ。

 診察室で担当歯科医と話をし「今日手術でいいですよね」と念を押され、診察台に横たわった後も、私は比較的リラックスしていたと思います。だって『簡単』なんですもの(笑)
ちなみにこの担当医氏、声が横粂勝仁代議士に激似なのです(笑)

が、手術中舌をずっと出しておくための『糸』の使い方(どう使うかは怖いので書きません)が説明された時、私はこの手術の現実を初めて認識したのでございます。簡単って、切る方の事で切られる方の話では無かったのかも。

 先程までの余裕は何処へやら、突然現れた恐怖に全身硬直しつくし、「電気メスを使うのでこれを握っていて下さい」と渡された金属の握りに必死の思いでしがみつく私。実は私はスプラッタが何より苦手で、舌を延ばす説明のところで既に目の前に白い靄がかかってしまったのであります。

 更に間の悪いことに力んだせいか額関節にロックがかかり、開けなければならない口が思うように開かない悲劇。
恐怖で死にかけてる患者(途中で大丈夫かと心配された)、開かない口から必死で舌を引っ張る歯科衛生士、唇を切らないように舌だけ切り、5針縫う歯科医(声だけ横粂君)と、三人三様の地獄絵が繰り広げられたのでありました。
ここにもし実習生がいたら笑いをかみ殺すのに大変だったと思います。居なかったから良かったけど。

 しかしどんな事にも必ず終わりはあります。その手術もとうとう終わり、歯科医は衛生士さんに「この糸太すぎます。01でしょ。03番って言ったのに」と、ほっとした声で一言。
待て!その太糸は引っ張る方か縫う方か?と頭の何処かでツッコミをするも、それ以上深く考える気力も無く、私は半ば意識朦朧として診察室を後にしたのであります。これで終わったと。

 でも終わってませんでした。病院を出ていくらも経たないうちに麻酔が切れてしまったのです。運転中に。薬局にも着かないうちに。
電気メスだろうが普通の刃物だろうが、あれだけ切ったらどれだけ痛いかという(涙)

 やっと薬が飲めたのがそれからなんと一時間半後。日のあるうちは紅茶に牛乳を入れてすするのが精一杯。夜になって漸くおかゆを、それも二口ほど食べることが出来ました。痛みだけでなく空腹にも悩まされることになろうとは(泣)

 それから二日、痛みのピークも漸く過ぎた今、私は当時のことをようやく思い出せるようになりました。つまり、交感神経を間違って交換神経と書いちゃったこととか、診察室を間違えたこととか、舌の写真を撮るとき、ものすごい写真になってしまったとか。
 
 あの写真とカルテはこれから先何年も残って、写真なんかは授業にも使われるんだろうなと思うと・・・・

 どこが『簡単』だったんだーーーーっ!(T_T)(T_T)(T_T)


 その後のご報告

 手術後ずっと痛みが続きましたが、本日夕食後、突然痛みが引き始めました。「日にち薬」とは良く言ったものです。
でもね、めまいでロキソニンをもらっていなかったら、私死んでたかもです。

だって、痛み止めが一日分しか処方されてなかったんですから!
 5針も縫って痛み止め一日って無理(~_~;)

2011年3月24日 (木)

エリザベス・テイラーさん亡くなる

 女優のエリザベス・テイラーさん(79歳)が亡くなったそうで・・・

 リズ・テイラーと言えば、大人になって色々見直した女優さんの一人です。
彼女は私が物心ついた時の彼女は、何回もの結婚歴の他にも、顔立ちも衣装もケバいかなり怪しいオバサンだったのですが、大きくなって観た昔の映画の彼女は実に美しかった。美女ってこう言う人のためにある言葉かとしみじみ思ったものです。

 またハリウッド俳優の出演料が天井知らずになりつつあったとき
「もし、この私に出演料○○万ドル(具体的な数字、忘れたけど)を出す大馬鹿ものがいたとして、それを断るほど私は愚かではありません」みたいな発言をしていて、美貌だけではなくシニックなユーモアセンスがあることもしりました。

 更に、マイケル・ジャクソンが児童虐待で大バッシングを受けたときの彼女の態度にも感服しました。
彼女が徹頭徹尾マイケルを擁護したその理由もこれまたすごく、昔彼女が若気の至り(彼女自身が自分がバカだったと形容した)から妻子あるエディ・フィッシャーと駆け落ち同然の結婚をした時(当時フィッシャーはデビー・レイノルズと結婚中で二人の間にはキャリー・フィッシャーがいた)、友達という友達が彼女に背を向ける中で、唯一人マリリン・モンローだけが彼女と口をきいてくれた経験を語り、それ故苦難の中にいる友達を見捨てることは絶対にしたくないと語っていました。 
マイケルだけではなく、モンゴメリー・クリフトが晩年零落してしまったときも、最後まで交流があったのは彼女だったという話です。ただきれいな顔をしたお人形のような女優さんではなかったのです。

 しかしその美貌故、正当な評価を受けられなかった様でもあります。
淀川長治さんがブロードウェイで彼女のお芝居を観た時、彼女の演技は本当に素晴らしいものだったそうです。しかしあまりにも彼女が美しすぎたため、劇場からでた時、演技のすばらしさではなく彼女の美しさしか頭の中に残らなかったのだそうです。


 「バターフィールド8」は好きじゃないと語った彼女。私は美貌だけではなく演技力と精神をも、私は心に刻んでおこうと思っています。

2011年3月21日 (月)

休めばよかった・・・


 本日のスーパーで。


 ガラガラになったカップ麺の棚をみては、被災地にちゃんと届いているか気に掛かり、

 補充されたトレペの方角をみては、物流の回復に思いを馳せ、

 水戸納豆のシェアに恐れをなしと、


どーでも良いことを色々考えながら買い物を終え、レジに並ぶと、


いつかごに入れたのか思い出せない3割引きシールの生鮮魚介類が、 


 いくつもいくつも飛び出して来たのでございます。

その消費期限がほぼ今日か明日。会計恐怖の四千円越え。


 帰ってからの下ごしらえで涙でそう。


 下手の考え休むに似たり。

似てない。休んだ方がよっぽどよかった(号泣)

2011年3月16日 (水)

ヤリは重かった

 
 大震災でいまよりもっと世が騒然としていた日曜日の夕まぐれ、災害のショックの他に、親戚の一人暮らし高齢者のお引っ越し問題や、父の一周忌やら、まったく手つかずの「確定申告」などなどの為(そーよ、まだ出来ていなかったのよ)、ワタクシぽんずはこたつに横たわったまま立つことも能わず、ひたすらうめいていたのです。
土曜日に重いものもったので筋肉痛がもの凄くて・・・(涙)


 そんな哀れな私を気遣ってか、家族Aがこう言ってくれたのです。

「晩ご飯、カップラーメンでいいわよ」


「おかーさん、胃が無いのにカップ麺で妥協してくれるなんて・・・・


 食べられるわけないでしょ!」


 そうなのです。この日スーパーに行けば店内は略奪にでもあったかのよう。
そしてカップ麺売り場はかなりガラガラ。
家族A事、我が母は普段はラーメン系はNGなので殆ど買い置きもなく、さりとて今ここで被災している訳でもないのにラーメン買うのも気が引ける。そんな優柔不断な私は、いい子ぶってカップ麺を2個しか買ってこなかったんです(買いましたよ、一応^_^;)。
そして、家に帰ってから、そういえば長野県も震源地だったとハタと気がついたわけでございます。毎晩揺れるのでございます。いつ何が起こるかわからないのでございます。

 そんな貴重なものを、筋肉痛如きで今食すわけにはいかない。

 イモムシの様に床を這いずり、ワタクシは晩ご飯の作製に向かったのでありました。


 でもね、人間ってこれ食べようよとか言っちゃうと、その瞬間から異様にそれが食べたくなったりするんですよね。

 その晩、我がぽんず家では、カップラーメンの事を極力考えないように、ただ黙々と食事をしたのでありました。

 心遣いは、重い槍(涙)


カップ麺食べたいっ!(><@)

2011年3月13日 (日)

大震災

3月11日、東北地方で地震と津波による大災害が発生しました。
その映像には言葉を失いました。
犠牲になった方々、被災された方々に心からのお悔やみ、お見舞いを申し上げます。

2011年3月 3日 (木)

Oさんインタビューの源流(社会ネタ)

 昨日お友達のtakoさん(リンク)が教えてくれたブログ「漂流生活的看護記録」の記事『危機介入」(リンク
クライストチャーチ大地震で重傷を負った方へのフジテレビ「とくダネ!」の無神経なインタビューが、彼に与えるであろう深刻な影響について専門家の立場から語られていた。
このインタビューについてはジャーナリストからは擁護の声が上がっている。
ニューズウィーク日本版編集部長岡義博氏『奥田君インタビューはそんなにひどくない 』(リンク

 長岡氏はその記事の中で「取材のため病院に無理に侵入しようとした日本人ジャーナリスト2人が逮捕された」という現地報道について、「スクープを「抜かれた」社が、必死になって抜かれたネタをフォローするのは当然だ」とも書いている。

 私はここを読んでその昔平塚らいてうが事実婚相手の奥村博史の子を出産した時の出来事を思い出した。
取材一切お断りだったにも関わらず、何処から院内に忍び込んだのか病室に新聞記者が入り込み、まだ産褥の床にあるらいてうに
「私生児を産んだ感想はどうですか」としつこく何度も訊いたというのだ。

 その文はらいてうの当時の女性秘書の回想で、その秘書は
「畳の上に土足のまま上がり込み」と記者の不作法ぶりを生々しく書いている(当時の病室は畳敷きだったらしい)
今も昔も無断で病室に押し入るのは犯罪だ。だから見知らぬ他人に病床に踏み込まれる心配は普通はないにも関わらず。


 人間は自分にとって不都合なものを自分から完全に切り離すことで安心を得るものだ。

犯罪者は犯罪者であり、私たちのような普通の人間とは違う。

私たちの社会制度に異を唱える様な人物(特に女性、大正時代ですからね)は、我々社会の成員とは違う。

 こう考え、対象と自分たちを切り離せばその影響が自分たちに及ばないと。
そして社会や法律は、普通の、まともな『我々』が作ったものであり、我々だけに及ぶものだと考えと、上の切り離しがセットになったとしたら。

女性の権利を訴え、結婚制度、当時の社会制度そのものを批判したらいてうは、記者前触れもなく記者に病室に踏まれた。それも土足で。
記者にとって私生児を生んだ女は「我々」ではなく守る必要はなかったのではないか。犯罪者ならいわずもがなと思う。

 また私たち人間は自分たちに敵対する(と私たちが勝手に見なす)相手だけではなく、災難や苦難にあった人達をも自分たちとは違っていたからああなったと思い、そう考えて安心する。
さすがに最近はあまり聞かれなくなったが、事件の被害者に対して
「ごく普通の真面目な人だったので、こんな事件に巻き込まれて驚いている」というご近所や職場の感想が昔は常套句のように繰り返されていた。酷い仕打ちの果ての怨恨による殺人ならその感想も不可能ではないが、無差別、通りすがりの事件に巻き込まれた被害者に対してもこの言葉はもれなく発せられていた。もしかすると偶発性に対する恐怖心から、普通の事件より一層そう言われたのかも知れない。

そして記者が病院に忍び込み、体と心に甚大な傷を負っている人物に突撃取材をかけようとするのはスクープを抜かれたためだけではなく、普通の人には憚られる行為を取材と称して敢えて行い「被害者はあなた方とは違う守られていない人達なのだ」とはっきり見せることによって、情報の受け手に安心(それも根拠のない)を売りさばいているのではないか。だからどんなに非難されても、この手の手法は消えて無くならないのではないか。

 「危機介入」は、被害者に対して気配りの行き届いたBBC番組について述べた後で

わたしもアルゼンチンのTV番組である事件の犯人(とされている人物)を「セニョール」と呼び「回答を誘導したり名誉を傷つけるおそれがあるなど、質問が不適切であると思われたらすぐ言ってください、エントレビスタ(インタビュー)はそこで終わらせます」と、聞くアナウンサーを見たことがある。多くの日本人が発展途上国の詰め合わせだと思っているようなラテンアメリカの国の報道ですら、その程度の良識は弁えている。

 と書かれて締めくくられている。

 犯罪者に対しても自分たちが求めるのと同じ気配りで接するのは、犯罪者の人権の為ばかりでなく、災難にあったとき、事件の被害者になったとき、私たちはその人達を自分たちと違うものとして社会の枠外に追いやったりしない、私たちと同じ恩恵の中にいてもらうというシグナルを発することで、誰も疎外することなく事件や事故に対する不安感を減らそうと言う社会の知恵ではなかろうか。

2011年3月 2日 (水)

古式ゆかしい我が家です

 我が家はタンクに灯油を配達してもらっているのですが、
2月の配達分が16000円でした。その前の配達が一月前半だったので一ヶ月ちょっとでこのお値段・・・

 我が家でも遂に灯油抜き取りをされてしまったのか!(ご近所で一時問題になっていた)と、一瞬浮き足だったのですが、納品書をよぉぉぉく眺めたら灯油1Lで91円もするんですね。(抜き取られたかも知れませんが、今年は寒かったので真意は不明)
昔は安いときで28円、高くてもせいぜい30円台半ばだったのに。

確かに三年前から灯油は跳ね上がって大変でしたが、去年の11月からだけでも10円以上上がってるし。
まさか灯油が電気やガスより高く感じられる日が来ようとは、夢にも思ってませんでした(涙)

こんなに高いなら、ファンヒーターやめてエアコン使おうかしら・・・・・


 でもその前にアレを変えないと。


   
 その、つまり、このままではエアコン暖房にするとヒューズが飛んじゃうという・・・


 30アンペアなんですけど、それって前世紀?(;^_^A アセアセ

  今調べてみました。
極寒の08年12月末からの丸二ヶ月で300リットル配達。今年は一ヶ月で179リットル。
正月明けにお隣が更地になってしまっので、我が家の灯油タンクは丸見えにはなっているし、鍵のない灯油タンクもご近所では少数派らしいのですけどと言い訳は多々あるものの・・・

使ってしまったみたい、化石燃料を179リットルも。1リットル91円の時に。

 
    ひぇぇぇぇぇぇぇぇぇ。

« 2011年2月 | トップページ | 2011年4月 »

フォト

ぽんずの風景

  • 図書館の桜
     携帯で撮った写真です。 見事なまでのピンぼけ(とほほ)。 ご感想などおありでしたら 掲示板へどうぞ。

にゃんこ

  • 爆睡
    うちの故猫です。 可愛いと言って~!

友人リンク

猫リンク

勝手にリンク

私リスト

  • マイハイク
  • まいはてブ