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2015年11月20日 (金)

アルゲリッチ 私こそ、音楽!

 一年前に観た映画の感想を今頃書きます。もうほとんど忘れてしまったのでDVDでも見直してから書いた方がよいとは思うのですが、なかなかそれも面倒で(^_^;)

 去年の11月、シネコンでの上映期間になんとか滑り込みで観ることが出来ました。「あの」マルタ・アルゲリッチを、彼女の娘さんであるステファニー・アルゲリッチがドキュメンタリーにしたものです。これはステファニーちゃん(なぜかこう呼びたくなる)が生まれてから何千回と聞かれたであろう「マルタ・アルゲリッチが母親ってどんな感じ?」という問いに対する彼女なりの答えという気がします。私が邦題をつけるとしたら「私のママはこんな感じ」原題は' Bloody Daughter'


 冒頭は監督である三女ステファニーの出産シーンから。病室でもマルタには仕事の電話がかかってきたりと忙しそうなのですが、このドキュメンタリーの中でマルタアルゲリッチは、列車の中でサラダのパックを食べていたり、リハーサル中に打ち合わせをしながらコーヒーとビスケットをつまんでいたりと、まともな食事シーンは殆ど無く、主に移動中に食事を摂っていました。演奏家の生活がここまで過酷だとは私夢にも想像していませんでした。

 映画はそんな過酷な生活をする『あの』大ピアニストを、ホテルの寝室まで追跡して撮影したりしてしまうのですが、これで彼女が少しは理解できるなどというアテは早々に外れます。最初の方で出てくるインタビューで、彼女、マルタアルゲリッチは真剣に説明している様に見え、私も真剣に聴き取るのですが、話の最後に彼女から「言葉で幾ら言っても分からないのよ」と言われ、煙に巻かれた気分に陥ります。と同時に言葉の説明だけで赤の他人が誰かについて簡単に理解できる筈もないと妙に納得もしてしまうのです。

 このインタビューの話し方が、彼女一流の相手を煙に巻くやり方なのかどうなのか、私にはわかりません。映像をみても、アルゲリッチは色んな物事に真摯に対峙しようと試みている風ではあるのですが、フランクに見えてひょっとしたら壁があるのかも知れない。監督のステファニーも、ナレーションで必死に説明するのだけれど、自分の母親を説明するためではなく、母親のわかりにくさを皆に知って欲しくてメガホンを取ったのではと思うくらい、理解できそうで理解しにくい。

 私はこの映画を観ていて図らずもイングマル・ベルイマン監督の「秋のソナタ」を思い出していました。この映画はイングリット・バーグマン演じる著名ピアニストとその娘の確執を描いたものですが、娘役のリブ・ウルマンが後年インタビューで苦々しく「キャリアを築いた母親は、男性からはああ見えてしまうのでしょう」と語らざるを得ない程、母親に厳しい映画でした。あれから数十年、「秋のソナタ」よりこの母親(マルタ)の方が数百杯も波乱に満ちていたにも関わらず、三人の娘さん達も映画(秋ソナ)より遥に大変だったにも関わらず、ステファニー自身が「この映画は和解への試み」であると明言しているにも関わらず(公式サイト監督談)、世界的ピアニスト、マルタ・アルゲリッチとその娘達のドキュメンタリーは、何故か明るく、瑞々しく、愛情に溢れたものとなっていました。

 とはいえ、長女リダが養女に出された件で「愛情深い母がどうしてそんな事をしたのか、何度説明されても理解できない」と話を打ち切ってしまった時には、ちょっと待て、ドキュメンタリーなのだから出来事の説明くらいしたらどうだ、幾らなんでも「養女に出ました。理由はわかりません」はないだろうとさすがの私も思いました。でもよく考えたら家族間でも判らない事柄を、時系列だけ並べても赤の他人に理解できるはずもありません。こういう部分をねちねち描くと「秋のソナタ」になるのでしょうが、皆が多分苦労して乗り越えようとしている事柄をわざわざ蒸し返して、確執を生む必要もありますまい。起こってしまった事はもう変えようがないのだから。

 冒頭の出産は、日本でデュトワとコンチェルトを演奏する予定を、直前になってアルゲリッチがキャンセルして駆けつけたものです。
このキャンセルについて、アルゲリッチは

「皆様をがっかりさせてしまうことはよく分かっているのですが、私自身3人の娘を生んだ者として、新しい命が生まれる非常に大切な瞬間を家族と分かち合うことは大切なことなのです」

と述べています(リンク) また私の記憶違いであったかも知れませんが、別のインタビューでアルゲリッチはそれまで孫の出産に立ち会ったことがなく、もしこの時を逃すと永遠に娘の出産に立ち会うことが出来ないかもしれないと気づき、公演を急遽キャンセルしたとのことでした。

 映画の最後で、母親と三人の娘、そして孫が一同に会して、草の上でペディキュア大会(ピクニックの余興か?)をします。娘達は里子に出されたり、妹のおむつを替えたり、母親の演奏に付き添って緊張のあまりどっと老け込んだり、「(ピアニストになるのは)やめた方がいい。母親には絶対に勝てない」と言われたり、コロンビア大学で博士号を取った後どうしていいか途方に暮れたりと、母親共々決して平坦な人生ではなかったのですが、それでも青空の下和気藹々とおしゃべりに興じていて、色々あってもこんなひとときが持てるならそれで十分ではないかと、かつて母親ファニータに巻き込まれた娘としてのマルタも含め、それぞれが納得しようとしている様に思えました。

 Bloody DaughterのBloodyは、「血まみれの」とか「ひどい」という意味ですが、映画などを観ていて、この形容詞がboy やdaughterの前につけられた場合、ニュアンスとしては「もう、手に負えない子なんだからっ!」という感じで、困った感じ半分愛情半分という表現が多い気がします。


 音楽というよりは家族のお話です。子育て中の若いお母さん方が観ると、肩の力が抜けて少し気が楽になるのではないでしょうか。

 
 「アルゲリッチ 私こそ、音楽!」公式サイト(リンク

この映画の参考になるかもしれない拙ブログ記事「子供と魔法と温泉と」

 蛇足
 シネコンの音響って良くなっているんですね。アルゲリッチがピアノを鳴らした時あまりにも音が良くて鳥肌が立ちました。この音響ならオペラのライブビューイングも観る価値ありです。こちらのシネコンではライブビューイングやってないけど(T_T)

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