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2016年10月15日 (土)

「サクリファイス」を読んでみた

 近藤史恵の「サクリファイス」を読んでみました。自転車ロードレースを舞台にしたミステリーで、数年前に人から薦められて知っていたのですが、「サクリファイス(犠牲 犠牲的行為)」というタイトルに怯み、手が出せませんでした。私を含めこの競技を観たことのある人が「サクリファイス」と言われて頭に浮かぶのは、チームメイトのエースに対する献身だと思います。ロードレースは世界選手権などの例外を除き、レースはチームで走り、チームの中のエースと呼ばれる選手の順位をあげるために選手達はあらゆる献身をします。この人達をアシストと呼び、エース・アシストが一丸となって動く事による、レース中の様々な駆け引きがこの競技の醍醐味で、アシストは非常に重要です。しかし「サクリファイス」とタイトル付けられると、アシストが浮かばれないだけの、実際の競技とはかなり違うウェットな話である怖れがあり、薦めた人が自転車競技を全く知らない人だった事もあり、なんとか口実をつけて読まずに済ませていました。

 それがつい先日、とても本好きのtakoさんが、このシリーズは好きだとツイートしていて、好奇心から「どんな本?」と訊いてみると「物語全体としてはスピード感があるしキャラも魅力的、また文章も上手いので読みやすいとは思います」(リンク)とのこと。読解力と文章力には一目も二目も置いている彼女の言葉で、これは私の好きなこの競技がどんな描かれ方をしているのか俄然興味が湧いてきました。またtakoさんは個人競技なのにチームで協力するというのも判りにくいとの事だったので、どんな風に書かれているのか、シリーズ最新作は「スティグマータ」ですが、まずは第一作の「サクリファイス」を読んでみました。

 嫌な第一印象は残りつつも、読めば冒頭から掴みが上手く、またツール・ド・フランスのテレビ観戦シーンは、ツールの光景が目に浮かぶ様な鮮やかな描写で思わず引き込まれました。自転車を漕ぐ爽快感もいかにもな描写で魅力的です。主人公白石チカがこの競技に興味を抱く「選手がライバルに優勝を譲る」シーンも実際にありますし(例 06年ジロ・デ・イタリア第19ステージ、フォイクト選手など)、優勝でなくともポイント獲得ゲートでの譲り合いはとてもよくあるので、作者はこのスポーツをやっぱりしっかり観ていると思いました。
しかし17頁、登場人物のエース選手がレース中にパンクをし、同じチームの新人選手からタイヤを借りて試合を続行したため、タイヤをエースにあげて記録を残せなかった選手が契約更新されずチームを去るという逸話で私はちょっとブチ切れました。この展開は有り得ないわ。

 実際のレースでこの様な出来事が起こった場合(割とよく起こる)、自分のタイヤをエースに与えたこの新人は絶大な評価を受けます。何故なら他のチームメンバーが皆脱落している中で、一番エースに近い場所を走り(走る脚力があった)、エースの危機を助ける事が出来たからです。エースにとってそのレースでの順位は大したものでは無かったとしても、いつも上位に食い込む安定感を示せますし、エースの災難にすぐ対応出来るチーム力をスポンサーに印象づけられるのですから、チーム側としてはこの選手にはアシストとしての本分を真っ当したとボーナスを出したり、もっと小さなレースでエースに抜擢しこそすれ、これで更新無しは有り得ません。
サイクルロードレースは、チームで戦ってエースを勝たせる競技なのです。それを知らない筈はない・・・はず。

 作者は当然ですが知っていました。第二章「ツール・ド・ジャポン」で、競技について、選手の役割や走り方をさりげなく説明するときに、エースを助けるのがアシストの役目としっかり書いてありました。尤もこれを明記しないと話が進みません。
しかし選手の生きる道がエースコースとアシストコースに分かれ(まるで一般職採用と総合職採用みたい)、両コースには互換性が無く、チーム内ヒエラルヒーによってアシストは陽の当たらない損な役回りみたいな描写が、随所にはさまれた実際の競技の説明(これが簡潔で上手い且つ正確)と齟齬を来たし、きちんと読む人ほど混乱すると思います。
また主人公チカの同期であり有望選手で、アシストなんかしたくない、自分はエースの器だと思っている自信家伊庭君。アシスト志望のチカとの対比で置かれたキャラなのでしょうが、グランツールの優勝者だってアシストしていたし、強豪名門チームのアシスト選手だって、それ以前はそれより弱いチームのエースだったのです。ロードレースは、たった1人の選手と大集団が真剣に競ったら、どんな天才選手でも1人では勝ち目はない競技なので、他選手を見下す選手に将来の芽はないと、選手なら判るはずなのですが。
加えて主人公チカのアシスト志望なのですが、エースを張れる脚力がなければ、格上チームに行ってアシストなど務まりませんので、この人の競技認識にも問題が・・。

 繰り返しますが、チーム内でそれぞれの役目をこなし、チーム(個人だけでなくチームの順位もある)を勝利に導く事に貢献した選手がロードレースでは評価されます。またレースの賞金はチームメイト全員に分配されます。入ったばかりの水ボトルを運ぶ選手にも分配されます。それも私の聞き違いでなければ、平等に分配されるとか(^_^;)
観客やファンもアシストが良い走りをすればきちんと評価しますし、チームも色々気を使います(前述の様に別のレースでエースにするとか、その日のステージ優勝を狙わせるとか)。エースの順位攻防も、アシスト達の戦略や引っかき回しも、同じ比重の醍醐味として観戦者に楽しまれるのがロードレースです。
また腕利きのアシストを揃えた強豪と言われるチームは、それだけで勝利に近いため、エースを選びやすくなり、結果が悪ければエースがチームから放り出されかねないのです。

 とはいえ地方の小さなチームでは、アシスト選手が不条理な思いや苦労をすることも多々あるとは思います。スポンサーが付かなくなるからその国の選手でないとエースになれないという話はよく聞きます。強い選手にアシストさせて勝った選手も当然いるでしょう。でもずっと観ていれば、全てとは言いませんが、選手は競技者として自分を正統に評価してくれる場所、自分が一番走りやすい、自分の強みを発揮しやすい場所へと流れていくことが判ります。チームが選手を見切る様に選手もチームに見切りをつけています。なのに作者はチームでの不条理を我慢して、ずーっと誠心誠意尽くし続ける、日本型終身雇用や年功序列で流動性のない、この場所で踏ん張るしかない責任感故の「サクリファイス」で何か事件が起こる話にしてしまった。この2012年の対談で(リンク)、著者も「アシストという存在が、ロードレースの構造そのものなんじゃないか」とか「ビジネスライクな競技だ」と述べているにも関わらず。他に事件が起きるネタがないような綺麗な競技ではないのに。

 読んだ私の感想は、話の設定と競技の構造とは違うので、この本を読んで自転車ロードレースを理解しようと考えるのは無茶ですし、この競技にこの「犠牲」のモチーフはやはり無理があったと思います。でも、ここに描かれる競技と実際のそれは全くの別物で、だけど所々に挟まれた解説は正しい、というスタンスで読めば、面白い小説として楽しめると思いました。


 おまけ
 昔NHKのTDF放送は録画でしたが、後から解説を付けるので生放送の解説より詳しく判りやすかったです。その中で、選手同士の恩の貸し借りがあり、助けてもらった恩を返さないと後で大変とか、ここで恩を売っておくと後々都合がよいなどという解説を今だ覚えていたことも、私がこの本の設定にのめり込めなかった理由かと思います。ドライすぎる現実(笑)

日本人のアシスト観とロードレース本場でのアシスト観の違いがよく判る質問と回答(yn_fukuiさん以下いくつか)。この競技が理解されていないだけなのか文化の違いなのかはてさて。


 アンディ・シュレク選手がツールドフランス総合一位だった兄フランクとチームのエース、カルロス・サストレの為に怒濤の走りでライバルを疲れさせ、その後自分も疲れ切って後方に沈んでいった、語りぐさとなった勝負。彼のこの働きによりライバルは脱落し、カルロス・サストレ選手がこの年の総合優勝に輝きました。
この後シュレク兄弟は新しく出来た別チームに他のアシスト選手とともに移り、チームのエースを務めたアンディはツール総合二位(一位のコンタドール選手が失格となり一位になった)になりました。あんでぃー!
TdF Stage.15 .2008 Awesome Andy Schleck (白地に下が黒ジャージで顔が長い選手がアンディです)
https://youtu.be/PZ56WFgE840?t=23m47s


 エースのそばにアシストがいなかった場合にはどうなってしまうのか。
総合一位のクリス・フルーム選手を襲った悲劇(笑)
【大事件】走るフルーム【ツール・ド・フランス 2016 stage 12】
https://youtu.be/xKYn6mFtk0o?t=7m31s

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