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2017年11月の2件の記事

2017年11月26日 (日)

オンデマンドみるみる記2 真田丸の秘密

 前記事で「真田丸は言葉で説明している」と書いてしまったため、その根拠を書きたいと思います。とはいえ、オンデマでは半分観たところでタイムアウトになってしまいましたが(^_^;)

 言葉で説明する役割の立役者は長澤まさみ演じる架空の人物「きり」でしょう。最初の頃ネットで「うるさい」と不評だったきりですが、この人物こそ、脚本家の冴えを見せる造型だと今なら思います。
脚本はきりのおしゃべりを借りて巧みに状況説明をするのです。
源治郎が誰を好きなのかとか、祝言の時に人を殺すなんて残酷だとか、一応誰でもそう思う事ではありますが(だからネットではうるさがられた)、ここだけは視聴者に押さえて欲しい部分を言葉で述べさせるので、一杯機嫌の視聴者であっても迷わず受け取る事が出来る仕掛けになっていました。しかも無用な失敗を犯して、人質を救出に来た主役・真田信繁に傷一つつけることなく、ちゃんと捕らえられる事に成功させます。これを不測の事態で救出作戦を失敗させたら「信繁って駄目なやつ」と思う人が必ず出ます。

 おしゃべりなきりではありますが、豊臣秀次が登場すると彼女は途端に口数が少なくなり聞き役に回ります。源治郎の話だってまともに聞いた試しのない彼女が突然寡黙になるのは、相手が太閤の甥だからではなく(多分成長したわけでもなく)、秀次の言葉を引き出す役割になったからです。聴き手が出来たことで普通ならもっと遠回しで表現しなければならない秀次の胸の内を、視聴者に間違いようのない手段で伝える事ができます。ネットでは秀次うざいなどと言われてましたが、簡単に確実に視聴者に伝えるには本人の口から話させるのが一番かと思います。去年だったら私も拒否反応を起こしたと思いますが、今年入り組んだ筋立ての直虎を観た後なので、わかりやすさのありがたみも理解出来ます。

 今回オンデマで続けて視聴したので判ったのですが、「真田丸」というのは滅びの美学をテーマにしているのだなと思いました。武田の滅亡シーンから物語が始まり、真田昌幸に謀られて磔にされる高坂昌元、沼田城の攻防でさえあまり顔を出さなかった北条氏政に至っては、豊臣の小田原城包囲で突然露出が多くなり、ほぼ出ずっぱりの2回分放送の後切腹になりました。真田家の人間が直接関わるエピソード以外は、滅んでいく者達に焦点が当てられていると言って良いと思います。
大阪城ではわざわざきりを聞き役にして秀次の胸の内を語らせ続けているので、27回以降は秀次の滅びが壮麗に描かれると思います。ちょっと楽しみなのでお正月にオンデマ契約して観てみたいと思います。

 滅びの美学、その描き方は美しく哀しく重いのですが、あまり後に引きずらせない工夫もちゃんとしてあるんですね。北条氏政は戦のない平和な時代など嫌だと言って切腹するわけですが、敵の実力を(多分その出自から)見誤っての滅亡ではなく、やんちゃをいって満足の切腹にしてしまいました。不意打ちの恐怖から風呂にも入れず眠れもしない描写を上手く緩和して、重いんだけど引きずらずに済む書き方だったと思います。
滅び方ではありませんが、去年私が観たときに拒絶反応を起こしたシーンに、高畑淳子演じる薫が夫真田昌幸に向かって、人質だった木曽義昌の子らが磔にされた事を仰々しく述べるくだりがありました。当時私はあの戦国時代に人質処刑で騒ぐのはおかしいだろうと思ったのですが、今年の「直虎」で、屋敷に訪ねてきた兄である南溪和尚に、今川の人質となった佐名が「ようもようも顔を出せましたな」と吐き捨てるシーンを見せられ、殆ど書かれていないにも関わらず人質の哀しみがぐさっと胸に刺さって(その後の展開で佐名は夫婦で自刃させられますし)重苦しさに息の根を止められそうになった身としては、薫の軽さに救われる思いをしたのではありました。


 映画や自分で選ぶネットテレビだと、一話の中にどれだけ話を詰め込んでも、観る方は喜んで咀嚼できますが、定時で流れるテレビ番組はあまり詰め込まれると困る場合もあるのかなと「直虎」と「真田丸」を見比べて思いました。今年「直虎」を観たからこそ判る「真田丸」の面白さだと思います。

 みなさまも、時間があったら「真田丸」をもう一度観てくださいませ。

2017年11月20日 (月)

オンデマンドみるみる記1 政次の謎

 前記事で書いた経緯で、オンデマンド見放題パックで晴れて「おんな城主直虎」を第1回から観ることが出来ました。
先の展開が判っているので、「ああ、この子がああなって」とか「このおっさんの早まった行動が」とか、感慨が深すぎて観る度に号泣してしまいました。もう暇さえあれば観てしまう状態で、観た回さえ見直してしまいました。いや~、面白かったですわ。

 実は今回初回から観るにあたり、どうしても確認しておきたいことがありました。それは、高橋一生演ずる小野但馬守政次が、最初の方で悪役だったか否かです。
何故とはいうに、たまたま観た5月12日放送の「鶴甁の家族に乾杯 静岡編」で、ゲストの高橋一生に向かって「あ、悪役だ!」と叫んだ初老男性がいたのです。その頃は既に政次が悪役だと思う人は少なかろうという展開でしたが、ロケ日と思われる4月上旬の放送回をサイトで確認しても、その当時さえ政次を悪役と思う人はいなさそうな状況に私には思えたのです。というか、ネットでは「そんな事したら味方だってばれるぞ」みたいな書き込みが多く、皆悪人の振りをしている小野政次の心中を察しては楽しんでいたからです。
なので私が見損ねた回で政次は悪い事をしでかしたのかなと思ったのでした。奥山朝利のおじさん殺しちゃうから、それかなと。
しかし、今回殺した回を見ても全く悪役とは思えず、なにゆえあの御仁は生・高橋一生に向かって「悪役」などと言ったのか、ちょっと判りませんでした。 

 その後「直虎」浸りの日々を送る中でふと思い当たったことがありました。
そもそもこのドラマは伏線がとても巧妙なのです。見始めた頃時間が取れなくて、6時からの早虎を半分位みて8時から本虎を中座しながら観ることが良くあったのですが、同じシーンを2度観ると最初に観たときに気がつかなかった事に改めて気がつくということが沢山あったんですね。そんな事があって私は観念してしっかり観るか録画するかにしたのですが、日曜夜8時って、お風呂上がりに一杯やりながらテレビを楽しむ時間帯ではないですか。家族とおしゃべりしたりして。そんなのんびりなくつろぎの時間に、ある回で敷かれた伏線が十数回後に顕わになる様な筋書きや、ちょっとした所作で台詞と正反対の内面を表す演技を、見抜けという方が無理かもしれないと思いました。
思い返せばあの衝撃の33回が終わった時、「それで政次は悪者だったの?良い者だったの?」と一緒に観ていた父親から訊かれたというツイートが、高橋一生の演技力を示すものとしてRTされていましたが(その時は私もそう思いました)、今考えると日曜8時のくつろぎ時間にお父さんがドラマの為に割り当てていた脳内処理キャパを、ドラマの内容が越えていたことがそもそもの原因だったのかも知れません。

 私は元々筋の入り組んだ手の込んだものが好みなので、日曜日には体調を整えて必死で観ました。視聴に力を入れすぎて大体月曜日はぐったりしてしまい、ここまでして観る自分は馬鹿ではないのかと思った事も何度もありました。それでもこの面白さは手放せません。でも忙しかったり、その時間帯はゆっくりくつろぎたいと思う人たちが視聴を離脱する事は十分あり得るし、その結果視聴率が奮わないのかもとも思いました。去年観ていなかったので今回オンデマで観た「真田丸」は巧妙に言葉で背景説明をしていました。その分ドラマ内の情報量(伏線など)は減ると思いますが、団らん時に楽しんで観るにはとても親切な作りだったのだと思います。勿論少ない伏線(直虎と比べれば)を上手く際立たせてがっつり観たい派も満足させた手腕は見事です。
でも観疲れて翌日ぐったりしてしまうドラマも私は好きなんです。
一瞬も気が抜けない展開で、観ながら過去回を思い出し、仕込まれた伏線を探り続けなければならないドラマは、受け身で観るというよりは、選んで視聴するネットテレビ向きなのかも知れません。でも地上波それをやったらいけない理由もないと思うんです。今は録画もオンデマンドも、数年後の再放送さえあるのですから。更にどの曜日、どの時間帯であっても、ドラマ視聴に掛けられるキャパも好みも人それぞれなのですから、視聴率の縛りから業界はもう解き放たれた方が良いのではないかと、番組は作りの善し悪しを評価基準にするべきかと思うのです。今更ですけど。

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