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2018年3月31日 (土)

死ぬかと思った話(注 死にませんでした)

 この記事は4月18日に書きました。

 なんとかギリギリ月イチ更新をしていたブログでしたが、3月は記事を書くことが出来ませんでした。2012年7月以来の出来事です。なにゆえ私はブログ更新が出来なかったのかをつらつら書き連ねてみたいと思います。

 3月17日土曜日、明朝7時からの隣組河川清掃に備えて私は九時過ぎに寝床に入りました。それからどの位時間が経ったのかは判らないのですが、寝返りを打った途端背中に激痛が走りました。寝違えたと思ったのですが、今度はみぞおちの辺りが強烈に痛み始めました。それも息をする度に締め付けられるような痛みです。
呼吸の度にぎりぎり痛み冷や汗が出てくる、これは、これはもしかして心臓?私狭心症?
心筋梗塞は背中だの肩だのが痛くなる事が多く、ダイレクトに心臓の辺りが痛む場合は大体心臓ではないのですが、痛むのは肋骨中央のちょっと左寄りと背中という、心臓マッサージをする当にその場所です。
コレステロール値が低く血圧も低い私が、まさか循環器系疾患になるとは思いもしなかったので暫し茫然としてしまいました。寝耳に水とはまさにこのこと。
これが狭心症ならば死なないけれど心筋梗塞だったら下手すると今夜中に死んでしまう。救急車を呼ぶべきか。しかし心筋梗塞を起こした親戚も一晩肩凝りで寝られないまま(当人はそう思っていた)無事朝を迎えたではないか。とはいえ急死する人も多い。ここはおっとり構えている場合ではないのではないか。救急車を呼んだ方が・・・


 その時思わぬ考えが頭に浮かびました。

『部屋が汚すぎる』

 死にかけているときにこれを考えるかと自分でも呆れたのですが、二月三月と体調が悪くお掃除がおざなりになっていたところへ、遂に掃除も片づけもする気力も消え失せて一週間経ったのがこの夜だったんです。家中ひどかったんですが、一番酷い場所が何を隠そう今寝ているこの部屋。ここへ救急の人が来るわけだ、穴があったら入りたい。恥ずかしくて死ぬ。

 と思ったんですが、このままここで死んでも他人が部屋に入る訳で、死体になる前に出た方が安穏であろうと、救急車を呼ぶことにしました。しかし携帯電話のあるところまで動けそうにありません。というか、動けない。
皆さん、電話は枕元に置いておきましょう。私がどれだけ後悔したことか。


 どうしたものかと煩悶しているうちに、痛みのストレスと不安からでしょうか、めまいの発作まで起きてしまったのです。
心筋梗塞疑惑とめまいのコラボ、地獄の責め苦ってこんなものですかね。
こうなると話はより複雑になります。目を回しながらアレコレ受け答えをしつつ救急車で搬送され、病院で検査を受けて、医者から「心臓じゃありません、命に別状ないですから帰って良いですよ」と言われたら普通は「よかったばんざい」でしょうが、めまい中に負荷を掛けられた私は、その場で倒れて一ヶ月寝込みかねません。そうなると介護認定の低い母の行き場がなくて別のお葬式が出かねません。生きてさえいれば、明日タクシーで病院に行っても心筋梗塞ならカテーテル検査で3~4日の入院で済む。

 救急車呼ぶのリスク高すぎる・・・(^_^;)

 ここからの数分間、私の脳みそはありとあらゆる事を考えました。母の事から、救急車を呼んで玄関の鍵を誰が開けるかから、明日の河川掃除欠席をどうやって組長さんに知らせるかまで、何をどうするのが一番良いのかを。

 そして痛みで疲れ果て、もうどうでもよくなりました。最後に8日後の26日朝に放送されるNHKクラシック倶楽部「イーヴォ・ポゴレリッチ」の事が頭に浮かびました。時間指定で録画予約をしているのですが、私が死んでしまえば、家族に観る余裕があるとも思えず、結果誰も録画を観ることはないでしょう。結局私は観られないんだ。汚れた部屋もそうですが、予め計ったりできないのが死というものだ、「癌は死を準備する時間を与えられる稀な病気」という言葉は本当なんだなどと思いながら、私の意識は薄れました。

 翌日ワタクシ生きて目が覚めました。昨夜あれだけ下手の考えを開陳できたということが、危機的ではなかった証拠とも申せます。救急車呼ばなくてよかった(^_^;)

 とはいえ、体調はひどいもので歩くのもやっとでしたが(最初痛くて歩けませんでした)、組長さんに欠席のメールをし、母の朝ご飯と昼ご飯の用意をし(どうやって動けたか思い出せません)、即入院になった時の用心に着替えにタオル洗面道具などをバッグに詰め込み、日曜当番医に行きました。診てもらいました。

 で、狭心症といわれると思っていたら、胃けいれんでした。
言われてみれば、確かに心臓と言うより胃がある場所でしたけど、胃けいれんなんて考えもしませんでした。死ぬかと思う程痛いとは聞いていたけど、ほんと死ぬかと勘違いしましたわ(^_^;) 

 てことで、狐につままれた様に死を免れた私は、お薬を処方していただいて、帰りにスーパーで母用にお総菜を買えるだけ買って帰り、まだまだ痛かったのでそれから数日寝込む事になりました。また胃の痛みも取れなかったので、暫くお薬を飲み続け、なんとなくうだうだしているうちに最終週となり、26日朝4時起きしてポゴを聴いて廃人となり(というか痛みがぶり返したのです)、気がつけば4月となっていたのでした。

 これがワタクシの5年8ヶ月ぶりに月イチブログ更新が出来なかった顛末です。死ぬかと思ったんだから、ブログ更新出来なくてもいいですよね(^_^;)

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