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カテゴリー「とほほな話」の159件の記事

2018年7月19日 (木)

六月は終わらない

 三月にハライタを起こして以来、私は自分が倒れた時の心配を今まで以上にするようになりました。単なる胃痛でもうっかり入院した日には、家族の葬式になりかねない我が家。この脆弱性を塞がねば!

 てなわけで、五月に胃カメラ呑んで診断がついてから(慢性胃炎でした)、喫緊の課題、「家族Aの介護度を変えてもらう」に着手。認定変更願いを出し、再認定調査日が六月の初めとなりました。

 その前にケアマネさんとの打ち合わせがあり、病院に定期診察があり、家族Aのプチ発熱があったのですが、調査当日家族A大発熱。朦朧とした中での調査となり、これなら要介護1をゲット出来るとほくそ笑んだその瞬間、
「元気な時を想定して評価させていただきます」
という調査員さんのお言葉。
いや、ちょっと。元気な時も今とあまり変わらない状態になったから再調査をお願いしたのに!その元気な時の状態って、もう消え去ってしまったのに!
ワタクシ、人生でこの瞬間ほど、『捕らぬ狸の皮算用』という言葉をかみしめたことはありませんでした。

 熱があるのに質問されたりしたせいか、家族Aはその後もりもり発熱し、一回通院するも、月曜日には入院と相成りました。

 入院直後のドタバタがやっと終息してきた水曜日、リンリン鳴った電話に出ると「市の耐震診断の順番が来ました。来週水曜日にお願いします」とのこと。去年の3月に耐震診断の申し込みをしていたのです。それが今か!今くるか!と思いつつも、これを断ったらいつになるのかわからないので泣く泣く承諾。

 その翌日、私は自分の甲状腺が腫れている事に気がつき、昔通った専門医に連絡。これも家族A入院中でよかったと考えるべきか。

金曜日に結構遠い専門医に行き、血液検査の結果は来週だけど、多分ほとんど心配ないと言われ、いらぬ真似をしてしまった感から疲れが倍増。

 土曜日朝、ふとみると庭のラズベリーがたわわに実り中。そういえば今年の三月、大量生産を夢見て支柱を買って手入れをしたんだっけ。

 そういえばラズベリーって、今みのるんだ・・・(涙)

 熟してしまえば猶予はない。収穫したら日持ちはしない。

 私は土曜日朝、泣きながらラズベリーの収穫に勤しみました。そして2時間近くかけて摘んだ実を、即効でジャムに、するつもりが瓶がない!涙を拭いてホームセンターで瓶を買ってきましたよ。

 少しゆっくり出来ると思った土曜日はこのようにジャム造りで忙殺され、翌日曜日、月曜日も引き続きたわわに実り続けるラズベリー対策に忙殺されたのでありました(さすがにご近所に配りましたよ。家の中に食べる人いないんだもの)

同時進行で、耐震診断の準備です。天井裏に入るための戸袋と押し入れから、中身を撤去しなければなりません。これが大変で。というか、ここ数年二階は物置状態になっていたのでまずはそれを片づけるために、カラーボックス買ってきて組み立てましたよ(しくしく)

 床下に入る入り口はあるんですが、それ、洗面所の洗濯機の下にあるんです。はい、洗面所も片づけませんとね(えんえーん)

 迎えた水曜日、土砂降りだったんですが、診断していただきました。すべての部屋を点検していただき、全てのドア引き戸がきちんと開くかも点検していただき、三時間近い診断は終わったとき、私はその場でくずおれそうになりました。
おわかりいただけるでしょうか。
部屋にあったものを、とりあえずとひたすら放り込んだ押し入れや物入れ、納戸の戸を、確認のために自ら開け閉めしなければならなかった、この精神的苦痛が・・・

しかし私の仕事は終わらない。戸袋と押し入れから出したものを元に戻さなければなりません。なんとか片づいたその瞬間、病院から電話。いわく家族Aが退院したいと言い出したそうな(愕然)

 Aは熱も下がり血液検査の数値も良くなっていたのですが、ケアマネさんと訪問看護の人と病院とで金曜日に打ち合わせをする手はずになっており、それが済むまで入院していてね(はぁと)と頼んでいたのですが、数値が良くなりゃ居る義理はないとAは断固退院を主張。この世の中で、誰が家族Aに立ち向かえるでしょうか?結局翌木曜日に怒濤の退院となりました。 

 翌々日の金曜日は例の打ち合わせを我が家で開催。一応片付けとお掃除をしませんと(涙)
 
 それから訪問介護サービスとの契約とか、電動ベッドの搬入とか、あれやこれやこれやあれやが続きました。ながい。6月長い。あまりに長くて一年くらい6月やってる感じで、ある時私はおののきました。もしかしたら6月は永遠に終わらないんじゃないだろうか。世の中が7月になっても、私だけ6月のこの世界に留め置かれてしまうんじゃないだろうかと。
 
 不安を募らせながらも、6月30日の翌朝、目を覚ましてみれば、世界と私は7月に突入していました。我ながらなんという馬鹿なことを考えたものか、と苦笑いしながらその朝、起きたのですが・・・・

 今、家族Aは再び入院中で(肺炎が癖になったらしいです)、耐震診断の結果説明がもうじき来るそうで、七夕の夕方届いた知らせでは、介護認定は血も涙もない要支援2で、
結局私はまだ一人6月に取り残されているような気がします。

 なぜだ~(T_T)

 追伸

 ちなみに猛暑はちゃんとやってきました(号泣)

2018年4月18日 (水)

春の菜摘みの・・・

 ある時、鳥が運んできたのか、庭にヨモギが生えました。最初は小さすぎて摘むことも憚られましたが、少しずつ大きくなり、今年の春、ついに立派なヨモギの草むらが出来ました。これなら好きなだけ摘めそう。苦節三年。我ながらよく頑張りました!

 ということで、ヨモギの葉っぱを一生懸命摘んだわけです。そして丁寧に水洗いし、重曹を入れた大鍋の湯でしっかり茹でて、水に晒してあく取りをしました。

後は水気を切ってラップに包んで冷凍すれば好きな時に草餅が作れます。今年は飽きる程草餅が食べられる~

 出来上がった茹でヨモギは、しかし何の匂いもしないのです。確かに茹ですぎた感はありますが(1~2分のところを5~6分茹でてしまった)、あまりにも風味がない。母にも一口食べてもらったのですが、やっぱり香りがしないとのこと。

 そう言えば摘んでいる時にもあまり匂いがしなかったなあと、庭に出て生のヨモギの葉で匂いを確認してみました。やはり殆ど匂わない。はて面妖な。

 ということでネットで調べてみたらとヨモギとよく似ていて間違えやすい植物に出ていたのが、あろうことかトリカブトだったのです。

 アガサ・クリスティーの小説にもよく出てくるあの猛毒のトリカブト。家族に「水仙には毒があるからニラと間違えないように」と口を酸っぱくして注意していたこの私が、トリカブトを大事に育て上げ、食べてしまったとは!母にまで食べさせてしまったとは!しかも下手すれば致死量!

 30分も経たずに痺れなどの症状がでるのだそうですが、その時既に食べてから30分以上経っていて、母に告げても「まだ死んでないから違う」との事だったので違ったのだと思います。何より花の色が全く違いました。庭の草はヨモギそっくりの花が咲きます。

 もう一度庭に出て草を確認しました。ヨモギなら裏に細かい毛があるはずなのに見えない。葉の裏は白いのに毛がない。一体これは何なんだ。

 ネットで調べた次の候補は「ブタクサ」

 ブタクサアレルギーのある私が後生大事に庭でブタクサ育てていたとは(涙) 

しかし、これも葉の形が違いすぎます。

 私は三度庭に出て溜息をつきました。葉の形も花も、葉裏の色もヨモギにそっくりなのに、裏に毛のないお前は何者なの。

と、明るいところでよく見たら葉の裏に毛が・・・。葉っぱをゴシゴシ擦ってみれば微かにヨモギの香りが・・・ 

その後わかった事は、ヨモギには個体差があり、香りの少ない株もあるので摘むときは香りを確認してから摘むようにとのことでした。知らずに育ててしまったワタシ(T_T)

 朝、意気揚々と納戸から大鍋や大ザルを出してきた私は、その日の午後、無言のまま洗って乾かした鍋とざるを仕舞ったのでありました。

 我が家の庭はどうしてこうなってしまうのでしょう。三年掛けて育て上げたのに・・・(しくしく)

2018年3月31日 (土)

死ぬかと思った話(注 死にませんでした)

 この記事は4月18日に書きました。

 なんとかギリギリ月イチ更新をしていたブログでしたが、3月は記事を書くことが出来ませんでした。2012年7月以来の出来事です。なにゆえ私はブログ更新が出来なかったのかをつらつら書き連ねてみたいと思います。

 3月17日土曜日、明朝7時からの隣組河川清掃に備えて私は九時過ぎに寝床に入りました。それからどの位時間が経ったのかは判らないのですが、寝返りを打った途端背中に激痛が走りました。寝違えたと思ったのですが、今度はみぞおちの辺りが強烈に痛み始めました。それも息をする度に締め付けられるような痛みです。
呼吸の度にぎりぎり痛み冷や汗が出てくる、これは、これはもしかして心臓?私狭心症?
心筋梗塞は背中だの肩だのが痛くなる事が多く、ダイレクトに心臓の辺りが痛む場合は大体心臓ではないのですが、痛むのは肋骨中央のちょっと左寄りと背中という、心臓マッサージをする当にその場所です。
コレステロール値が低く血圧も低い私が、まさか循環器系疾患になるとは思いもしなかったので暫し茫然としてしまいました。寝耳に水とはまさにこのこと。
これが狭心症ならば死なないけれど心筋梗塞だったら下手すると今夜中に死んでしまう。救急車を呼ぶべきか。しかし心筋梗塞を起こした親戚も一晩肩凝りで寝られないまま(当人はそう思っていた)無事朝を迎えたではないか。とはいえ急死する人も多い。ここはおっとり構えている場合ではないのではないか。救急車を呼んだ方が・・・


 その時思わぬ考えが頭に浮かびました。

『部屋が汚すぎる』

 死にかけているときにこれを考えるかと自分でも呆れたのですが、二月三月と体調が悪くお掃除がおざなりになっていたところへ、遂に掃除も片づけもする気力も消え失せて一週間経ったのがこの夜だったんです。家中ひどかったんですが、一番酷い場所が何を隠そう今寝ているこの部屋。ここへ救急の人が来るわけだ、穴があったら入りたい。恥ずかしくて死ぬ。

 と思ったんですが、このままここで死んでも他人が部屋に入る訳で、死体になる前に出た方が安穏であろうと、救急車を呼ぶことにしました。しかし携帯電話のあるところまで動けそうにありません。というか、動けない。
皆さん、電話は枕元に置いておきましょう。私がどれだけ後悔したことか。


 どうしたものかと煩悶しているうちに、痛みのストレスと不安からでしょうか、めまいの発作まで起きてしまったのです。
心筋梗塞疑惑とめまいのコラボ、地獄の責め苦ってこんなものですかね。
こうなると話はより複雑になります。目を回しながらアレコレ受け答えをしつつ救急車で搬送され、病院で検査を受けて、医者から「心臓じゃありません、命に別状ないですから帰って良いですよ」と言われたら普通は「よかったばんざい」でしょうが、めまい中に負荷を掛けられた私は、その場で倒れて一ヶ月寝込みかねません。そうなると介護認定の低い母の行き場がなくて別のお葬式が出かねません。生きてさえいれば、明日タクシーで病院に行っても心筋梗塞ならカテーテル検査で3~4日の入院で済む。

 救急車呼ぶのリスク高すぎる・・・(^_^;)

 ここからの数分間、私の脳みそはありとあらゆる事を考えました。母の事から、救急車を呼んで玄関の鍵を誰が開けるかから、明日の河川掃除欠席をどうやって組長さんに知らせるかまで、何をどうするのが一番良いのかを。

 そして痛みで疲れ果て、もうどうでもよくなりました。最後に8日後の26日朝に放送されるNHKクラシック倶楽部「イーヴォ・ポゴレリッチ」の事が頭に浮かびました。時間指定で録画予約をしているのですが、私が死んでしまえば、家族に観る余裕があるとも思えず、結果誰も録画を観ることはないでしょう。結局私は観られないんだ。汚れた部屋もそうですが、予め計ったりできないのが死というものだ、「癌は死を準備する時間を与えられる稀な病気」という言葉は本当なんだなどと思いながら、私の意識は薄れました。

 翌日ワタクシ生きて目が覚めました。昨夜あれだけ下手の考えを開陳できたということが、危機的ではなかった証拠とも申せます。救急車呼ばなくてよかった(^_^;)

 とはいえ、体調はひどいもので歩くのもやっとでしたが(最初痛くて歩けませんでした)、組長さんに欠席のメールをし、母の朝ご飯と昼ご飯の用意をし(どうやって動けたか思い出せません)、即入院になった時の用心に着替えにタオル洗面道具などをバッグに詰め込み、日曜当番医に行きました。診てもらいました。

 で、狭心症といわれると思っていたら、胃けいれんでした。
言われてみれば、確かに心臓と言うより胃がある場所でしたけど、胃けいれんなんて考えもしませんでした。死ぬかと思う程痛いとは聞いていたけど、ほんと死ぬかと勘違いしましたわ(^_^;) 

 てことで、狐につままれた様に死を免れた私は、お薬を処方していただいて、帰りにスーパーで母用にお総菜を買えるだけ買って帰り、まだまだ痛かったのでそれから数日寝込む事になりました。また胃の痛みも取れなかったので、暫くお薬を飲み続け、なんとなくうだうだしているうちに最終週となり、26日朝4時起きしてポゴを聴いて廃人となり(というか痛みがぶり返したのです)、気がつけば4月となっていたのでした。

 これがワタクシの5年8ヶ月ぶりに月イチブログ更新が出来なかった顛末です。死ぬかと思ったんだから、ブログ更新出来なくてもいいですよね(^_^;)

2017年10月31日 (火)

ぽんず家の苦難 テレビdeネット有り得ない展開編

 前記事に書いた、我が家のテレビを中継機を通してケーブルでネットに繋ごうプロジェクトの続きです。
その後中継機能付きルーターではなく、結構お高い中継機そのものを買い、中継機からのケーブルで我が家のテレビは無事ネットに繋がる事が出来ました(祝)

そして歓び勇んでYouTubeを観ようとしたところ、何故か表示されない。テレビの説明書によればYouTubeアプリなるものがあり、それを使って閲覧するとこが出来るはずなのですが、YouTubeアプリがないのです。なのでテレビ画面からメーカーのサイトに行ってみると「このサービスは終了しました」と表示。嫌な予感しかしません(^_^;)
テレビ経由では埒があかないのでネットで検索してみたところ、なんと、テレビでのYouTube閲覧は数年前に終了していたそうなのです。更に追い打ちをかけるように、テレビ画面に「PC」なるアイコンを発見し、説明書をひっくり返して良く読めば、HDMIアダプタを使えば直接パソコンと繋がるのだそうで、そう言えば昔そんな話を読んだ気もします(忘れてたのね)
つまり、HDMIケーブル一本あれば、こんな手間暇掛けずにテレビでYouTubeを楽しめたわけです。余分なHDMIケーブル、うちにあったのに・・・。

しかし私はYouTubeの為だけに大枚をはたいた訳ではないのです。NHKオンデマンドで「直虎」を第一話から観るという目論見もちゃんと持っていたのです(勝利の高笑ひ)

 ところがですね、動画配信の為の登録が判りにくいんです。テレビからなら簡単なんですが、途中で宙を飛ぶ回線にクレジットカード情報の入力なんて出来ますか?なので線で繋がるPCからの登録(私の場合アクトビラ)を試みたのですが、専用アプリをダウンして初めて登録画面に行けるとわかるまで、随分手こずりました。今時サイトから出来ないなんて。そしてテレビに表示された仮パスをPCで入力して登録して完了なんですが、PCとテレビの間を何往復もかけずり回りましたわ。まさかここでPCをWifiには出来ませんし。

 そんなこんなとありましたが、なんとか「見放題パック」を購入し、オンデマンドを楽しむ事が出来るようになったと言うべきなのか・・・

 オンデマンド配信番組は字幕がないんです。うちの母字幕がないと話の筋が見えないんですわ(T_T)
更に追い打ちをかけるように、ゴールデンタイムである夜の九時前から電波が込むのか通信状態が悪くなり、画像はともかく音声が途切れてしまうのです。線で繋がないと動画配信は厳しいみたい。ということで、電波が空いてる状態を選んで、私は一人で「直虎」他、アレコレ番組を観ています。面白いんだけど、掛かった労力とお金を考えるとなんだかなあ・・・(T_T)

こんな事なら中継機に使ったお金でケーブル買ってきて自分で屋根裏に通せばよかった。天井踏み抜いて大騒ぎになったとしても・・・・(しくしく)

2017年9月 4日 (月)

ぽんず家の苦難 テレビdeネット編

 ある春の夜の、家族Aとぽんずの会話

A 「ネット動画観たい~。それも茶の間で観たい~」
ぽ「しょうがない、wifiルータ買ってくるか(T_T)」

 GWにルーターを買ってくる。

ぽ「YouTube観られるよ~」
A「画面が小さくてよく見えない~(しくしく)」
ぽ「じゃテレビで観られるようにしよう」

テレビ→wifi非対応

別売り専用アダプタ→生産終了

無線コンバーター→生産終了

ぽ「わーん!!!(涙)」

という状態だったのですが、その後安いwifiルーターを中継機にしてそれとテレビをケーブルで繋げば良い事に気がつき、ほっと胸をなで下ろしたのも束の間・・・

5月 トイレ大工事作戦&Aのあんよ骨折で買いに行く暇も気力も無く。
6月 骨折患者をつれて整形通い&7月の法事に向けて大掃除。
7月 法事&Aの入院と再入院。
8月 A退院&お盆の準備。元気を回復してもりもり食べるAの為のご飯作り。

これらをなんとか切り抜けて、今日(今日ですよ、今日)やっと電気店までたどり着き・・・

ぽ「すみませーん。wifi機能のないテレビに使う中継機ルーター下さい。どれが良いでしょう?」
親切&物知りな店員さん「ケーブルで繋ぐんですか?」
ぽ 「そうでーす♪」
店「それでしたらここの列のこれらで大丈夫です」
ぽ「じゃあこれにします。ありがとうございます!わーい!」

ぽ「今夜からネットテレビ見放題~♪\(^o^)/」

 そして何が起こったか。設定できなかったんです。親機に認識させる為のボタンが見あたらない!!!何故見つからないかというと、そのルーターに中継機機能は付いていなかったんです。

 慌ててお店に電話をしたら店員さん平謝り。でも 「ケーブルで繋ぐんですか?」 と訊かれて、大きく「はいっ!」ってお返事したの私なんですよね。ここで気がつくべきだったのに・・・。

 という次第で、ルーターは返品となり、店員さんが我が家にぴったんこの中継機を選んでくださるそうです(ありがたや、かたじけなや)

 でももう一度お店に行かないといけない。どうしてこうなるかな。。。。。

 Router1


このサイトをみたときの私の衝撃、おわかりいただけます?(号泣)

2017年8月 1日 (火)

おまぬけぽんぽこりん日記 人生から消し去ってしまいたい日

 人生から消し去ってしまいたい日、それが昨日でした。

 七月三十一日の夕方、我が家に電話がかかってきました。それは、前夜熱を出した家族Aを病院に連れて行き、Aを病院に残して私だけ家に帰ったのが午前一時過ぎ、また病院へ行くために家を出たのが午前六時半、入院手続きなどなど午前中は忙しく過ごし、お昼頃荷物を取りに戻りまた病院へとんぼ返り、着替えタオルなどの身の回り品をなんとか整え家に帰り、掃除と片付けと洗濯をしてほっとした、そのタイミングでかかってきたのです。
電話の主はインターネット回線勧誘業者で、今忙しいから後にしてくれと言うと、四月頃に電話して契約になっているから今継続手続きをしないと解約になって回線が切れるとのこと。寝不足と疲れで頭が回らなかった私でも「んな訳あるか」と「それなら解約で」と答えて相手に速攻ガチャ切りされたのです。

ここまでは私はまあ普通の対応だったと思います。しかし前回かかってきたという四月は私がトイレ工事準備に忙殺されていた頃。電話でなんと答えたのか記憶がないのが妙に不安なのです。
なので念のためNTTに契約内容を確認しようと電話を掛けたのですが、これが繋がらない。やむなく電話番号の書いてあったサイトの相談フォームで問い合わせをしたのです。相談内容を住所氏名電話番号と共に記入して。
送信した直後にここって何のサイト?という話になり、あろう事か私はNTTと間違えて、よりにもよって乗り換え推進業者のサイトに相談してしまっていた事に気がついたのです。
その時の私の衝撃、お察し頂けますでしょうか。今まで個人情報がばらまかれないようにネットショッピングだって細々とやっていた小心者のこの私が、一番教えたくない相手に自ら情報を差し出してしまったなんて!!!!それも手間暇かけて!!!!
披瀝してしまった私の住所氏名にメールアドレスと電話番号は、これからどうなってしまうんでしょうか。

 フォーム送信から20分後に「この内容のご相談は承れません」旨の、NTTご相談窓口の電話番号が記された返信メールが来たときの、私の恥ずかしさ、いたたまれなさとたるや、穴を掘ってでも入りたい気持ち、今後への不安もあって生きる自信を失いかける程でした。
 
 ちなみに当たり前ですがネット回線は解約にはなっておらず、NTTの相談員さんからその手の電話は何を聞かれても「それにはお答え出来ません」と返すといいとのことでした。良かったです。これからその手を使う機会が降って湧いてくるでしょうから。
 
 その後、久々にアクセスしようとした『eビリング』と『フレッツ光メンバーズクラブ』のパスとIDを盛大に間違えてどちらもロックされて、やっとこの日は終息したのでした。
消せるものなら、消し去ってしまいたい一日でした。てか、私自分がここまで馬鹿な事の出来る人間だったなんて、知りたくなかった(T_T)


私が間違えたのはこのサイトです。どうして間違える~(号泣)

   https://hikari-n.jp/

2017年6月30日 (金)

家族A活躍すの巻

 月末です。ブログ更新デッドライン日です。
ご無沙汰しております。皆様いかがお過ごしでしょうか(^_^;)

 さて、前記事(先月の記事ですね(^_^;))に書きましたが、我が家は懸案のトイレ改修工事に挑みました。3月から計画し、4月工事開始がGW明けにずれ込んだので連休中はひたすら工事準備に勤しみました。そんな大忙しの中、家族Aがトイレで転んだわけです。
何故転んだかと申しますと、トイレと廊下間の壁も壊す必要があり、廊下に置いてあった本棚を私が移動したんですね。なのでいつもの様に廊下に出たところ、家族Aの前には、つかまるのに丁度よい本棚が無かった。その虚無空間を掻き分け、トイレ入り口にたどり着き、男性用トイレのドアノブを手すり代わりに掴んだのですが、いつもは閉まっているドアが私が盛大にお掃除をして閉め忘れたため(バケツとか持ってたんでついうっかり)、掴んだ瞬間にふわーんと動き、いつもなら乗り切れる、そして明日には消え去る床の段差に盛大に躓き、家族Aはその場で転んだそうなのです(目撃者無し・本人談)。怪我当日は日曜日、そして翌日は工事開始だったため病院に行けたのは二日後でしたが、診察の結果足首の骨にヒビが入っており家族Aはギプスの身となりました。ギプス巻いても痛いので移動は車イス。

 トイレ工事(お外に仮設トイレ~)と車イス介護コラボ&通院という阿鼻叫喚の一週間の後、トイレは無事完成しましたが、家族Aのギプス生活と通院は続きました。
 
 それでも薄紙を剥がすように少しずつ痛みは引き、家の中での車イス使用もぐんと減り、やっとギプスがとれたのが6月1日。
その後経過観察の通院を続け、もう今日で通院が終わるだろうと誰もが思った(Aも医師も私も世界も!)6月15日、整形の駐車場に到着しAを車から降ろすため慌てて降りた私は、車のドアに自分の肘を強打してしまいました。ここ一ヶ月ちょっと、車イスを車に積んだり下ろしたりで古傷の右手首がかなり痛んでいた私は顔から血の気が引き頭の中が真っ白、その場にうずくまってしまいました。なんとか気を取り直して立ち上がると、Aが居るべき車の中は無人。
外にもAの姿はない・・・家族A消え去る?
訳はなく、絶叫して車の反対側に駆け寄ると、コンクリートの上に、おでこと腕から血を流しながら倒れている家族Aの姿がありました。1人で車から出ようとしてその場で転んだのでした。

 倒れたAを見下ろしたその時、私は何を思ったか?

「整形外科の前だ。すぐ診てもらえてらっきー(はぁと)」

親が転ぶとか倒れる事に驚かない。それらが既に織り込み済みになっている自分を発見した瞬間でした。嗚呼、これが介護というものか・・・。


幸いこの転倒での怪我はたいしたことはなく(と言っても擦り傷からの出血がひどくて替えたばかりのシーツを洗い直す羽目になりましたが)、一週間の様子見を経て、22日の診察では二週間後に診察、結果が良ければ通院終了という事になりました。

来月の無事をひたすら祈るばかりのワタクシです。

2017年4月30日 (日)

お鼻くんくん物語 祝!一周年!!

 皆様、私のお鼻が嗅覚を失った、あの衝撃の出来事から一年たちました!
私の鼻はとうに治っていると皆様はお考えかも知れませんが、実はまだ治療中です。さすがに強力ステロイド点鼻薬は止めましたが、スプレータイプのステロイドを使ってます(^_^;)

 二月の中頃に、急に良くなったんです。お茶が急に美味しくなって高いお茶を間違って淹れているのではと思うくらいでした。香りが戻ると風味がぐんと良くなるんですね。白黒テレビからカラーテレビになった時のような感じがしました。
しかし時は二月。この世のものとも思えぬ楽園な数日を過ごした或る夜、気温が下がったのかマスクをしているにも関わらず寝ている時に鼻が冷たくて痛くて、朝起きたら香りの楽園はすっかり色あせておりました(T_T)

 それからは花粉の季節になってしまい、もう匂いがどんどん遠のいていく日々でした。まるで坂から転がり落ちるみたい。

美味しいお茶が~!!!果物の香りが~!!みんな遠のいて行く~!!!(T_T)

しかもガスの臭いが異様に判らなくて、ガス漏れを起こしていた~(T_T)(T_T)

 失楽園ってこんな感じなのでございましょうか(T_T)(T_T)(T_T)

 泣きそうな日々でしたが、幸い去年無くしたと思った強力ステロイド点鼻薬が戸棚の奥からころっと発見され、医師の許可の元、それを使う事二週間。なんとか花粉による後退を食い止める事が出来ました。やったー!でも三月長く感じたわ~

 そして四月。花粉の威力は侮りがたく、ガス栓が少し開いているのに気がつかずに火を付けてぼわんと炎に包まれ(一瞬、お腹周りだけでしたので無傷で済みました)たりしましたが、日々怠りなくお薬を点して、憂鬱な日々を耐え抜いています。二月の香りの楽園を味わっちゃった後だと、毎日の味気なさも一入です(T_T)

 とはいえ今年の私は松本城に桜を見にも行きましたし、レストランでエスプレッソとカルヴァドス(カフェカルヴァっていうんですって)なんてものも頂いてしまう位には気持ちは前向きになっています。花粉による後退はありますが、去年よりは確実に良くなった筈です。去年の桜の頃なんて匂いなんか殆どしませんでしたもの。 
このまま頑張れば、来年の今頃は、花粉で後戻りをしても今年より良くなっていると思います。そして来年も頑張れば、再来年の花粉で症状が悪化しても尚、来年よりは・・・

 去年の今頃、一年後の私がニオイ回復十年計画を立てていようとは、夢にも思いませんでした。来年の今頃、この記事の続編を書かずに済むように、願ってやみません(T_T)

2017年2月 5日 (日)

ぽんず電車に乗る 2

 私にとって2016年は衝撃の年でした。何故なら、去年一年で二度も特急に乗ったからです。それも同じ中央西線!前回の出来事は「ぽんず電車に乗る」をご覧下さいませ(リンク)

 そもそもの事の起こりは愛知県豊田市で12月18日に催される、ポゴレリッチコンサートのチケットを急遽譲って頂いたことから始まります。電車では某ローカル駅→松本駅→多治見駅(岐阜県)→高蔵寺駅(愛知県)→新豊田駅と乗り継いで行きます。行きは良いとして帰りの下りは多治見7:04分発が最後の特急となるので、帰りの乗り継ぎ時刻も綿密に計画しメモもつくりました。これだけきちんと計画を立てたのに、切符の手配は当日松本駅で購入する自分になんの疑いも持ちませんでした。いつもなら列車内で食べる物を予め用意していくのですが、それも用意せず、駅弁を買うつもりでいました。そして駅弁を食べるのが嬉しくて、前の晩よく眠れませんでした^_^;

 そして運命の 18日日曜日。その日の午前中東海道新幹線が不発弾処理のために何本か運休すると事前に知ってはいましたが、山の中のローカル線になんの影響があろうかと高をくくっていた私は愚か者でした。すれ違う新宿発の特急列車が5分遅れたために、私の乗ったローカル電車も5分遅れ松本での乗り継ぎ時間が8分になりました。
松本駅では緑の窓口が長蛇の列だったので、指定席券自動販売機で切符を買おうとして、ちゃんと通路側の座席を選んだにも関わらず、最後の最後で何故か操作し間違えて片道乗車券と特急自由席券を買ってしまったのです。これなら最寄りローカル駅でも買えたのに!!!!

何の為にわざわざここで改札から出たのか判らない状態でとにかくまた改札を抜け、駅弁が並ぶ売店を横目に階段を駆け下り、ホームに着いたのが発車予定時刻2分前。しかし待てど列車の来る気配はない。その後アナウンスで特急「しなの」も5分遅れるとのこと!!もう自由席の列に並んじゃっておべんと買いに行けないのに「しなの」よお前も遅れるのか!てか、どうしてそれを早く知らせないの。あんなに慌てなければ指定席券買えたのに(それも往復で)

 その後、長くなるので省きますが、自分でも驚く程知力体力を振り絞り、僅かしか残っていなかった空席に座ることができました。
もっとももう一本早い松本行きに乗っていたらこんな苦労はしなくて済んだんですが・・・。あんなに楽しみにしていた駅弁だってちゃんと買えたのに・・・(涙)

 しかし受難はこれで終わった訳ではありませんでした。、この特急、5分遅れのままで多治見駅に近づき、そこでは乗り継ぎが3分しかなかったのです。もちろん乗り継ぎ客を待つ旨アナウンスがあったので、私は早めに乗降口に行き、列車がホームに停まるのを今や遅しと待っていました。ふと見ると横に子供が一人いたのでつい場所を譲ったところ、この子供が家族6人を呼び寄せ私の前に陣取り、小さい坊やが誰の助けも借りずに一人で汽車からおんりしようと何度も挑戦する(でも怖くてなかなかできなーい)のをおばあちゃんが大絶賛で励まし続けるという事態が繰り広げられるとは!ごめんなさい、私待ちきれなくて後ろから割って降りました。
そして階段を駆け上り駆け下りて、快速に飛び乗ることが出来たのですが、乗った瞬間次の試練に思い至りました。次の乗り継ぎ時間は9分引く事の5分で4分間。この4分で私は未知なる「愛知環状線」乗り場にたどり着かなくてはならないのです。乗り場が駅の外だったらアウトだー(涙)

 運命の高蔵寺駅到着。ドキドキしながら降り立つと、目の前に「岡崎行き」(岡崎行きって私が乗る奴よね?あ、メモにもちゃんと岡崎行きって書いてある!)が停まってる~(笑)

 岡崎行きの列車に乗った時の安堵感をどうお伝えすればよいのでしょうか。本当にほっとしました。と同時に疲れ果て、このまま引き返したくなりましたの。ポゴのコンサートを聴ける体力が残っている気がしなくて;^_^A

 愛知環状線はのどかな丘陵地帯を走っていきます。保見駅では遠くに団地が見えました。あの団地には豊田で働く日系ブラジル人の人が多く住んでいることを後で知りました。列車の乗客が多い割りにはどの駅も野中にぽつんとあるのが不思議でパークアンドライドなのかなといぶかりつつも、車窓ののどかさが私の疲れを癒し、仮に乗り遅れても次の電車はせいぜい20分後には来るので決してコンサートに行けなくなる事はなかったのだという事実を私に思い出させる程度には回復させてくれたみたいです。これならコンサート聴けそう(笑)

 と眺めたり考えたりしているうちに無事新豊田到着~♪
無事他の方と合流~♪
あとは他の方の後をくっついていくだけ~♪
しかも駅を出るときに帰りの切符「新豊田~高蔵寺経由多治見」を買っちゃった~。何故高蔵寺までではなく多治見まで買ったかと申しますと、松本高蔵寺間は松本多治見間+高蔵寺までより240円高くなってしまうのです。それで、わざわざ多治見まで切符を買ったのです。見よ!私のこの先見の明!ちゃんと着いたし切符も安く買えたし、今日の私は冴えてるわ~(*^_^*)

 そして帰り道

 案に相違してポゴのコンサートが人並みな長さで終了してしまったため、私が綿密に計算した最終デッドライン電車の発車時間までかなり余裕が出来てしまいました。なのでお友達とゆっくりしながら会場を後にし、ゆっくりぶらぶら歩きながら新豊田駅に向かい、目の前に来た一本前の電車も余裕で乗り遅れ(走るのめんどくさかった)、計画通りの高蔵寺行きに乗りました。

 高蔵寺では計画通りの多治見行きに乗り、たった数分の待ち時間で特急「しなの」に乗り、運良く自由席に座ることができました。もしあいていなかったら指定席に座る積もりだったので、全てめでたしめでたしです(*^_^*)

 そして車掌さんが改札に来たので多治見までの切符を出して松本までの切符と特急券を買った所、ちょっとお高い?あれ?なんで?と後でよくよく切符を確認すると、なんと!乗車券が松本~高蔵寺になっていて、高蔵寺~多治見が払い戻しになっている!!!何故?どうしてそうなる?なんだ?JRは人がせっかく買った切符を払い戻してまで割高運賃を請求するのか?と息巻いたんですが、高蔵寺と多治見は同じ中央西線なので、もしかしたら規定でそうなってしまうのかも。車掌さんもお忙しそうだったのでも引き留めて聞くのも気が引けて、そのままになってしまいました。新豊田でもう一本早い電車に乗れていれば、乗り継ぎは快速で多治見にはもっと早く到着するので、改札を出て切符を買う暇は十分あったはずなんですよね。240円あればオイコス1.4個買えたのに、と列車の中で涙ぐみました(本日もう一度確認したところ、高くなった運賃は190円、オイコス1.2個分でした。これがパルテノだったら1.4個かな?)。

 さて、無事松本駅に到着し、ホームに一歩降り立った瞬間、私は凍てつきました。寒いんじゃなくて凍てつくの。そして最寄り駅に行くための某ローカル電車は、この便に限って折り返し運転の為ギリギリまで入線せず、吹きさらしの端っこホームで凍えながら電車を待ったのです。入って来た電車に運良く座れ(座れなかった人多し)、田んぼの中をゴトゴト揺られて最寄り駅ホームに降りた瞬間の気持ちたるや・・・
一言で言うなら「オホーツク海に落下して凍った」でしょうか。

 駅から家まで「寝るなー!寝ると死ぬぞー」と自分に言い聞かせながら歩きましたわ。 家にたどり着いたときなんてもう、手袋しているのに指先の感覚がなくて鍵が出せませんでしたことよ(T_T)


 これがワタクシの道中記です。長文になりましたが、これでも起こった出来事の半分しか書いていません。こんな艱難辛苦を乗り越えてお出かけされる方々を心から尊敬します。私には数年に一度位しか無理かも。10月のポゴリサイタルが今から怖いです・・・(号泣)

2016年11月23日 (水)

ぽんず列車に乗る

 「ぽんず切符を買う」の続編です。9月に書いたのに今頃アップと相成りました;^_^A

 買った切符で無事に電車に乗れました。列車ではタイマーを到着時刻5分前にセットしてぐっすり眠るつもりでいました。何故とは言うに、ここにたどり着くまで、私が留守にしても良いようにあらゆる準備をし、おかず作りに山ほど時間を掛けていたからです。作りすぎて帰ってからも三日くらい作り置きおかずを食べてました(笑)出発前に寝る時間もない程頑張れたのは「列車の中で眠ればよいのだ」という目算があったればこそなのです。だから死んだように眠りこける計画でいたのです。

 計画は所詮計画でした。乗って暫くして、まだ眠りに陥る前に、突然車掌さんではない人が車両に現れ、「経産省の交通手段に関するアンケートにご協力下さい」と言って、乗客一人一人に用紙を渡し始めたのです。

 まあそんな事もありましょう。ささっと書き込んで後は待望の睡眠&休息時間だー!

 このアンケート、「何の用事で列車を利用するのですか?」から始まり「他の交通機関を使わず列車を使ったのは何故ですか?」等々、延々と質問が続き、全部で数頁もあって書き込むのに時間がかかるかかる。そして全てを記入し終わった後、この用紙は回収されなければならないことに、私ははたと気がついたのです。
どうやって?
いつ?
説明には郵送も出来ると書いてありましたが、旅行中これをずっと持ち歩くなんて嫌なので、今回収に来てくれるならその時手渡たそうと、私は回収を待ちました。
待ち続けました。
寝ないで。
がんばって・・・

 回収に来たのは到着30分を切った頃でした。記入項目が多かったので、時間を多めに取ったんでしょうね。私の唯一の睡眠時間が露と消え、私は疲労困憊のまま、目的地に突撃することになってしまったのでした。

 泣きましたにゃー(涙)

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     携帯で撮った写真です。 見事なまでのピンぼけ(とほほ)。 ご感想などおありでしたら 掲示板へどうぞ。

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